2.「ぶぶへん!」を読んでみる(その1)
※本章の想定レイアウトは、1行あたり約40字です。皆様の環境もそれに合わせて頂きますと、作品がより楽しめると思います。
「え? え? えーっ!?」
ただ今、朝の6時半。
雨音が強いようだが、鬱陶しく思う余裕もない。
これは夢かうつつか。
俺、小鳥遊天晴は、その判断で精一杯だからだ。
頬をつねる代わりに、俺はソレに触れてみた。
「…ふっ!?」
馴染みの快感が走った。つまり…
「コレは夢じゃない、ってことか…」
俺は戦慄した。
平凡な高2男子の俺の身に、何が起こったのか。
俺は今朝も、日課を果たそうとしただけなんだ。
つまりさ、トランクスをちょいと持ち上げてさ。
グッモーニンッ、マイ・ワイルド・サン!
今日も俺に勇気をありがとう! HAッHAーッ。
朝の景気づけって奴を、やろうとしただけなんだ。
「そこでよもや、こんなモノを目にしようとは…」
まだ信じられないが、ソレは俺の足の間にある。
何分見詰めていようが、確かにある。
「おにいちゃーん、朝だよー」
どきっ。心臓が跳ね上がった。
軽いノックの音と対照的だ。
妹が起こしに来たのだ。
これは彼女の日課だ。当人がそう言ってた。
「おっ。月夜か」
取り繕うような声が出る。まずい。落ち着け。
「ごほん。勿論起きてるぞ、我が妹よ」
「とか言って」
月夜がドアノブをガチャガチャやり始める。
「布団から出てるの首だけでしょ。お見通しよ」
「うーん。俺の首だけではないのだがなぁ」
軽く応じ始めて後悔した。いつもの癖が出た。
「こう、一つ目の竜も鎌首もたげて」
「あぁん? ちっ、やっぱ寝ぼけてやがる」
ガチャガチャが更に激しくなる。
「あっ! いや、ホント起きてるって!」
実際、俺の頭が本当に覚めたのはこの時だ。
一難去らずにまた百難。
脳の未使用領域まで覚醒するってなものである。
「ただ、ちょっと困ったことになっていてだね」
「つべこべ言わずに、さっさと起・き・ろ」
妹の声がどんどん険しくなっていく。
最初の「朝だよー」の可憐さが、嘘のようだ。
「また私まで遅刻させたいの? やめてよね」
嗚呼。俺はでっかい溜息をついた。
「妹の優しさが、今朝も身に染みるなぁ」
「…」
BEEP! キケン。チョウキケン。
「むぁて! ドアを蹴破るのは無し!!」
くすくす。妹の忍び笑いが聞こえる。
「うん。優しい間だよね、おにいちゃん。はぁと」
うっ、無駄に可愛い声色。
こうなった妹は、本気と書いて激マジである。
声が震えないように、俺は言った。
「それがその…ちょっと体の調子が変でな」
「え、病気なの? ならそう言いなさいよ、バカ」
「あっ、だから! 入ってこなくていいって!」
ガチャガチャガチャガチャ。
一層の激しさで、ドアノブが不穏に暴れ出す。
緩んだネジが1本、ぽとんと落ちた。
まずい。最悪にまずい。
俺はもう一度、トランクスを持ち上げた。
やっぱりソレはある。これはピンチである。
下手に踏み込まれて、コレに気付かれたら…
俺の人生、だん。
ばっ、どんっ!
一息で立って、ベッドの縁を力強く蹴った。
その様、尖塔の間を跳躍する大怪盗の如し。
カリオストロ式に、数歩の距離を一跨ぎした。
そしてドアに取り付く。
「ほら、起きただろう」
ノブを押さえようとして、冷や汗が噴き出した。
全然押さえ込めない。俺の握力じゃとても無理。
ならば。
ここで力を持つのはただひとつ。言葉だ。
「ね、寝込むほどじゃないんだよ」
あばば。なんて月並みな。
焦るな。もっと気の利いた言い方を…
「すぅぐに着替えていくからさ。お前は先に…」
「…月並みな」
飯食ってろ…あれっ。
俺が言い終わる前に、月夜は低く呟いていた。
BEEP! BEEP!
俺の生存本能が、最高レベルで危急を告げる。
咄嗟に後ろへ飛び退いた。ほぼ同時に。
ばこぉぉぉぉぉぉん!!
堅牢な木製ドアが、木っ端微塵に吹き飛んだ!
「ひーっ」
俺は腕や足で急所を庇った。
まるで機銃掃射、びしびし破片が当たる。
一応断っておくが、月夜はごく普通の女の子だ。
別に武道の達人でもなければ、怪力娘でもない。
けれどドアは、こうしてあっけなく破壊される。
今朝に限った話じゃないぞ。
既にもう、何枚も破壊されてるんだ。
ところがまぁ、これが別に変でも何でもない話。
全て妹を持つ「兄」は、こういう目に遭うもの。
いやぁ、社会的背景からは自由になれませんや。
…ん? なに言ってんだ、俺。
「さあ、なにを企んでるの! バカ兄…きっ!?」
おや?
床板も踏み抜きそうな勢いの月夜だったのに。
一歩を重く鳴らした途端、その目を見開いた。
ああ、いつ見ても神秘的なオッドアイだなぁ。
でもなんだか、今はいつもと様子が違う。
なんかこう、近寄り難さが消えてるって言うか…