4.「ぶぶへん!」を読んでみる(その3)
※本章の想定レイアウトは、1行あたり約40字です。皆様の環境もそれに合わせて頂きますと、作品がより楽しめると思います。
「お、起きたらさ、体が突然、変になっててさ…」
さりげなく、ソレの位置を正すには。
俺は一度、上体を起こすことにした。
そうしたら、気付いたんだ。
「やっぱり、病気なの…?」
月夜は健気にも、再び俺を見てくれていた。
…その縋るような瞳を、俺は絶対に裏切れない。
「んっ? うん」
うぐっ。
だがしかし。
ソレのもがき方が、一段と激しくなった。
重力に引かれるまま、うな垂れるが本来のソレ。
ソレが今、明らかに上を目指して進んでいる。
しかも結構、力が強いときた。
慌てた俺は、ぐっと両腿に力を込めた。
もし、コレがにょきっと立ち上がって。
オッス! オラ、ワイルド・サン!
月夜にそんな気さくな挨拶しちゃったら。
お話になりません。絶対阻止です。
あっ、でも。
内腿が絶妙なタッチで引っ掻かれて。
やっ、うんっ。
ちか、力が。ぬ、抜け。
「びょ、病ぉ気かどうかはぁ、そのぅ」
ぬおおっ!
岩石に染み込んでいた水分。
それがやがて凍り、内から大岩を砕くように。
膝がっ、膝が割られるのぉ!
最早なりふり構っちゃいられない。
挟む両腿に、両腕のアシストを加える。
それでも割れっ、わ、れっ。
うひひ。変な汗が。
「でもさ、気分が悪っ、悪い訳じゃないっ、から」
「…」
あ。
月夜が、いつもの冷静さを取り戻しつつある。
俺は今、後頭部に彼女の視線を感じていた。
その温度が、次第に下がってきてるのだ。
冷気が丸く広がる。円形脱毛が進むみたいに。
挙動不審の兄を見て、なに思う妹よ。
いや、考えるまでもないか。
だってボク、すっかり前屈みになったし。
両手だってもう、膝なんか押さえてない。
ソレの突出を、直に押さえ込もうとしてる。
ソコを押さえ、強く前屈みになる男の子。
嫌っ駄目っ。見ないで、月夜!
「…おにいちゃん。まさか…」
汚れた物を見てるなぁ、ってのが分かる口調。
「おかしいとこって、そこなの…?」
私は前屈みを続ける。再び土下座する思いで。
「はぁ…」
あれ?
凍えそうだった後頭部が、ふっと楽になる。
どうやら、月夜が目を逸らしたようだ。
「んー、一応聞いとくか」
今度は、めんどくさ、ってのが分かる口調。
「それで原因は? 誰彼構わずって事?」
「ぶっ!」
この妹は! 兄に対して!
言うに事欠いてなんて人聞きの悪い!
俺は思わず、顔だけ上げて叫んでいた。
「失礼ね! 私の筆は、まだ未使用よ!」
そりゃあもう、穂先まで綺麗に整って。
「ですよねー♪」
そしたら妹の奴、笑顔になりやがった。
しかもなんか勝ち誇ってる。
「手も洗わずにいじっちゃったんだ~?」
「待て待て。また言うに事欠いて」
「そこまで切羽詰まってたの? 嫌ぁね、最低」
「いやだから」
こっちの言い分も聞こうよ。
いや、はっきりとは言えないんだけどさ!
こいつ、さっき泣かされた仕返ししてるな。
むう。
なら下手に出るしかないか、今は。
「おにいちゃん、ちゃんと聞いてるの?」
「あい」
すみません。
俺と妹の力関係は、恒常的にこんなもんです。
「えーと。そういうのって」
一頻り己の優位を確認して、納得したらしい。
妹は機嫌良さそうに、ぱんと手を打ち合わす。
「先ずは消毒かな? 救急箱、取ってくるね」
「あー。事の焦点はね、そこではないようだよ」
踵を返しかけた妹に、恐る恐る声をかける。
「何よ。その手の病院に、付き添えって言うの?」
いえ、滅相もございません。
肩越しに合った目に、君の意志を見る。
それは「必殺」。私は思わず、叩頭の礼です。
けどなぁ、月夜。
歩く時は、やっぱり前を見ないと。
危ないんじゃないかなー。足下悪いし。
「そんなこと言ったら、今度こそ殴、きゃっ!?」
「月夜!」
俺は慌てて立ち上がった。
ほら、言わんこっちゃない。
床には、ドアの破片がまだ散乱したまま。
月夜は余所見して、そのひとつに蹴躓いたのだ。
運動神経の良い彼女は、咄嗟に足を出した。
けど不運かな、そこにも破片が積み重なってる。
ずってーん!
彼女は転んだ。記憶に無いくらい派手に。
そして…