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Fantasy with O3(Talk in the bed)   作者: 砂海
ナディーヌの物語
8/19

 

 空中からホワリと現れ、クッションの山の中へボフンと落ちた沙美を見た全員が、苦笑を浮かべた。

 沙美の手には、特大タオル。直前まで訓練中だとありありと分かる赤い眼を装備していた。

 

「訓練は、成功していないようじゃのぉ」

 

 オトンヌの言葉に、沙美は少し笑みを浮かべる。そして、クッションの山から這い出てローランの服の袖をつかみ、「ごめん、今日は、ここに座って」と、少し離れたフレデリクの横に座らせる。「ファビさんは椅子と一緒にここで、よろしくです!」と言いながら、フレデリクの反対側の床をぺちぺち叩く。

 ローランとファビオは訝しげな表情をしながらも、沙美の言う通りにフレデリクの周りに落ち着く。

 それから沙美は、三人の前にクッションの山を移動させ、そこにひょいと座った。

 

「おっさん達が前なら、たぶん大丈夫作戦!」

 

 オトンヌに向かってブイサイン。

 「本当かよぉ~」というファビオの声に、「うん、迷惑かけちゃいけないって思ったら、きっと涙も引っ込む…はず!」とサムズアップで沙美は答える。ファビオは、「どうだかなぁ」って言いながらニンマリ笑った。

 

「お嬢ちゃんが泣いたら、俺のとこに抱っこ………って、痛ぇだろうが!」

 

 最後まで言わせず、ローランがファビオを殴っていた。

 

「サミさん、そんな無理をしなくても……」

「そうだな。もう、最初っから泣いとけ」

 

 ローランとフレデリクの言葉に嬉しそうな顔をしながらも、沙美は「頑張る!」と一言。そしてバスタオルを握り締めながら、オトンヌを見上げた。

 

「今日は、長さん達が話してくれるんですよね?誰からですか?」

「私から、お話しましょう。貴方方が帰った数分後から、かなり面白かったのですよ」

 

 イヴェールの笑い含みな言葉に、聞き手の四人は聞かせて下さいとばかりに次の言葉を待った。

 

 

 

 

 

 ナディーヌの部屋で行われた術。異邦人は全員帰り、部屋の主以外は王とラキル卿、ギュスターヴが残っている。そして、王とラキル卿には見えないが、精霊の長達がそれぞれ静かに浮かんでいた。

 

「皆さんにお願いがあります」

 

 その一種ぽっかりと穴が開いてしまったような静けさを、ナディーヌの声が壊した。もう涙は止まっている。そして、その瞳は悲しみよりも強い決意を湛えていた。

 

「まずは、このベッドをフェルナンの執務室に運んでください」

「な、ナディーヌ……ど、どうしてだ?」

「今日から、貴方と一緒に執務をさせて頂きます。

 私は、今まで民の税金を使うばかりで、国に一切役立っておりません。これは、病弱だからと言って王妃の務めを放棄している以外の何ものでもありません。

 ですから私は、私の与えられたものを民に返す為にも、本来の勤めを果たします。

 フェルナン、貴方が採決する書類全てを、私にも確認させて下さい」

 

 ラキル卿とギュスターヴは、今まで見たことも無い王妃を呆然と眺めている。

 その中で王だけが、溜息を付いた。結婚を申し込んで拒否された時に見た表情と声音。まったく変わらない。こうと思ったら、真っ直ぐに進む人。そして、そう言うだけの才があるのも、当時話していて部屋に積まれていた本を見て知っている。

 だが、王は首を横に振った。

 

「だめだ」

「どうしてですか?私には、今術を覚えたギュスターヴが居ます。私がもう少し丈夫になるまでは、彼に付き添ってもらうつもりです。だから、心配はしないで下さい」

「彼には、術研究所の仕事があるのだぞ」

「えぇ、それは分かっております。

 ギュスターヴ大変申し訳ありませんが、暫くの間執務室の隣の部屋に研究所を構えてもらえますでしょうか?

 私をずっと見る必要は、ありませんでしょう?

