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Fantasy with O3(Talk in the bed)   作者: 砂海
ナデージュの物語
15/19


 沙美の目の前に月の女神様がいる。

 そうとしか思えないような美しい人間。はかなげな肢体。光を纏った淡い金髪をまとめもせずに後ろに流し、室内着を優雅に着こなし、すらりと伸びた体は椅子に収まっている。そして、上半身は華奢なテーブルにうつ伏していた。

 その頭が、のろのろと少し上がる。月の女神様は、そこかしこが真っ赤だった。

 

「いっぱい質問があるんです」

 

 沙美は、膝の上に置いた拳を隠したまま、にっこりと笑う。

 

「ナジュには、婚約者って居ないんですか?」

 

 その意外な質問に、ナデージュは瞬く。

 

「普通、お姫様って、小さい頃から婚約していたりするもんじゃないんですか?えっと、失礼だとは思うんですが、ナジュの歳で独身のお姫様って珍しくないんですか?」

「あぁ…私しか居なかったからな」

 

 ナデージュの顔に、苦笑が浮かぶ。

 

「私の母は、私が小さい頃に亡くなったのだ。つまり、この国の跡継ぎは私しか居ない。当然私の夫となるものは、この国の次代の王となる事が約束されている。生半可な相手と婚約する訳にいかなくてな」

「……やっぱり、強くないとダメなんですか?」

「いや、強いという血筋は、私が受け継いでいるからな。夫の資質としては、国の管理能力さえ十分であればいいのだが………この国の民が、それで納得するかは疑問だ」

「強い人が、皆さん好きなんですか?一般の方も??」

「サミも一回、武術大会を見るといい。あの熱気は凄いぞ。前の方の席は、発売即日で売り切れる。物凄い倍率だそうだ。席の札を購入する為に一週間前から並ぶと聞いている」

 

 沙美は唖然とする。どこのアイドルのコンサートなんだと思う。それでも一週間前から徹夜して並ぶなんて、日本ではありえない。物凄い気合だ。

 

「一年分の収入を、全部注ぎ込んでいるという国民もいるらしいぞ」

「うわぁぁ…」

「しかも、それに便乗して、王印の入った賭け札も販売しているのだが……」

 

 ナデージュは、国が賭けの胴元をしているのは、世間体が悪いという感じで困ったような表情を浮かべている。

 

「それの売れ行きも、かなりいい。折角稼いだ金を国に返してしまっては、民の生活が不便だと思うのだが……個々勝手に賭けを執り行って、不正や金の持ち逃げされるよりはマシだからな」

「なるほど。この国の特大イベントなんですね」

「そうだな」

「他に、皆さんが盛り上がる特大イベント…お祭りとかないんですか?」

「収穫後の祭りはあるが、あれはそれぞれの領地でやるものだ。ヒヨレースというのもあるが、あれはヒヨ生産地近隣でしかやらんしな……国民全体で盛り上がるのは、武術大会だけだ」

 

 なるほどと沙美は納得する。とにかく、この国の人は強い人が大好きなのだ。だから、微妙だった10年前に揉め事まで起きた訳だ。王が間違いなく強かったら、内乱などはなから起きなかったかもしれないと沙美は考える。

 そして今、強くない王様と強いお姫様が対立している。そのように陣営が出来たのも、強い事が大好きな体質からかもしれない。

 

「えーと、それで先ほどの質問ですが………大変大変失礼なんですが、この世界では、お姫様ぐらいの年齢の未婚女性は、行き遅れとか…言われませんか?」

「言われるぞ。貴族であろうと一般市民であろうと私のような者は、珍しいはずだ」

「国外は、問題外だとしても、国内のめぼしい男性っていないんですか?」

 

 自動的にナデージュの夫が王様になる以上、国外の者を夫に据えるのは、たとえ優秀な者であっても、いや、優秀だからこそ、相手の国の思う壺になりかねない。侵略される可能性大。無条件却下だろう。

 

「そうだな。まだ私が14ぐらいの頃だったか、大剣部門と槍部門で、かなり優秀な者がいてな。一時は、その名があがったのだが……」

 

