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Fantasy with O3(Talk in the bed)   作者: 砂海
プロローグ
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プロローグ

 沙美は、ドキドキしながら真っ暗な部屋で待っていた。

 ベッドには、丸めた布団の上から布団をかけるという偽装完了済み。元々真っ暗にして寝る習慣だから、それで十分誤魔化せる。親にバレる訳にはいかない。今回はあっちで過した分、時間をずらして帰る事になっている。学校が始まっている今、体内時間を狂わせたくなかった。

 

「まだかなぁ?」

 

 沙美は、そわそわしながら暗闇の中で息を詰めている。おっさん達に驚かれないよう、寝巻きらしくないライトグレーのスエットの上下。手首と足首の所に薄桃の縁が付いているのが気に入っている。胸に抱いているのは、オトンヌに見せる為のWebページを印刷した紙と借りていた本。

 

「まだ……っ!」

 

 不意に体が揺れた。そして、沈み込むような感覚。沙美は、満面の笑みを浮かべてそれに身を委ねた。

 

◆Talk in the bed・プロローグ

 

「こんばんわー!」

 

 用意されたクッションの山にボフンと音を立て落ちてきた沙美は、間髪入れず手をあげ皆に挨拶をした。

 ローラン、ファビオ、フレデリクのいつもの三人。約一日ぶり。

 ふわふわ浮いているのは、エテ、オトンヌ、イヴェール、プランタン。精霊の長達。沙美にとっては約一日ぶりだが、彼らにとっては300年ぶりの邂逅。

 オトンヌは、ふわりと沙美の傍に降りてきて、ぎゅっと抱きしめ浮かび上がった。

 

「お久しぶりです」

「久しぶりじゃのぉ。この間は、見ているだけで話しかけられず、寂しい思いをしたぞ」

「ずっと見ていたんですか?」

「そうじゃ。ヒヨに乗って城を出てから、ずっとじゃ」

 

 「まじかよ…」と小声でぼやいているのは、ファビオ。フレデリクは、しかめっ面になったが何も言わない。

 

「まったく気づきませんでしたが…」

 

 あの時、唯一精霊を見る事が出来たローランが不思議そうに言う。

 

「へへっ、見られちゃったら、300年前に楽しめなくなっちゃうからねー」

 

 天使のような外見のプランタンは、楽しそうにローランの頭を撫でている。一見、天使様のように愛らしく幼い子供に見えるが、この世界が息をしたのと同時に産まれた精霊族。しかも、その長。だから自分より遥かに年長者なんだと、ローランは必死になって心の中で唱えていた。だが、映像は激しくそれを否定。物凄い違和感。

 

「あれから300年も経ったのだぞ。強大な魔法使い殿から隠れる術ぐらい、いくらでも考える時間はあった」

 

 「だから、その肩書きは…」と、ローランは恨めしそうにエテを見上げる。しかしその姿は、プランタンに頭を撫でられている状態のまま。はっきりいって間抜けである。

 

「旅の間の皆さんは、とても楽しそうで、エテやプランタンを抑えるのに苦労しました」

 

 イヴェールは、優しげな笑みを沙美に向けて言う。その背後では、エテとプランタンが「苦労?」「速攻で氷の塊を投げつけたじゃないかぁ~!」と文句を言っている。

 そんな様子を見ていた沙美は、オトンヌに抱っこされたまま楽しそうに笑った。

 

「再会出来て嬉しいです。この時間でも、よろしくお願いします!」

 

 沙美は、オトンヌの腕の中で小さく会釈した。

 

「さぁ、オトンヌ。そろそろ沙美さんを下ろしなさい。また、騎士殿に怒られますよ」

 

 沙美は、チラリとフレデリクを見る。

 苦虫潰したような顔をしてると、クスリと笑う。あの顔は、そんな事は忘れろと言っているに違いないと確信。そんなに長くはなかった最初の旅。半年も無かった。だが、その間一日中一緒に過ごした沙美は、最初無表情に見えたフレデリクの表情を、少しは読めるようになっていた。

 オトンヌは、沙美を静かにクッションの上に下ろした。

 

「オトンヌさん、ありがとう。それから、これ!」

 

