3
「サミっ!!?」
沙美は、ふよふよと浮かんでいた。ナデージュには、そう見えた。
「お、長さん達っ!!何でっ?!」
沙美は、エテに抱っこされていた。目の前には、イヴェールと逆さまになったプランタン。背後を振り向くと、オトンヌが。その全員が、じぃーーーっと沙美を見ていた。
「さぁみ、途中までは良かったんだよー。でもさー、魔法使いやるんなら何で俺達に一声かけてくれないのかなぁー?」
逆さまになっている顔は、いつもと違って怒っている。
だが、沙美も負けてはいない。
「おろして下さい」
真剣に真っ直ぐ長達を見詰め返す。そして、「おろして下さい。ナジュが心配しています」と、きっぱり言い切った。
実際、ナデージュは手の届かない所に居る沙美を引き戻そうとテーブルの上に乗り、高さが足りないと分かるとテーブルの上に椅子を乗せようとしていた。
「もう心配する必要はなかろう?懐かしい姿の姫君」
その声に椅子を持ち上げていたナデージュの視線があがる。
「っ?!」
「もう、わらわ達の姿も声も分かるじゃろう?」
ナデージュの瞳には、沙美を抱き上げている赤い髪の毛の女性。逆さまになっている可愛い子供、白い美しい麗人、そして姫君のような優雅な物腰の女の子が映っていた。
「貴方方はっ?!…………っ!!…………………オ、オトンヌ様?」
ナデージュの言葉に、全員の視線が集まる。
「オトンヌ様…エテ様…イヴェール様…プランタン様………精霊の長達…」
まるで皆の視線に気づかぬように、ナデージュの視線は言葉の順に動いていく。そして、最後の言葉は口の中で消えていった。まるで、自分が声を発しているのを気づいていないかのように。
そして、突然目を見開いた後、ナデージュは慌ててテーブルから飛び降り長達に向かって跪く。優美な騎士の礼を見せた。
「初めて御目にかかります。ナデージュと申します。
精霊の長様方々の話は、我が祖先ナディーヌ様からの日記によって伝えられております。
私には、術の才が無いゆえ一生涯御目にかかる事がないと思っていましたが……」
ナデージュは、チラリと沙美を見る。
「サミの恩恵なのですね。
それでも私は、こうして御前に立つことが出来て大変嬉しく思います」
「ナディーヌの日記?」
プランタンが、小首を傾げる。
「はい。王家に産まれ王女として育った者は、必ず読む事になっている日記です。術がかけられていて、王家の女性以外は読めないようになっております」
「ギュスターヴだよねぇ」と、プランタンは言いながら、クルリと一回転する。
「わらわ達と会いたかったと?」
「御礼を申し上げたく思っていました」
「御礼?」
「はい。ナディーヌ様の日記にも書かれていましたが、長様方は我が国の王家の強さをもたらした恩人。もし長様方がいらっしゃらなければ、今の私は無かったでしょう。この細腕では、剣を持つ事も出来ません。
王家の姫として、今私がこうあるのは、全て長様方のおかげです。
ありがとうございます」
再びナデージュは、頭を下げる。
エテの腕の中で、沙美は唇を噛み、手をきつく握り締めていた。同じ顔、同じ声で、少し違う内容を語る唇、ほんの少し前に見た光景が目の前にあった。
そんな沙美を感じたエテは、長達の背後ナデージュから少し離れた場所に沙美を静かに下ろしその頭を少しだけ撫でた。
「懐かしい姿の姫君………綴られる言葉まで懐かしいのぉ」
ナデージュは顔をあげ、その言葉に小首を傾げる。
だが、目を細めたオトンヌは、それ以上何も言わない。そして、チラリとプランタンを見た。
「おっひっめさまぁ~」
突然、ナデージュの目の前に、逆さまになったプランタンが現れた。
「は?はい」
「僕達を雇おうね」
「は?」
「サミが言っていたでしょう?魔法使いやるって。僕達が、それを援護するからね」
下を向いていた沙美の顔が、物凄い勢いで上がる。
駄目だと言おうと口を開けたけれども、声が出なかった。ジタバタと動こうとしても、エテの体は微動だにしない。エテを見上げる。エテは、小さく「すまない」と言ったが、腕の力は一向に緩まなかった。
「僕は、風の長だからねー」
プランタンは、そう言っただけ何もしていない。だが、窓を閉め切ってある部屋の中に風が生まれる。
「私は、水の長ですから」
優雅に微笑んだイヴェールの周囲にふよふよと浮かぶ水が現れた。
「わらわは、大地の長じゃ」
オトンヌの声が消える前に、床がグラリと一回揺れた。
「私は、火の長だ」
部屋の明かりが瞬く。
「ね、いくらでも魔法を作れるよ」
今まで、呆然と長達の力を見ていたナディーヌが、プランタンの言葉に、ハッと我に返る。
そして、綺麗な笑みを浮かべた。
「私の為などと自惚れたり致しません。サミの為ですね?
