3.「ぶぶへん!」を読んでみる(その2)
※本章の想定レイアウトは、1行あたり約40字です。皆様の環境もそれに合わせて頂きますと、作品がより楽しめると思います。
「いやっ…!」
ぎゅるっと回れ右する月夜。
細い肩が、遠目にもはっきり震えてる。
「…お兄様」
カチコチの氷みたいな声。
いやん。
近寄り難さが消えたなんて、まるで嘘じゃない。
「演技だったんだ…思わせぶりな…要するに…」
月夜の背が、彼女のもどかしさを語っている。
高ぶりすぎた感情。
言葉が上手く出ないらしい。
…コワイヨ。
「見せ付けたかったのね? 剥き身の下半身を」
「あっ!」
俺は思わず仰け反った。
ど、道理ですーすーすると思ったら。
床でへなっとしている、愛用のトランクス。
さっきの、カリオストロ式大跳躍の弾みだ。
あれぇ? そんなにゴム緩んでたかな…?
いや、取り敢えずそれは置いといて。
もしかして:
見られた?
コレを?
「み、見てないからね!」
俺の狼狽を見透かしたような慌て方。
口では全力否定の月夜だけれども…
「だから、はは早く隠して、その、そ、それを…」
肩越しに、ちらっとこちらを盗み見たのである。
よりにもよってこのタイミングで。
見られたと思って、俺は腰を抜かしかけていた。
腰がすとんと落ちる。咄嗟に足を踏ん張る。
月夜の目は、四股を踏んだ俺を射たはずである。
「!! ばかぁ!」
月夜は光速で目を閉じた。
でもその直前、瞳孔が危険な感じで開いたような。
ぶんっ。
心配を余所に、月夜は両腕を唸らせて振り向いた。
ひーっ。これぞ瞑目・憤怒の相。
半端ない剣幕に、俺は今度こそ床に尻を落とした。
頭上を切り裂いていく、刃状の空気。
たった今、月夜の両腕が発生させたものだ。
「わ、私決めてるんだからね! ずっと前から!」
はい!? な、何をでしょう。
「思いが通じてから知りたいのっ! そこは!」
「えっ」
「あっ、違っ…!!」
自分の発言に、心底驚いたといった様子。
月夜は思わず、目を開いてしまったようだ。
でも、見たくない意思は固いままだったようで。
結果、両眼見事な白目がひん剥かれる。
おまけに顔色は何故か真っ赤。
…しくしく、コワイヨー。
「…ふふ。おにいちゃん、死んでね。はぁと」
「なぬ!? ま、待て、月夜!」
話は飛躍してるよね。でも、確実に殺られる。
生存本能が、再び俺をして叫ばせていたのだ。
ちなみに朝から随分騒がしいけど、そこは平気。
両親は今、仕事で海外に長期出張中なのである。
両親元気で留守が良い。これもボクらのお約束。
いや、いきなり何思い浮かべてんだ。
ん? ああ、もちろん母さんは若々しいぞ。
高1の妹と並んでも、姉妹と思われるほどにな。
「更にもちろん、月夜に良く似て超絶美人!」
「……そう。また、冗談にしちゃうんだ」
共犯者Xへ向け、親指を立ててた俺。
月夜の呟きにぎょっとした。
声が震えてる。
演技じゃない。すぐ分かったから。
「おにいちゃん、いっつも…いっつもちゃんと…」
月夜の頬の弧に沿って、青白い光が走った。
それくらい唐突だったんだ。
月夜が泣いて、その一滴が床に落ちたのは。
「私と向き合ってくれない…なんでなの…?」
人の心には慣性がある。
今の俺も、急な展開に戸惑って声が出ない。
「きら、い…? 私のこと、どうでもいい…?」
けどよ、兄貴! 情けねえな!
馬鹿野郎、しっかりしろ。
月夜のことが嫌い?
どうでもいいって思ってる?
冗談じゃない!
いっくら頼りない兄貴でも。
それは堂々、胸張って言えるだろう。
なら、それを直ぐに伝えなきゃ。
涙がもう一滴落ちる、その前にだ。
「月夜。誤解させちまって、本当に済まん」
自然、一世一代の真剣さが出たと思う。
自身を超えた所作で、居住まいを正していた。
そして俺は土下座したんだ。
月夜を思う以外、完全に無になって。
「俺、どうかしてたんだ。その、なんて言うか…」
うっ。
全て許されそうな空気が醸された、その矢先。
俺と月夜の間に、想定外の介入が始まった!
例の、足の間のアイツである。
俺は只今土下座中、無論両腿は密着している。
ソレは強い毛と筋肉に、みっしり挟まれ。
俄然窮屈そうに、盛んに身を捩りだしたのだ!
むぁたコイツ、こんな重大な局面で!
キモイ! だが集中。
今、今が。正念場。なんだぞ。