 ただ、今の私の健康状態では、フェルナンが不安に思うのも分かりますので、せめて声が届く所へ居て欲しいのです」

 

 ギュスターヴは、自分の名前が出てから値踏みするように王妃を見、そして、他の二人には分からないように精霊の長達を見回した。

 長達が、安心しろとばかりに、それぞれが力強く頷く。そしてオトンヌが、「王妃は、なぜサミ達が呼ばれたのかを知ったのじゃよ。そして、お主のような者を今後作らない為にも、執務をすると決意したのじゃ」と言葉を添えた。

 ギュスターヴは、一つ頷く。

 

「分かりました。

 王妃様の望むように、私達術士は動きましょう。

 ですが、無理をしていると判断致しましたら、無条件で貴方を眠らせます。私は、その術を今は知っていますよ。

 それで、宜しいでしょうか?」

 

 最後の言葉は、王に向けて言った言葉だった。

 ギュスターヴは王妃の決意を嬉しく思い、彼女の優しい心遣いを汲むように返事をした。

 だが、王の表情は冴えない。

 

「…ナディーヌ、貴方の能力を疑ってはいない。はっきり言って、私より貴方の方が、国の運営や戦い方を知っているだろう」

 

 まだナディーヌと知り合った頃、彼女と話をしていて、その知識の豊富さに思考の深さに、驚いたものだった。それを尋ねた時、彼女は部屋の中の本棚を指差した。

 ベッドと本棚だけの部屋。その本棚には、彼女が読んだ本が全ておいてあった。洒落にならない量。はっきりいって、壁面全て本棚と言っていい。そして、そのジャンルの広さは普通じゃなかった。しかも、婦女子が普通読まないような領地運営に関わる本、戦い・戦略に関する数々の本が大量に並べられていた。

 

「だが、君は、ようやく健康に近づいたに過ぎないんだ。

 頼むから、もう少し、せめてベッドが必要なくなるぐらいになるまでは、ここに居て治療に専念してくれ」

 

 フェルナンの言葉に、ナディーヌはニッコリ笑い、それから「だめですわ」ときっぱり言った。

 

「もし、私がベッドにいる間に、貴方に何かあったら、皆さんに何かあったら、私はどう後悔したらいいのでしょう?

 今回、魔法使いが居なくなった元凶は、間違いなく我が国。その事は、間違いなくどの国にも知れる事になりましょう。そしてそれは、魔法使い達の望みであったとしても、彼らを利用しようと考えた国々は、我が国を疎ましく思う事でしょう。無くす事が出来る力を恐れるかもしれません。

 どの国にも、異端な者は居るものです。その者が一言、我が国が原因だと申せば、戦争の可能性さえあるのです。そのような時に、私一人寝ていたくはありません」

 

 スカイブルーの瞳は一切揺るがず、真っ直ぐに王を見ている。

 王も負けじと見返えしていたが、知らないはずの魔法使い達の事件一連を、ここまで明確に分析する妻に賞賛を覚えてしまった。だから、溜息が漏れる。仕方が無いとばかりに視線を落とし、もう一度溜息をついた。

 

「貴方に勝てたのは、あの時ただ一度だけだったな……」

 

 ナディーヌが、ニッコリ笑う。

 

「あの時、私も父も、私の時間が残り少ない事を知っていました」

 

 王とラキル卿は、目を見開いて硬直する。

 

「ですから私達は、直ぐに新しい王妃に変わるだろうと、判断したのですわ。それなら、世継ぎの問題もありませんですし」

 

 ナディーヌはニコニコと微笑みながら、二人に淡々と言う。

 

「まさか、こんなに生きるとは……誤算でしたわね…それに健康になれるなんて……夢でさえも思った事はありませんのに……」

 

 困ったように、ナディーヌは続ける。

 

「ですから、貴方が私に勝てた事などありません。そして、今日もですわ」

 

 憂ていた瞳は、その影を一切無くして、まっすぐに王を見つめた。

 

「ヴュスターブ、引越しを早々にして下さいね。ラキル卿、ベッドの移動をお願い致します。貴方…その間、私を運んでくださいますわよね?」

 

 ナディーヌは、真っ直ぐに両手を王に伸ばす。王は諦めて、その手を取りナディーヌを抱き上げた。

 

 

 

 

 

「それからの彼女は毎朝食事の前に治療を行い、後は一日中執務の手伝いをしていました。王が彼女にとって納得のいかない決済をする度に、怒られていましたね」

 