 非常に忌々しげな声音。沙美の頭には、その大剣と槍部門で優秀な者の名前がぷよぷよと浮かんだ。

 

「おっさん達?」

「そうだ。だが、流石のあいつらも、あの当時はピチピチしていたぞ。今からじゃ想像が付かないがな」

 

 ピチピチ……お姫様の使う言葉じゃないなぁ~と沙美は思いながらも、確かに想像つかないと頷く。

 

「だが、あいつらは、まだ肩書きも無かった。しかも、いくら強いとはいえ貴族ですら無い。自動的に立ち消えだ」

「やっぱり、出自が問題になるんですか?」

「いくら強い者が一番という風潮とはいえ、頭の固い連中はいくらでもいるからな。あわよくば、自分の息子をと思った連中がだ。そんな奴等が、貴族でない者に頭を下げるものか」

「なるほど……でも二人は今、術士長だったり将軍だったりしますよね?それでも、だめですか?」

「まぁ、今なら前よりはマシな程度だな。やはり、反対する者は間違いなく出てくるだろう」

「王様も?」

 

 ナデージュの表情が、消える。

 

「当時は、面白がっていたが……今はどんな反応をするか……」

「あの…この国は跡継ぎが結婚したら、王権が移動するとか言いませんよね?」

 

 ナデージュは瞬いて、まじまじと沙美を見る。

 

「いわないな」

「通常王権って、王様が死んだ時に動くものですよね?」

 

 「そうだな。一般的な移動方法はそれだ」と言ったナデージュは、沙美を訝しげに見ながらも律儀に答えていく。

 

「ただ、王が年老いて引退する場合や、年老いてなくとも子供が十分歳をとっていれば委譲する場合もある。そして、稀にだが………子供が反旗を翻し王を討つ場合もあるな」

 

 まるで、沙美の反応を見るかのように、ナデージュは言葉を選んでいく。だが沙美は、一切態度を変えず頷いた。嬉しそうに手を合わせて、パンと小さい音をたてる。

 

「では、ナジュ」

 

 ニンマリと笑う。

 

「近々、パーティを二日かけて行いましょう!」

「は?」

「お姫様の婚約者を決めるパーティです!」

 

 ナデージュは、目を丸くして固まる。あまりの意外な展開についていけない。「え?」「は?」「あ?」と繰り返している。

 

「そうですねー、武術大会からは、それぞれの武器で一位になった人達。それから国の運営に関して才能を持った人達を同じ数。それからそれから術士の才のある人……あ、ローランったら両方ひっかかるなー。数足りるかな?

 ナジュ、普通婚約者を決めるパーティって、どれぐらいの候補を用意するもんなんですか?」

「サミ、それは何だっ!?」

「だから、ナジュの婚約者を決めるパーティです」

 

 あまりの展開についていけず、少々目つきが悪くなったナデージュ。だが、沙美は一向に気にしない風情でにっこり笑い返している。

 

「デュカス卿と相談して、出席者を決めて下さいね。そこで、ナジュ!」

 

 沙美は、笑いを収めて真剣な顔で見つめ返す。

 

「ファビさん、選んで下さいね」

「っ………?!!!!」

「んで、事前に皆さんで打ち合わせして、建前の婚約者役をお願いして下さい」

「建前?」

 

 沙美は、コクコク頷く。

 

「じゃないと、ファビさん逃げ出しちゃう可能性あるもん」

「偽者の婚約者をあいつにやってもらうのか?」

「そうです。

 建前は……そうですね、陣取り合戦の模様を変えるというのはどうでしょう?」

 

 ナデージュも沙美と同じ、真剣な顔付きに変わった。

 

「なるほど…あいつらから、そこら辺も十分に聞いているのだな?」

「十分なんてとんでもないです。あの優しすぎるおっさん達は、全然教えてくれません。でも、ヒントは色々ありましたから」

 

 睡眠時間を極端に削って走り回っていると、長達は言っていた。300年前の忙しさなんか、目じゃないぐらいに働いていると言っていた。仲間を増やす為の攻防があると言っていた。それだけで十分だった。

 自分の想像に間違いはあるとしても、根本的なものは合っているだろうと沙美は思っていた。

 