 人形の写真が印刷された紙をオトンヌに渡す。

 

「えっと…実物は、私の財政じゃ購入出来ないんで、これで…ごめんなさい」

 

 沙美の前に座ったオトンヌは、渡された紙を一枚一枚眺めている。その背後には、他の長達とおっさん達が覗いている。

 

「あのね、これが良くある日本人形」

 

 ある意味怖い人形。髪の毛が伸びる事で激しく有名。市松人形。

 紙の上に印刷された人形も、おかっぱの黒い髪を背中まで伸ばしている。着ている服は、もちろん着物。この写真では、綺麗な赤基調の花模様で飾られた着物を着ていた。

 沙美は、普通の市松人形より少し可愛らしいものを選んでいた。なぜなら、選んでいる間中怖かったから。物凄く怖かった。激しく怖かった。昼間でも背中が寒かった。布団を持ってきて被ったぐらい。

 

「ほぉ。随分と変わった衣装じゃのぉ」

「それは、あたしの国の民族衣装。着物って言います。色々な柄があって、すっごく綺麗だけど、ものすっごく高価だったりします。こういう人形では、その着物のハギレで作っている事が多いそうです」

「それから、こっちが西洋人形」

 

 これも、怖い人形だ。包丁や、ナイフ等の武器を持って襲ってくる事で有名。アンティークドール。長くロールされた金髪に、青い瞳、フリルいっぱいのドレス。当然頭にも共布で作られた帽子。この写真では、白いふんわりとした生地に薄い桃色のリボンとレースのドレスを着ていた。

 はっきり言って、日本人形を見た後では、それほど怖くなかったけど、それでも昼間で良かったと思った。古い人形は、苦手だと沙美は初めて思った。

 

「可愛らしいのぉ」

「この人形の服装は、見慣れていますよね?この世界にも、こんな感じの人形は、あるんじゃないのかな?」

「サミさん、この絵もう一枚同じものは、無いのですか?村の人形作りに渡せば、作ってもらえると思うのですが」

 

 ローランは、まるで自分が作るかのように、じっと写真を見ていた。

 

「えっと、正面だけじゃ無理だよね?今度来る時に、もっと色々な角度からのを持ってくるね。それと、着物の構造が分からないよね?うん、全部分かるようにしておく!」

「お願いします」

「そうしたら、オトンヌさんに第一号をプレゼント!費用は……うう~ん……」

「サミさんにお手数をかけるのですから、費用は必要ありません。安心して下さい」

 

 沙美は、困ったようにローランを見上げる。未だ自分は、一般学生。バイトもしていない。というより共働きの両親の代わりに、買い物と掃除、洗濯は、沙美の仕事。バイトをする余裕が無い。

 しかも日本の通貨が、こちらで通用する訳もなく、沙美はなんとか他の事で費用に代わる事が出来ないか考えておこうと心にメモをした。

 

「それでね、これがオトンヌさんを見て思った雰囲気に一番近い人形……」

 

 沙美は、少しオトンヌから視線を逸らす。

 最近の流行なのだろうか?創作人形の世界は、やたら大きかった。沙美としては、普通に女の子が抱っこするような普通の人形的サイズ希望。加えて、布製品がいいと思う。球体関節。そんな動作を誰が必要とするのだろうか?さっぱり分からなかった。

 でも、着ている服と顔の表情は希望通り。黒いストレートの長い髪、切れ長の黒い目。可愛らしい唇。ただ、目の下に少し赤みが入っているのは好みじゃない。これも良く見かけた化粧。この流行?は、好みじゃないと沙美は思った。

 

「ほぉ……これが、わらわのイメージなのじゃな?」

「…はい。ただ、目の下の赤いのはいらないです」

 

 オトンヌは、優しげに笑う。

 

「ありがとうな沙美。約束どおり、ナディーヌの話を沢山しようぞ」

「ありがとうございます!」

 

 満面の笑みを浮かべた沙美を、ぎゅっと抱きしめ「相変わらずだな」と言いながら浮遊するエテ。「僕ねぇ、いっぱいお話を用意してあるからね」と言って、沙美を覗き込むプランタン。「私もですよ」と優雅な笑みを浮かべながら沙美を撫でるイヴェール。