ですが私は、長様方のその申し出に、頷く訳にはいかないのです」
「どうしてー?」
「ナディーヌ様は、私達子孫に何度も文字にして伝えているのです。決して優しい長様方のお手を煩わせないように。どんな事があっても、自分の力で切り抜けなさいと教育されています」
それを聞いたプランタンは、頬をまん丸に膨らませて、「もーナディーヌは、死んだ後まで意地悪だーーー!」と言いながら、空中をくるくる転がる。部屋全体の空間を転がりつくした後、プランタンは、ふわりとナデージュの足元に降りて座り込んだ。
顔をあげる。上目遣いにナデージュを見上げるその瞳には、ほんの少し涙を滲ませている。
「どうしても…雇ってもらえないの?」
ナデージュの前に、激しく物凄く可愛いモノがいた。もう、ギュッとせずには居られない愛らしさ。可愛らしさ。それが、ナデージュの視界の9割を占める。だがナデージュは、その姿にぐらぐらきながらも、もう一度にっこりと微笑み返した。200%の精神力を使っての笑み。その笑みと共に「はい」と答える。
はっきり言って、戦場で戦う方が一億万倍気が楽だと思いながらも、ナデージュは必死になって頑張った。
「プランタン様、そのプランタン様の技も伝えられています。決して、惑わされないようにと指示されています」
それを聞いたプランタンが、さっきよりもっと勢いよく膨れて、空中を転がり出す。「もーーーーーーーナディーヌの意地悪ーーーーーー!意地悪ーーーーー!」と繰り返し言いながら、転がる。
その中で小さな笑い声があがった。
「流石ナディーヌじゃ。ありとあらゆる策は、封じ込められておるのじゃろう。
もう、笑うしかないのぉ」
オトンヌは、ころころと笑った後、静かにナデージュを見つめる。
「では、わらわからの質問じゃ。
懐かしい姿の姫君、そなたは、もしナディーヌの言葉がなかったら今どうしておった?」
「断ったと思います」
迷いもなく、はっきりと言った。
「なぜじゃ?」
「サミが、ダメだと言っていますから」
広い部屋の隅、エテに抱きしめられているように一緒に立ってる沙美。エテの影になって表情は、はっきりとは見えない。だが、さっきまで一緒に居た時のように楽しげな雰囲気は一切感じられない。それどころか、悲しみと怒りを感じた。
「あのようなサミを、私は見た事がありません。確かに私が、サミと一緒に過ごした時間は短いもので、見ようがなかったのでしょう。でも、その短い時間の中でも分かる事はあります。
沙美は、だめだと言っています。だから私は、長様方の申し出を受ける訳にはいきません」
「なるほどのぉ。ならば、最後の質問じゃ。サミがここにおらんのであったのならどうした?」
「………大変申し訳ないのですが、その時も断ったでしょう。
皆様方のお力は、確かに素晴らしいものです。ですが、人間にとっては強すぎるのです。私は、いえ私達は、今まで戦う事なく事を進めようとしてきました。その為に、信頼できる多くの者が動いているのです。私は、その者達の努力を無にする事は出来ません」
ナデージュは、真っ直ぐにオトンヌを見つめて、はっきりと言い切った。
「人の行う事が、歯がゆい事だとは思いますが、どうかもう少しの間見守っていては頂けませんでしょうか?」
「懐かしい姿の姫君、わらわ達は力を行使しようと言っておるのではない。確かに力を行使するのは、わらわ達にとって息をするのと同じぐらい容易い。
じゃが…のぉ姫君、わらわ達が見える者がいる。術士と呼ばれる者達じゃ。その者達の中には、王の息がかかっておる者もおるじゃろう?