「ファビさんは、不敗の赤い刃で国内に大量のファンが居て未だに憧れて軍に入ってくる人が絶たないとか。そういう人をお婿さんにすると宣言したら、それなりに局面は変わってくると思うんですけど」

 

 沙美は、状況をさっぱり理解していない自分が言うのは、非常に間違っていると分かっている。だが、何かをせずにいられなかった。

 だが、そんな事は態度に一切出さず、にんまりと笑ってビシッとナデージュを指差す。

 

「でも、それは、二の次です。

 ナジュ。ナジュは、ここでしなくちゃいけない、大切な大切なとっても大切な事があります!」

「な、なんだ?」

「婚約中に、ちゃんと、真面目に、真剣に、素直に、ファビさんに自分の気持ちを伝えて下さい」

 

 ナデージュは、絶句した。

 

「ファビさんは、傍に居る人の気持ちや気分、それこそ何を思っているかとかまで、分かってしまう人なんです。

 ナジュに対して、その能力が発揮出来てないのが、激しく不思議なんですけど……知っているとは思いますが、そういう人なんです。

 だから、ナジュが真剣に想いを伝えれば、ちゃんと届きます。間違いなく届きます。ので、ちゃんと伝えて下さい」

「サ、サミ……きょ、今日の話は、陣取り合戦を主にしたかったのではなかったのか?」

「いいえ、ナジュの恋愛成就がメインです。陣取り合戦は、そうですね……うーん……ついでの一石二鳥です。だってナジュは友達で、その恋の応援するのは、友達として当然でしょ?」

 

 親指を立てて、にっこり笑う。

 

「サミ…」

「ので、頑張りましょう!」

「う"…………」

「ナジュ?」

「サミ……」

 

 月の女神様が、果てしなく情けない顔になっている。沙美は、物凄く綺麗な人でも情けない顔は情けないんだなぁと、間違った方向に感心していたりする。

 

「ナジュもいつか結婚しちゃうんですよ。その時に、今の状況をそのまま放置していたら絶対後悔します!それだけは、未経験者の私でも分かります。

 ファビさんの答えは分からないけど、どっちに転んでもナジュの心が納得するように答えてくるはずです。だから、安心して頑張りましょう!」

「……分かった……そうだな……中途半端はよくないな」

「はい」

 

 ナディーヌが言っていた。「貴方の心は、何を求めているかしら?って一生懸命問い詰めて、答えを出すの。きっと、その答えが正解よ」と、真剣な瞳で伝えてくれた。未だ、声音さえ思い出せる。

 今回のナデージュへの助言は、間違ってないと思う。ナデージュは、既に答えを出していたのだから。

 その答えをサポートする案と、おっさん達をすこしでも寝かせてあげたいという案を、足して二で割った案を作成してきて正解だったと、沙美は安堵する。

 自分が知りえた事を書き出して、何度も何通りもの案を出しては消して、出しては消してを繰り返した日々。全ての状況を知らない自分が出せる、最低限の案。その努力の源は、おっさん達。いっぱいお世話になったおっさん達が、早くゆっくり寝られるよう。それを俄か友達に悟られないよう沙美は、ナデージュの前で笑みを絶やさない。

 

「だが…なぜ二日間なのだ?」

「それはですね、二日目にファビさんだって発表して、舞踏会するからです。一日目は、誰がナデージュ姫の婚約者だ!さぁ、貴方も賭けて見よう!の影の胴元として、あたし色々聞き込み調査してきますね」

「サミ……そこまでしなくても……」

「いやぁ、そこは、自分で見聞きしてみたいんですよね。当然、デュカス卿の部下さん達と一緒に回りますから大丈夫です」

「それならば、一日でいいのではないか?」

「あたし、魔法使いとして、二日目にお祝いに駆けつけます!」

「魔法使いとして…?」

「はい。あ、大丈夫ですよ。あたしの世界には、体型誤魔化すのも、髪の毛の色も目の色も、それこそ化粧で顔を誤魔化すのも、簡単に出来ます。あたしが、沙美だって気づかれる事は、絶対にありません!」

「そんなに、変わるものか?」

 