 沙美は、その中で「ありがとうございます」と何度も言いながら、こんなに良くしてもらっていいのかなぁ?と、内心困ってしまう。長達と会って、ほんの少し、片手であまるぐらいの時間しか過していない。300年前のオトンヌは、フレデリクの宿題の答えと同じだと言っていた。それを聞いてから、一日と少ししか経っていない。答えをしっかり出せても無い。頑張って胸晴れるようにしようと、沙美は心の中でもう一度決意する。そうすれば、長達の態度も理解出来るかもしれない。

 

「300年前、俺達もあんまり話せてないよなぁ?」

 

 ファビオが、不服げにフレデリクに話を振る。

 300年前、沙美は、王妃ことナディーヌに付いていて、剣術指導していた二人は、最初以外ほとんど顔を合わせていない。

 

「俺もそう思うが、お前、あれをなんとか出来るのか?」

「お前なら、出来ると思ったんだけどよぉ。ダメか?」

「それは、強大な魔法使い殿の役割だろ」

 

 二人は、ローランを見る。ファビオはお願い風味で、フレデリクは完璧に凄んで。

 

「お前ら……その肩書きを止めろと言っただろうが!

 それに無理難題を、俺に押し付けるな!!」

「お前、術士長じゃん。術でぱぱぱぁ~と」

「その後、どうするんだ!俺は、覚えてもいない過去をバラされるだろうがっ!」

 

 それを聞いたファビオは、「俺、出身地言わなくて、大正解。マジ、洒落にならねぇ」と呟く。出身地を言ってしまった二人は、産まれてから今まで、しっかりと妖精達に観察されていた。ローランが必死になって思い出しただけでも、数え切れないほどの記憶量。既に、帰ってきてから、それについて十分からかわれていた。

 

「ローラン、そんなに怒鳴ってはいけませんよ。貴方は、本当に可愛らしいのですから」

 

 ふんわりとローランの元に降りてきたイヴェールが、やんわりと言う。

 

「それに、ファビオ。貴方は、私達を甘く見ていますよ。その赤毛。とても良い目印でした」

 

 ファビオの口から、「ぐぼげっ」という言葉にならない声があがった。

 

「まじかよ………だけど、言うなよ!分かってんだろうな!!」

「えぇ、分かっています。だから、今まで言いませんでしたでしょう?

 ですが、言わないのは出自だけですからね」

 

 清華な笑みを浮かべたイヴェールは、顔を上に向け四人の会話を興味深そうに眺めている沙美に声をかけた。

 

「赤毛の男の子は、とても可愛らしい子でした。プランタンよりも、ずっと」

 

 沙美の口から「ふわぁ~」というため息が漏れる。想像するだけで幸せだ。

 

「三人共、もんのすっごく可愛らしかったんでしょう?」

「えぇ。とっても。浚ってしまいたくなるぐらいでしたよ」

「うっわぁ~あたしも見たかった~。なんとかして、30年前に飛べないかなぁ?」

 

 その言葉に、「ダメです!」「ダメだ!」「ダメにきまってんだろっ!」とローラン、フレデリク、ファビオが瞬時に返す。

 

「可愛い三人を見たいなぁ…」

「カッコいい今の俺達を堪能しやがれ!ほれ、こっち来い!」

 

 ファビオは、両手を広げる。

 沙美を抱っこしていたエテは、まわりの長達から視線で順番だと言われ、しぶしぶとファビオの手が届かない横に沙美を下ろした。

 

「俺の腕、可哀相じゃねぇ?」

「いいや。

 的確なご判断、ありがとうございます」

 

 未だ文句を言っているファビオを無視して、ローランはエテに頭を下げる。そうしながら、既に作っていた握りこぶし(ファビオを殴る為)を解いた。

 

「あのさ~」

 

 そんなおっさん達に気づかないままの沙美は、部屋の中を不思議そうに視線を巡らしている。

 

「ここ、どこ?」

 

 今まで召還された場所は、城の中、術士専用の部屋。

 だが、今目の前にあるのは、石造りには違いないが小さな部屋。壁には所狭しと、槍が飾ってある。

 

「俺の部屋だ」

 

