2 クロとシロ
「私は真木碧。真実の真に、樹木の木で真木。君は?」
「俺は葛葉緋色」
逃げないから、と説得してやっと手を放してもらえた。山道を並んで歩く。やっぱり人通りはない。携帯電話を確認すると、圏外の表示は消えていた。
「消防署に電話しないと」
「うん、公衆電話からね。国道に出たところにあるから」
携帯電話は使えるようになったけど、真木は公衆電話を選択した。一生隠すつもりだった、と言っていたし、身元を特定されるようなことは避けたいのか。
大木を退かせた分、救助には貢献している。連絡が遅れたとしても、大木を退かせる時間よりは短いだろう。
隣を歩く真木を見た。目線の先に頭がある。染めていない黒髪に朝日が反射して輝いていた。肩より少し長い髪は、さっき掻いていたから一部が乱れている。指摘したらまた怒られそうだから、何も言わないでおこう。
女の子、なんだよな。口調はサバサバしているけど、見た目は完全に女子高生だ。制服姿というのもあるけど、制服が似合ってるし。こんな女の子が、大木を吹き飛ばす力を持っているなんて。
いろいろ考えているうちに、国道に出た。真木は公衆電話に掛け寄り、素早く消防署に連絡して戻ってきた。
「本当は君に電話してほしかったけどね。私が女だってバレたくなかったから」
「あー悪い。俺だと余計なことを言うかもしれないからな」
「うん。君って不器用そうだもんね」
反論できなかった。人助けで死んでも良いと思っていたくらいだから、器用に行動できないことが多かった。もっと他に方法があったのに、と後で思う。それが最善だと思っていたことが、最悪の選択だったこともある。今回は最悪の部類に入るだろうな。
真木は俺にパーカーのフードを被せ、自分は髪を一つに結んで纏めた。風が強いから、という理由ではなく、目撃された時のための対処だろう。制服はセーラー服で、近辺の高校はセーラー服が多いから特定は難しいと思う。ぱっと見だと、違いなんてわからない。
国道だから、車は数台すれ違った。
「君は自分がクロだってわかってる?」
「クロ?」
「クロを知らない、か。あとで両親にも説明するけど、先に言っておくね。君のように熱を発することができる人は『クロ』と呼ばれてる。で、その『クロ』を操ることができるのが『シロ』。私がその『シロ』」
「木を吹っ飛ばしたのは、アンタの力じゃなかったのか。俺が操られて、俺の力で吹っ飛ばしたと」
「そう。『クロ』は自分の意思で力を使うと反動があるでしょ。発した熱に比例して、その熱が自分に返ってくる。『シロ』の指示だと、反動はない」
そうか。『シロ』である真木に指示されたから、無傷でいられたのか。
力を使ったことは数回あった。感情が高ぶると、近くの物が燃えた。火力はマッチの火くらいで、延焼するものはなかったから大事にはならなかった。そういう時はいつも火傷した。一回目はわからなかった。二回目は偶然だと思った。三回目に関連しているとわかった。それから感情的にならないように注意してきた。
今回みたいに、自分の意思で力を使おうと思ったのは初めてだ。
「『クロ』は百人に一人の割合でいるよ。学校に一人はいるってことだね。で。『シロ』は百万人に一人。今の日本の人口で言うと百人くらいかな」
「ああ、だから『シロ』だとバレたくなかったのか。ん? 日本人口?」
「『シロ』と『クロ』は日本じゃないと力を使えないから。で、『シロ』は『クロ』に無傷で力を使わせられるから、兵器になる」