 訝しげなナデージュに、沙美は、「へっへぇ~」と少し自慢げに笑う。背負っていた鞄を下ろし、中から紙を一枚取り出した。

 

「これは?」

 

 沙美は、楽しそうに自分を指差す。演劇志望の友達との合作。ちょっと恥ずかしいぐらい体のラインが出た短い服に、膝までのブーツ。ヒールの高さは、身長誤魔化す用に6cm。長めの赤茶色のウィッグに、青い瞳。そして、濃いーーーという化粧。元の沙美とは、間違いなく別人だった。

 

「これなら、私って分かりませんよね?」

「あ、あぁ…」

「そして、取りい出したりますは、これ!」

 

 鞄の中から出たのは、チャッカマン!カチッと音がして、炎が小さく現れる。

 

「一応魔法に見えませんか?」

 

 ナデージュの目が丸くなる。そして、手が恐る恐る伸びてきた。

 慌てた沙美は、「だ、だめですよ。火傷しますっ!」と叫びながら、トリガーを戻して火を消した。

 

「これは?」

「誰でも出来る魔法です。ここに指をかけて……はい……それで、人差し指に力を入れるんです」

 

 少しこわごわと、だが、ナデージュの指が力を入れるとカチリと音がして炎が現れる。

 

「指の力を抜けば、消えますからね」

「あ……あぁ………」

「燃える水というのがあるんです。それに火花を与えて、火がつくようになっているんです。だから、誰でも出来る魔法なんです」

「……つまり、魔法ではないのだな?」

「そうです。人間の工夫というやつです」

「ならば、仕組みさえ分かれば誰にでも作れるのか?」

「そうですね、このまま時代が進めば、この世界にも普通にあるようになると思います」

 

 仕組みは、難しいものではない。きっとピエの人に頼めば、オイルライターなら試行錯誤の末、作れるものだと沙美は思っている。だが、いつか出てくる頭のいい人が、発明する機会を奪ってはいけないとも思っている。だから、詳しい仕組みは調べなかった。

 

「でも、それは、将来のお話です」

 

 沙美は、ナディーヌから、チャッカマンを受け取り、もう一度トリガーを引く。カチリと音をたて、再び炎が揺れた。

 

「今は、誰も知りません。だから、魔法なんです。こういう事が出来たら、誰でも目をみはると思うんですけど…これだけじゃだめですか?もっと、大きい炎も用意できますけど……」

「……いや、これだけで凄いと……」

 

 ナデージュの返答に、ニッコリ笑った沙美は部屋を見回す。部屋の隅にある桶を見て、一つ頷き、立ち上がった。近づいて中を見ると、なみなみと水が入っている。それを、部屋の真ん中に持って行った。

 「これをですね」…鞄の中から、お子様用花火を取り出す。火をつけた。

 

「結構派手でいいと思うんですけど」

 

 手にもった花火は、白と青の炎を噴出した。

 沙美は、そろりと、ナデージュを見る。彼女は、綺麗な形を描いた唇を丸く開け、花火を見つめていた。

 

「そ、それは…何だ?」

「あ、この世界には、まだ無いんですね。良かった。

 これは、花火といいます。火ですから、触ると熱いですんで触ろうと思っちゃだめですよ」

 

 ほんの少し伸びていたナデージュの指が止まる。

 光が、ほうき星の尾のように後から後から出てくる。日本では、一般的な子供向け花火。それは、徐々に光の勢いが弱くなり最後に一つ白く光って消えた。

 沙美は、当然とばかりに水の中に燃えカスを入れた。

 

「火事は恐いですからね。後処理は必須です」

 

 沙美は、石造りの家で良かったと、こくこく心の中で頷く。日本のように木で出来ていたら部屋が燃える。

 だが、ナデージュは、言葉を発する事が出来ない。いまだ花火が燃えているかのように、それがあった場所を凝視している。

 

「これを見せれば、少しは魔法使いらしく見えるかなって思ったんです。んで、ナジュの味方になった方がお得だよってのの、後押しになるかなぁ?って思ったんですけど……だっ?!!」

 

 突然、沙美の体が、ふわりと浮いた。


長かったので、ここで切ります。

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