 フレデリクが、誰とも一切視線を合わせずにボソリと呟いた。

 

「お城だとダメだから、ディックさん家?ここって、お城から遠いの?」

「いえ、ここは三軍の宿舎の端にある、三軍長専用の部屋ですので……城の端になります」

 

 沙美は、ローランの言い方だと、ファビオも同じように城の端に部屋があるのだろうと考える。

 

「えっと、ローランのお家も城の中?」

「こいつに家はねぇ」

「は?」

 

 ファビオは、呆れたように答える。

 今度は、ローランが視線を思いっきり外した。外している最中も目が泳ぎ放題。

 

「術士長という肩書きを頂いた時に、城に近い屋敷を賜ったのですが……」

「廃墟だ」

 

 ローランの言葉を次いで、フレデリクが白い視線付きでぼそりと言う。

 

「廃墟までは……」

「いってるだろ!お化け屋敷だと、噂になるぐらいだ」

「ローラン……人が住まないと、家って朽ちるもんだよ~。せっかくもらったのに、普段どうしてんの?」

 

 沙美は、こんな中世風世界のお屋敷でお化け屋敷って、物凄く怖そうだと思いながら、訝しげにローランを見つめる。

 

「あぁ、こいつなら術士長の部屋」

 

 ファビオが、やけに楽しそうにローランの背中をバンバン叩いて言う。ローランが困った顔をしながらも、ファビオを睨んだ。

 

「………術士長の部屋って、何でも揃ってんの?」

「一応、普通に生活が出来るようになっています」

「代々の術士長って……みんな無精者?というより、屋敷を賜る必要あるの?」

「ですから、代々の術士長が放置した屋敷がそれで、私が長になる前から、お化け屋敷の噂はありました」

 

 沙美が呆れたようにローランを見るが、頭の中ではギュスターヴを思い出していた。確か、寝るのも忘れて術を開発していたと、それが普通だと言っていた。なるほどと思う。そういう人達が、寝食を忘れて仕事するから、こうして術というのが進歩するんだなぁと感心した。

 

「分かった。うん。

 んで、そこは城の中だから避けたんだね」

「違うぞ、沙美」

「へ?」

「あそこは、雪崩が起きると言って却下されたからだ」

 

 フレデリクは、オトンヌを指差す。

 

「当然じゃ。あのように本が積み重り、武器が無造作に置いてある部屋は危険すぎる。

 それに、わらわ達が、浮きずらいじゃろう?」

 

 沙美は、想像する。術に関する本が大量に置かれている部屋。勉強熱心だと聞いた。洒落にならない量の本があるのだろう。しかも山積み。加えて大剣第一位様。それはそれは、各種大剣を用意してあるんだろう。確かに危険だ。

 

「あれ?でも、剣って、一本お気に入りがあればいいんじゃないの?」

 

 沙美がそう言った瞬間、三人のおっさん達は、それぞれ目を逸らした。

 

「サミ、どうもこの三人は、武器収集癖があるようじゃぞ」

「うん、一番凄かったのは、赤い騎士だよねぇ~」

 

 オトンヌとプランタンの言葉に、沙美は小首を傾げる。使わないような武器は邪魔じゃないのだろうか?と思った時点で、自分の父親を思い出した。父親の部屋には、アニメに出てくるロボットのフィギュアが、大量に飾ってある。追加で思い出した友達の収集癖。うんうん、使う使わないじゃなくて集めたいって事だ。

 

「あ、え、で、もしかして、ファビさんの部屋じゃないのって、片手剣が大量にありすぎて集まれないとか?」

「あのね~赤い騎士は、ありとあらゆる武器を集めているんだよ~。綺麗に並んでいたけど、あそこは、もっと危ないから避けたの」

「はぁ?」

 

 沙美は、ファビオをじぃ~と見る。

 

「男だったら、目の前に武器があったら、手に取って使いこなそうとするもんじゃねぇ?」

 

 ファビオは、胸はって言う。

 

「それに、俺は元々、弓と棒と小剣は使ってたしな。

 な、必要だろ?」

「赤い騎士ぃ~だったら槍とか大剣とか、いらないよねぇ~?」

「それも使う!」

 