だから、わらわ達は、姫君の背後に立っているだけで十分じゃと思うのじゃが、どうかの?」
ナデージュは、ちらりと沙美を見る。自然と首が横に動いた。
「そうか……」
「どうか長様方、高みの見物をしていて下さい。
これから、サミが提示してくれた案を元に、会議を開きたいと思います。そこには、違った答えが出てくるかもしれません」
ナデージュはそう言って両手を力強く合わせ、甲高い音をたてた。
そして、10秒も経たない間にドアからノックの音。
「入れ」
そうナデージュが言い終わる前に、勢いよく音をたて扉は開き、速攻沙美の周囲におっさん達が集まった。
「エテ殿」
口調は丁寧だが、非難の篭ったローランの声。普段の仏頂面に拍車をかけ、無言で沙美を奪還するフレデリク。「ん~、精霊さん達は、何をやらかしたんだぁ?」と、目が一切笑ってない笑顔で対応するファビオ。
それが、入室して数秒後。相変わらず空気を読む事に長けた三人だった。
「あのねー、どうして僕達なのかなー?ここには、他にもいるよねー」
「姫は、サミさんを悲しませるような事を言うはずがないからです」
「え~~~」
「それぐらいは、分かります」
ローランの視線も口調も厳しい。
「何でー、何で僕達だけ怒られるのー?一緒にサミも怒られるんだったら、いいけどさー」
だが、そんなローランの態度に気づいた風もなく、ほんの少し膨れっ面になりながらも、楽しげにプランタンはクルリと一回転した。
「その説明は、少し待っていただけませんか?」
ナデージュが口を開きかけたプランタンの言葉を止める。
「ローラン、速攻でデュカスを連れて来てくれ」
いまいち状況把握は出来ていないが、主君の命とあれば、とりあえず体を動くようにしているローランは、一礼をして再び扉の外に消えた。
沙美の顔があがる。悲しんでいる場合じゃなかった。ここに、文官トップのデュカス卿がやってくる。ナデージュに話した内容を煮詰めるであろう面子。急いで自分の望みを、もう一度心の中でおさらいする。『一日も早く、おっさん達がいっぱい寝られますように』そんな未来の為に、状況を全て知った人の話が聞ける機会を逃しちゃいけない。
「ディックさん」
下ろしてくれと言う前に、フレデリクは、沙美を腕から下ろした。
「ありがとー!」
見上げて礼を言ったら、少しきつい視線が返ってきた。少々どころじゃない後ろめたい部分がある沙美は、日本人なら誰でも大得意だぞのごまかし笑いをした。
笑いが返ってこない。返ってこないどころか、フレデリクは、無表情のままじーっと沙美を見つめている。
「ディックさん?」
小首を傾げた沙美にフレデリクは一つ溜息ついて、頭をポンポンと叩いた。
沙美は、その理由が分からず口を開こうとしたら、扉からノックの音。
もうフレデリクを見ていない。開いた扉から現れたデュカス卿を真摯な瞳で見つめていた。
あと三つ!
だが、三部が書き終わっていない…orz




