6.「ぶぶへん!」を読んでみる(その5)
※本章の想定レイアウトは、1行あたり約40字です。皆様の環境もそれに合わせて頂きますと、作品がより楽しめると思います。
コレは恐らく、我が息子の変身した姿である。
根拠はたったひとつ。でも信頼に足る。
ほら、起きた時にさ。コレに触ったじゃん?
私の快感性能、嘘つかない。
「これが本当のグソクムシ…」
ってオチだったらなぁ。はぁ。
「あっ…ほ、本物って」
月夜の慌てた声が聞こえた。
溜息をついてた俺は、顔を上げる。
「い、いつまでソレ晒してる気よ。馬鹿。変態」
月夜は、困った表情で目を逸らしていた。
ぬおおっ、そうであった!
馬鹿考えてる以前に、馬鹿丸出しじゃん。
「す、済まん」
俺は座ろうとして、はたと動きを止めた。
正座は駄目だった。またこいつが暴れる。
じゃあ体育座り?
揃えた脚で、さりげなくこいつを…
美少女ナノベの、表紙絵みたいにね☆
ぶぅぅぅぅぅぅぅぅ…
俺は思わず、ロングブレス式で噴茶。
だーっ! 変な妄想しちまったい!
見慣れた構図に、俺の姿が投影される。
妹の前で、体育座りしながらはにかむ兄。
隙だらけの子に見えて、実はガードが固いの。
ぎゃあああ! 変態だ!
ここでこんな妄想するなんて、俺は変態だ!
い、いや。
コレ晒してる方が、余程変態であったな。
そうだ! 取り敢えず後ろ向いて。
あっ尻がっ。
「もう! なにうろうろ、ぶらぶらさせてるの!」
はい、怒られました。
しかし、ぶらぶらて。
あのう、月夜さん。
見てました? 実は。
「でもそいつ、ずっと私のこと見て…恐いよ…」
…見てたのね。
若干引け腰になりながら、俺は視線を落とす。
そいつの、ふたつの大きな複眼。
多関節の体もあって、案外視野が広そうだ。
そして言われてみれば。
確かに、しっかりと月夜を目で追ってるな。
「てか、私の方へ来たがってない?」
更にコレは、月夜を見据えるだけでなく。
たくさんの脚で、盛んに宙を掻いている。
床の上なら、月夜にまっしぐらだったろうな。
まだ座り込んでる妹も、そう想像しただろうか。
両腕を突っ張って、ちょっと後ずさった。
すると一層、ソレの足掻きが激しくなる。
「絶対来たがってる。やだ。なんでよ」
「あー。それはー…」
月夜は右足を上げて、ソレを追い払おうとした。
しっしとやる姿を見て、俺は慌てて目を逸らす。
あのな、お前。そろそろ自分の服装を思い出せ。
兄は先程から目の遣り場に困ってます。
何故ならその、たおやかなる薄布の花が。
君と二輪、悩ましく咲く花が。
俺とコレ、悪い虫二匹を誘ってやまぬ。
あっ、嘘! 俺は違う。
コレの様に、兄が妹に迫ろうとしたら大変だ。
そうだよ。二人と居ない、大切な妹なんだぞ。
月夜にそんな、邪な感情を向けるなんて…
えーと…
りーんりーん。
「んんっ!?」
りーんころころころ、りー。
「…なんか、鳴いてるーっ!?」
突然湧いた変な感情も、これで吹っ飛んだ。
だって鳴きだしたんだよ、股間のコレが。
しかも秋の虫みたいな無駄にいい声で!
無骨なコレの姿に、全く似合いやしぬぇ!
一体何が。一体…
「…求愛、してる…?」
「えー」
バラエティで、観客のやらせ反応があるだろ。
俺の「えー」は、まさにそれだった。
だって最早、そんな風に棒反応するしか。
コレのこの行動、俺にもそうと分かった。
ぼんやり、曖昧となんだけど。
コレの言葉が、俺の心に浮かぶようなのだ。
こんな節足動物に言葉? 勿論俺もそう思う。
でも今は、この感じをそう表現するしかない。
でもって、この場を無事切り抜けたいのなら。
コレの下心は勿論、その原因。
特に後者は、絶対妹に気取られてはならぬ。
命に関わりそうなので、強く決意しますた。
って思ったのも束の間。てか一瞬。
妹よ、なんだって君は。
こうもあっさり、兄を追い詰めて。
これが女の勘って奴なのか。gkbr。
とにかくここは、これ以上悟られちゃいかん。
悟られちゃ…
「…!」
月夜が、はっと息を飲んだ。
ああ、俺の馬鹿っ! 馬鹿馬鹿馬鹿!
悟られちゃいけないって、自分で言っといて!
俺はうっかり、横目で月夜を見てしまっていた。
案の定視線は、抗い難くそこへ吸い寄せられて。
それは、たおやかなる薄布の花。
今はまた、別の角度から見せる艶姿。
すみません。やっぱ俺も悪い虫でした。てへ。
…ううん、本当はね。
健全な男子諸君には、力強く頷いて欲しい。
この花の前では、誰だって悪い虫。
じゃないと俺、ぼっちすぎて辛い。
ああ、ぎこちないけど。
月夜が正確に、俺の視線をトレースしてるなぁ。
俺の人生、だん。
わっしゃわしゃわしゃー!
ムッシュムラムラーっ! てか?
一方で、コレの意気は益々揚げ⤴揚げ⤴だ。
そろそろ求愛のダンスとか始めそうな勢い。
うふふ、やだもう。私、完璧に終われそう。
「…ばっ…」
月夜の声が、羞恥に震えてる。
核心的個人情報の流出、あるいは誤配信。
惨事を把握した彼女が、徐々に顔を上げた。
俺の目が。ソレの複眼が。
妹の涙目と、かちっと合わさった。
「…」
俺は、確かに身の毛のよだつような音を聞いた。
こう、耳の奥でぼぐっ、とかいう感じの、重い。
でもなんで?
目覚めた俺は、先ずそれを思い出そうとした。
うっ、頭が痛い。
一度、割れたみたいに痛い。
「実際、割れてたんだよー」