 ビシッと即座に答えるファビオを横目で見ていたフレデリクは、「見た事ないぞ」と呆れたように言う。プランタンは、「やっぱり、いらないよねぇ~」って言って、笑いながらとんぼ返りをした。

 

「ファビさん……地震で武器に押しつぶされて死んだなんてなったら、不敗の赤い刃の肩書きが泣くよ」

「大丈夫だって」

「何が?」

「ベッドの周りには、一応空間がある!」

 

 疑わしげな視線がファビオに集まる。「あれを、空間とは言わん」とフレデリクが言い、「他より、ほんのちょっとだけだよぉ~」と、プランタンがペチペチとファビオの頭を叩く。

 それを聞いた沙美は、肩書きが泣く日は近いかもと、呆れながら思った。

 

「その結果が、ディックさん家なんだね」

 

 ちゃんと空間がいっぱいある。壁には槍がびっしり、木で作られた入れ物には槍がぎっちぎちに刺さっているけど、その入れ物も2つだけ。ちゃんとテーブルは機能しているし、椅子もある。

 窓以外の壁は物騒だけど、ちゃんとした部屋だった。

 

「それじゃぁ、今度から、ここに召還されるんだね」

「そうなりますね…」

 

 少々不満げなローランは、壁にある大量の槍を眺めた後にしぶしぶ頷いている。

 

「あ、あたし、別に幽霊屋敷でもいいよ。みんなが居るなら大丈夫!」

 

 もしかして、自分の部屋に呼びたかったのかな?と思った沙美は、ローランにフォロー。

 だが、そんな事はオトンヌに通じない。

 

「サミ、あそこは屋敷とは言わぬ。廃墟だと言うていたじゃろ。それこそ、わらわ達が少しでも力をふるったら崩れ落ちるぞ」

「あ……はぁ……」

 

 フォロー、無駄。だが、困った顔をしながらも、沙美は頭の中で想像する。石造りで廃屋って、草がぼうぼうなんだろうか?それとも、木が育ってしまって、土台を押し上げてグラグラとか?日本家屋なら分かるが、石造りの廃屋がどうしても想像がつかない。

 沙美は、いつか、その廃屋に連れて行ってもらおうと思った。

 

「あ……あのさ、廃屋を賜ったって……王様分かってんだよねぇ?廃屋をあげるって、王様として酷くない?」

「あ~それは腹黒だからって、嫌がらせじゃねぇぞぉ~」

 

 ファビオが、沙美の表情を見てニンマリ笑いながら答える。相変わらず聡い、聡すぎると、沙美はそんな顔を見て思う。

 

「そうなの?」

「俺も、最初はひっでぇ~とか思ったけどよ、どうせ下賜してもこいつだろ?

 代々の長もこいつと同じタイプだったらしくて、もう形式化してたみてぇ」

「あ、なるほど……」

「その代わりって、長の部屋を充実したらしいぜ」

「そして、どんどん、普段の生活を省みないダメな長が出来上がっちゃったんだねぇ」

「あ、あぁ、そうだよなぁ。だめじゃん腹黒」

「ファビ、ダメなのは長だろ。代々の長がダメなんだ」

 

 フレデリクがローランの頭を小突く。「っ…、俺は綺麗好きだ!掃除もしている!」とローランは怒鳴るが、「そこじゃない。無精者を指摘されてるんだ。普通に生活しろ」と、フレデリクが止めを刺した。

 沙美は、おっさん達を眺めながら笑う。

 

「結局、お話会は、ディックさん家しかないんだね」

 

 そこで言葉を区切り、少し躊躇う。

 

「ここって、お姫様も…来れる?」

「……サミさん…危険物を持ち込んでどうするのですか?」

 

 ローラン、自国の姫君を危険物扱い。

 

「う~んとね、ちょっと聞きたいお話が、あるんだよねぇ……」

「何?何?」

「えっへっへぇ~恋バナ。女の子同士の会話っていうやつ~」

「え?それじゃぁ、俺達は参加出来ねぇの?」

「だって、おっさん達が居たんじゃ、細かい事聞けないじゃん」

 