 イヴェールは、クスクスと懐かしげな表情を浮かべて笑う。

 

「王様の決めた事を覆えすんですか?それって、まずくないんですか?」

「ナディーヌが納得するだけの材料があれば、覆りません。ですが、大抵そういう案件に限って材料不足なんですよ」

「な、なるほど……やっぱり凄いなナディーヌ!」

 

 沙美は嬉しそうに笑っているが、既にうっすらと目が赤い。

 

「サミ、大丈夫か?」

 

 突然頭を撫でられ、抱え込まれた。

 

「エテさん?!」

 

 沙美はにっこり笑って、「大丈夫…だと思います」と頷く。

 

「次は私の番だな。ナディーヌが元気になってからの話だ」

「えっと、この姿勢で話されるのですか?」

「その方が、落ち着かないか?」

 

 沙美は、エテの暖かな言葉に一つ頷く。自分を泣かさないように、気を使ってくれる長達に心の中で感謝する。

 

「エテさんのお話は、いつ頃のお話なんですか?」

「私の話は、最初にナディーヌが妊娠した頃の話だ」

 

 笑い含みの声。

 

「もしかして、王様がナディーヌを大事大事にしすぎて、大変だった話とか?」

「いや、それ所じゃないな。既にナディーヌは、貴族会にも出席するようになり、めきめきと頭角を現していた時期だった。その時に、もう一つ彼女の肩書きが加わった話だ」

「肩書き?王妃様で、王様の優秀な補佐で……後は?」

「最初にバラしたら面白くないだろう?それとな優秀な補佐どころか、王様が二人居ると言われいたんだぞ」

 

 沙美の表情が曇る。その雰囲気を察したエテは、笑い出した。

 

「王を粗略に扱っている訳じゃない。

 あの王は、小さい頃から随分と母親に叩かれていたようだな。実家は商売をやっていると聞いただろう?商売に関するありとあらゆる事を知識として持っていたからな。それを国に応用して建て直した。まずは、税制の見直しだ。ほぼ、貴族も平民も同じ税金を払うようになったし、国の運営の中での無駄は一切省いた。そして浮いた税金で、道路の整備や、治水をしたぞ。あれは市民出だからこそ、民に思いやりのある施政をした王だったな」

「でも、それだと貴族に嫌われない?」

 

 凄いなぁと思いながらも沙美は、振り向いてエテを見上げる。

 

「それは、ナディーヌの担当だ」

 

 エテは、楽しそうに笑う。

 

「ナディーヌは小さい頃から、ほとんどベッドで過ごしていたが、熱が無い限り全ての時間を領地運営について、国についての勉強に費やしていたそうだ。本を読むか、両親の話を聞くかしていたという事だ。

 一番費やしたのが、国の歴史。国の歴史というのは、貴族の歴史でもあるからな。彼女の父親は真面目だからこそ、貴族の事も非常に詳しかった。ナディーヌはその知識を生かし、王が行う事のすり合わせを全て引き受けた。あの笑顔の持ち主だ。大抵は、戦を始める前から相手は降参していたぞ。

 腹黒いやつで根性の入った奴等も、まぁそこそこ居たんだが、それも凄かった。ありとあらゆる情報を手に入れるようにしていたからな、誰もナディーヌに勝てないんだよ。まるで、強かな宰相そのものだったぞ」

 

 沙美は、嬉しそうに拍手する。

 だが要所要所で、おっさん達を見るのを忘れない。少しでも油断すると、あっという間に目からアレが決壊しそうで、必死だった。

 

「それでな、それを最初から分かっていた王は、ナディーヌがベッドから離れられるようになってから、それぞれ分担するようにしたんだ。当然お互いがやっている事は、日々の会話で情報交換だ。物凄い才の二人だ。食事時に、消化に悪そうな、それは凄い会話をしていた」

「ナディーヌ、カッコイイ~」

 

 沙美は顔を真っ赤にしながら、握り拳を作り感嘆の声をあげる。

 

「サミ」

「はい?」

「もっとカッコイイ、ナディーヌの話が待ってるぞ」

 

 沙美は、「お願いします!」と言いながら、満面の笑みを浮かべた。

 

ナディーヌは、凄いです(笑

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