召喚
その部屋を満たしたのは光。目を開けていられないほどの光。術を行使し、その光を予期して目を瞑っていた者たちも眩しすぎる光に顔をしかめた。
光が収まり始めるとその中心に人影が見えた。まだ、瞼を完全に開けるには早過ぎるタイミングで王子は口を開いた。
「乙女よ。異世界から来た〈救国の乙女〉よ。我が危機を救いたまえ」
これがこの国のいつもの手であった。異世界に召喚され、まだ状況の読めない時点で都合の良い情報を入れる。自分が〈救国の乙女〉であり、国を救うために喚ばれたと心の底から信じ込ます。
光の先から現れるは見目麗しき王子。年端もいかない乙女に言うことを聞かすには恋に落とすのが一番だ。そのため王子は生まれた時から乙女の理想となるべく努力が求められる。
異世界にただ一人召喚されて不安な乙女を依存させ、国を救ってもらう。これが、この国の王子に必要とされる能力の最低限である。もちろん、国を治める能力があれば文句の付けどころはない。
「乙女よ。〈救国の乙女〉よ」
王子の呼びかけは続く。繰り返しで、乙女の中に刻み込まれるように。
「乙……め…………」
光が充分に収まって、乙女の姿が認識できるようになった時、王子は口を開いたまま動きを静止した。本来ならば、乙女の前に跪き、その手を取って魅了しなければならない。
しかし、王子は動けなかった。
いや、召喚の間にいた全ての者が動きを止めていた。
この部屋の空気は一つにまとまっていた。
失敗じゃね?