 沙美は、心の中で付け加える。『特に、目の前のファビさんが居たら意味がない!』と。そして視線をローランとフレデリクに向けると、それぞれ肯定するかのように、頷いて、口の端をあげていた。

 沙美は、以前から、そのきっかけを聞きたいと思っていた。あのお姫様の態度。そして、目の前のファビオの行動。どうやったら恋という感情が発生するのか、沙美にとっては激しく不明。ぜひ、聞きたいと思っていた。

 ただ、あまりに個人的な感情。嫌がられるかな?とも思ったけれど、周囲の友達を見る限り、女子というのは、そういう恋の話をするのが大好きだ。だから、断られてもいいから一回尋ねてみようと思った。

 

「では、姫の部屋に召還しましょう。その時には、方々にサミさんの護衛をお願いします」

 

 ローランは、長達に頭をさげた。

 

「ねー、ねー、お姫様って、あのお姫様だよねぇ?」

「はい。この時代のお姫様です」

「ナディーヌそのものって感じの」

 

 プランタンの言葉に、おっさん三人と沙美は、全然違うと首を横にぶんぶん振る。顔は硬直したまま。

 

「た、確かに、意思の強さは…似ていると思います、け、ど……」

「えー、そのまんまだよね~」

 

 プランタンは、背後の三人に向かって同意を求める。エテは、「ナディーヌの武器は、微笑みだったけどな」としみじみ言い、「元々の性格は、そのまんまじゃのぉ」とオトンヌがコロコロと笑う。

 

「私達には、ナディーヌの生まれ変わりにしか見えませんよ」

 

 イヴェールは、思い出し笑いをしているような風情で沙美に言った。

 

「………確かに片鱗はあったけど……そこまで?!」

「えぇ、あまりの懐かしさに、私達が見えるよう術をかけたくなるほどです」

「しなかったんだ」

「はい。まだ時期では無いと思いまして。でも、もう大丈夫でしょう」

 

 優しげな笑みをのせたイヴェールは、非常に楽しそう。

 

「でも、ナデージュ姫は、ナデージュ姫だから、ナディーヌの話するのは……嫌かもしれないですよ」

「それは、分かっております。

 ただ、彼女のする事を、もう少し近くで見ていたいと思っているだけです」

 

 イヴェールの言葉に、「やめておけ」という静かな声が遮った。

 

「フレデリク?」

「お前達は、ギュスターヴの意思を無視するのか?

 今のあいつは、お前達を利用するだけだ」

「フレデリク、私達が、この城の状況を知らないと思いますか?それを分かって、姿を現そうと思っているのですよ」

 

 イヴェールは穏やかな声で言うが、どんどんフレデリクの眉間に皺がよる。

 

「ご安心下さい。私達の友を選ぶ基準は、とても高いのですよ」

 

 心からの笑みだと分かる綺麗な笑みを浮かたイヴェールは、「貴方は、本当にお優しい」と言う。「そうだよね~」と笑いながら、フレデリクの首筋にしがみ付いているのはプランタン。

 フレデリクは、眉間の皺を一層増やし「目が曇っている」と言うが、誰の目にも、曇っているのはフレデリク自身だと心の中でだけ付け加えていた。

 

「もしかして、お嬢ちゃんだけじゃなく俺達もお友達かい?」

「そうじゃ」

「いいのかよ、俺達は魔法使いでも術士でもない騎士だぜ。武器持って戦うのが仕事だ。

 それこそ、困った時は、あんた達を利用するぞ」

 

 ファビオの言葉に、四人の長の笑い声が返ってきた。

 

「んだよぉ~」

「あのさー、僕達、赤い騎士の子供時代を知ってるし~、ここに来てからの赤い騎士も知ってるんだよ~」

 

 プランタンは、フレデリクから離れ、空中をくるくる回りながら笑っている。

 

「お前なぁ、お前がこの中で一番、私達を頼らんと思うぞ。それこそ頼って欲しいと思う時でさえ、頼らないのはお前だ!」

 

 エテがげらげら笑いながら、ファビオの背中をばんばん叩いている。

 

「そうじゃなぁ。最後の最後、何も手が無くなった時になって、ようやくわらわ達を担ぎ出すのは、フレデリクじゃろうなぁ」

 

 オトンヌは、品良く口元に手をあてて笑う。

 

「だから、私達は、最後の最後ではなく最初から関わりたいのです。

 そうしないと、貴方達は何をするか分かりませんからね」

 

 イヴェールは、爆笑するのを堪えながら言う。だが、肩は激しく震えていた。

 

「あの~」

 

 沙美は、そろそろぉっと手を挙げた。

 

「間違いなくあたしは役立たずだって分かってるんですけど……でも、あたしも関わらせてくれないかな?」

 

 ずっと話を聞いていた沙美は、長達が言っていた事を物凄く真剣に受け止めていた。

 最初の旅で、おっさん達をずっと見ていた。だから、沙美は、ぼろぼろになってさえも誰にも縋らず突き進んで行くおっさん達の幻が見えてしまった。それは、予知ではなく、100%有り得るだろう未来。自分が居たら、足手まといになるのは分かっている。分かっているけど、遠くの異世界で何も知らずに居るのは凄く嫌だった。

 

「おっさん達は、優しいから、頼んでもダメだって分かっている。だから、あの……」

 

 沙美は、長達を必死になって見つめる。

 

「お願いします!」

 

 沙美は、急いで床の上で正座をして頭を下げた。

 

「サミ」

 

 オトンヌは、そんな沙美をかかえあげ、ぎゅっと抱いたままふわふわと浮かび上がった。

 

「わらわは、お主も同じだと思っているのじゃが」

 

 エテが、オトンヌの腕の中から沙美を取り、抱きしめる。

 

「お前が一番、危険人物だと分かっているのか?

 それこそ、槍の騎士より、よっぽどたちが悪いぞ」

「え?え?」

 

 プランタンが、沙美の顔を覗き込む。

 

「サァ~ミ、魔法の言葉を教えてあげる…って、僕は言っちゃうから」

「あ、あの…」

 

 イヴェールが、エテの手から沙美をふんわり取り上げて、心配そうな顔をする。

 

「貴方は、私達の友です。私達は、友に手を貸さずにはいられないのです。それが、私達と友とのあり方だと言いましたでしょう?

 もう、私達は、貴方を仲間はずれにしたくても出来ないのですよ。

 だから、力をお持ちなさい。そして、彼らを抑える為に、この世界に立ちなさい」

「……ご、ごめんなさい!」

 

 沙美は、もっと考えて言葉を選ぶべきだったと後悔した。なぜ、魔法が無くなったか、命をかけてまでギュスターヴが、自分を召還した理由を忘れていた。そう、精霊達に何一つ頼ってはいけなかったのだ。友という言葉で、無理強いしてしまった。

 ここで言わないで、召還された時に黙ってこの世界に隠れれば良かった。もっと考えれば、他の案も出てきたかもしれない。なのに、衝動そのままで言葉を使ったせいで、精霊達にしてはいけない願いを言ってしまった。

 

「サミ」

 

 温かい手が沙美の頭を撫でる。

 

「よいのじゃ。サミの事じゃから、もしここで言い出さなかったら何をするか分からないからのぉ。

 なぁ、ファビオ」

「あぁ、あんた達が付いていてくれんなら、こっちも安心だ」

「だが、サミが俺達の抑制力なんだな?」

 

 フレデリクは、嫌そうに言う。

 

「そうじゃ。お主らが、サミに逆らったら無条件で魔法が発動する。

 敵じゃなく、お主らにじゃ」

 

 やっぱりと、フレデリクが、がっくり肩を落とした。

 

「ですが、ナデージュ姫は、戦いを好みません。

 頭でなんとかするはずです。だからこその今なのですから」

 

 ローランが、魔法の力は必要無いと、きっぱりと言う。その為に今まで苦労をしてきた。そして、同じ立場に居る者全員が努力してきた。その筆頭がナデージュ。

 ローランはそれを知っているが、知らない沙美に心配させてしまった事を後悔していた。もっと、話しておけば良かったと。だが、軽々しく言える内容では無かった。

 

「寝る時間激減」

 

 エテが怒ったように。

 

「一日中ヒヨに乗って、各地へ走る」

 

 オトンヌが呆れた声で。

 

「仲間を増やす為の交流~」

 

 プランタンがニンマリ笑って。

 

「陰湿な攻防」

 

 イヴェールが悲しげに。

 

「お前ら、300年前の方が寝ていただろう?」

 

 エテの言葉に沙美は、呆然とする。あの時も、徹夜に近い状態で準備し、城に入ったら入ったで、やる事が多く夜中までばたばたしていた。

 おっさん達を見る。

 ローランは視線を泳がせて、ファビオはニンマリ笑って、フレデリクは「普通の事だ」とあっさりと返答してきた。

 呆れた。

 

「サミ」

「はい!」

「わらわ達は、術も使える。だからの、必要があれば何でも出来るぞ」

「はい!責任持って最低限の睡眠時間と、食事、お風呂につっこみます!」

「頼んだぞ」

 

 沙美は、物凄い勢いで頷いた。

 

「そういう事じゃ」

 

 オトンヌは、ニンマリ笑って苦笑している三人を見下ろす。

 

「だとさ」

 

 諦めたようにファビオが言う。だが、フレデリクは返事をせずに視線を外す。そして、ローランは長達に頭を下げた。

 

「では、当初の目的に入りましょう。もか、なりう時間が過ぎています。

 サミさん、今夜は無理ですが、次回からどのようなお話を聞きたいですか?」

「えっと……まずは、伝説の強大な魔法使いの話から!」

「あー?お嬢ちゃん、それって嘘話だったじゃねぇか」

「でも、世間に伝わっているお伽話が聞きたい!」

 

 ファビオは、「んなら、次回は俺が語り部かぁ~。だったら、お嬢ちゃんは俺の膝の上な」と言った瞬間、ローランがファビオの頭を物凄い勢いで殴った。

 

「ってぇ~」

「ダメに決まっているだろうがっ!」

「だってよ~、あいつらは、お嬢ちゃんを抱っこしたりしてんじゃん」

「長殿達は、いいんだ!」

「何がいいんだよ~」

「お前みたいな害は無い!」

 

 横でフレデリクが、重々しく頷いている。

 

「ちぇぇ~。俺も同じだぜぇ。歳の離れた妹風味?」

「お前がやると、そうには見えんな」

 

 フレデリクの無造作な一言に、ローランはしきりと頷く。それを見ていた沙美は、いつも通りだなぁと思いながら笑った。

 

「それじゃぁ、6日後のこの時間に!」

 

 沙美は、毎週金曜土曜の夜は、ここに来ようと決めていた。流石に次の日学校がある日は、そんな余裕は無い。そろそろ進路相談もあるし、大学受験用の宿題が増えてきていた。

 でも、今だから、まだ気持ちに余裕がある。その間に、沢山の話を聞こうと思っていた。

 それに、もし、ここで何かがあったら、その間帰るつもりは無い。たとえ受験でバタバタしていたとしても、絶対にここに居ると決心していた。来なければ、後悔する。だから、皆に受験の事は内緒だ。だいたい、おっさん達を見ていたら、たとえこっちへ来ていても受験ぐらい一発で合格しなくちゃいけないと思う。そんな行動をおっさん達は見せてくれていた。

 沙美は、くすりと笑う。うん、どっちも必死になろう。もう一度、心の中で決意。

 

「またね」

 

 ローランの謡うような言葉が流れる。

 沙美は、再び沈み込むような感覚を味わいながら、皆に手を振った。

 

 

 ゆっくりと閉じていた目を開く。

 真っ暗な部屋。

 少しベッドが音をたてた。

 

(…また、ノートにメモしなくちゃいけない事が大量だ)

 

 丸めておいたクッションをベッドから取り出し、代わりに自分が横になる。

 

(来週……早く来ないかなぁ?)

 

 口元に笑みが浮かんで消えない。

 

「おやすみ」

 

 沙美は、異世界にまで、この声が届くといいと思いながら目を閉じた。

 

小話集が始まりました。御伽噺や、おっさん達の話や、ナディーヌ、ナデージュの話なんかがあります。

結構、これ小話サイズ?状態です。

まぁ、このプロローグも、プロローグサイズではないですが(;。。)


お話を楽しんでもらえると嬉しいです!

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