他種族との出会い
ギルドの中に入ればあの嫌な視線が来ることはなくなっていた。
代わりにまたかという呆れる目を向けられていた。
何故だ。
ここまで早く帰る人は少ないのか、シーカーはあまりいなかった。
いるやつは総じてそういった目線を投げかけてきているが。
何故だ。
「ただいまリザさん。包蜜花取ってきたよ!」
茜がそう言うとリザに包蜜花を入れた袋を渡す。
「はい……完全に詰まっているものが1…2………10個ですね。そちらは……ゴブリンとボイスモンキーですね」
「あ?あぁ、こいつゴブリンって言うのか」
覚えておこう。
「あぁー。確かに言われるとそんな感じかも」
茜はゴブリンと聞くと何やら納得したように頷いた。
「なんだ、茜知ってんのか?だったら知らせろよ」
「いや、実物見たことないし……そういえば剛毅ってゲームとかそういうの全くやんないもんね」
「お?おぉ、そうだな。それで幾らになるんだこれ?」
「成体のサイズですね…ボイスモンキー2匹でワルティール銅貨120枚、ゴブリンは1匹でワルティール銀貨1枚になります」
「そういえば銀貨はどのくらいの価値なんだ?」
1枚と言われてもどれくらいか全くわからない。
「銀貨は銅貨100枚の価値がありますよ」
「あ、それならボイスモンキーのお金を銀貨1枚と銅貨20枚にってできる?」
「可能ですよ。そのようにしますね」
「お願いしまーす」
奥から来た他の従業員がゴブリンや包蜜花なんかを持っていき、少ししてワルティール銀貨3枚とワルティール銅貨20枚を乗せたトレイを持ってきた。
「お待たせしました。ご確認ください」
「うん、多分全部揃ってるでしょ。ありがと!」
「いえいえ」
「あ、これから装備とか見て回りたいんだけど、何かいい場所ないかな?」
茜がリザにそう切り出す。
リザは少しの間思案し、あっと声を上げた。
「それなら東通りのダイガンさんの鍛冶屋がいいですよ。あそこはいい武器や鎧が安めで売ってますから。それと服ならその向かいのミーンさんのお店がいいと思います。ダイガンさんのお店は鎚、ミーンさんのお店は服と針が看板に描かれていますよ」
「なるほど。わかった!行ってみるね!」
早速行こうと茜は剛毅の腕を取って東通に走り出した。
「ほら!早くっ!」
「っっっ!引っ張んな!伸びんだろうが!何そんなに急いでんだよ!」
止めても言っても止めやしねぇ。
痛みを必死に我慢して声を出す。
伸びないように歩幅を合わせて引きずられるがままついていく。
質問には茜は至って簡潔に答えた。
「服!」
「あぁ、そう」
そりゃ仕方ない。
昨日も服を買いに行くだのなんだの言っていたしな。
こうなった茜には何を言っても止まらない。
自分自身の体験談だ。
また東通りに入り、周りの人を避けながら看板を探す。
「服と針服と針……あった!入るよ!」
「だから引っ張んな!」
扉を開ければ周りの壁に服を幾つも掛けたいかにも服屋といった感じの部屋が見える。
地面も右手に見えるカウンターも全て木製でカウンターの向かいには赤い長髪の女性がこっくりこっくりと船を漕いでいた。
「こんにちはー。今やってます?」
「え?……あぁ、はいはい!やってますよ!」
茜に呼びかけられすぐさま目を覚ました。
「ミーンさんですよね?シーカーギルドでおすすめされてきたんですけど。あ、私は茜って言います。
こっちは剛毅」
「そうそう、私がミーンで間違いないよ。あ、なるほどね。ってことは初心者さんか。いやぁ、この時間あんまり人来ないからうたた寝してたよ、あははは。シーカーってのは大体朝に出かけて夜に帰ってくるからね」
「なるほど……それで」
「今日は早く終わった感じなのかな?」
「そうなんです。それで服が今来ている服しかなくて……それで依頼が終わってすぐ来たんです」
「そりゃ可哀想に、よっし!それじゃあ私がいいのを選んでやる!好みの色とかあるかい?」
そう言うとミーンは腕まくりをしてカウンター席から立った。
従業員とはいないのか。
あたりをキョロキョロしているとミーンと目があった。
「ゴウキが前衛でアカネが欺術師か、ゴウキ、鎧は革鎧?それとも金属?」
「いや、着てない」
「は?」
素直に答えると疑問で返された。
「だから、着てねぇって」
「あぁーあぁー。なるほどね。採取系の依頼しか受けてないからまだ鎧も買っていないと、そんな感じ?」
「まぁ、そうだな。ゴブリンやウルフは倒したけどよ」
そう言うとミーンは口をポカンと開けた。
「どうやって?」
「拳で」
「はぁー……ゴウキがとんでもないやつだってことはわかったよ。鎧も着ずに拳でゴブリンと戦うなんてね。欺術の扱いが上手い近接とか?」
「いや、欺術は使えん」
「……とりあえず服選ぶことにする。今年で一番呆れた気がするよ」
「あ、僕は黒とか灰色がいいかな!」
「俺は何色でもいい」
「わかった。オススメなのは……ここら辺。ここからここまでが鎧の下に着ても蒸れにくいやつ、ここからここまではマント。野宿するときは重宝するよ。二つ合わせてワルティール銅貨で30枚」
「安……いのかな?」
「普段着よりは少し高いよ。それでも結構安い値段にしてると自負してるよ」
「普段着はいくら?」
「一着銅貨10枚」
「2つください。あとズボンと下着も」
「ズボンも下着も銅貨10枚だよ。合わせて60、マント単体で買うなら銅貨15枚だよ」
「それも追加で!」
「俺はさっきのセットと下一つ、下着一つでいい」
「それじゃあ二人合わせて銅貨125枚だね。手持ちはあるかい?」
「はい、どうぞ」
そう言って茜がバッグから銀貨1枚と銅貨25枚を取り出す。
そこでミーンから驚愕の声が上がった。
「それ!そのバッグ!ちょっと見せてくれない!?」
「え?あ、はい。どうぞ」
突然の大声にびっくりしながら茜がバッグを渡すとミーンはあらゆる角度からバッグを見始めた。
「……なんて正確な……それにこれは、磁石?なるほど。これで中のものが出ないように…‥」
「ミーンさん?」
茜が声をかけるとミーンがハッとしてこちらを向いた。
「あはは、ごめんごめん。丁寧な作りだったからつい……ね。アカネ、これを一体どこで?」
「日本で買ったやつですけど……」
「日本……聞いたことない…ドワーフみたいに随分と細かい作業が得意なんだろうねぇ。それに磁石を使うという発想。とてもじゃないけど思いつかないよ」
「あはは、背は低いですけどドワーフほどじゃないですよ」
「ドワーフ?」
んだそりゃ。
「剛毅、ドワーフも知らないの?」
「本物を見たいなら向かいの鍛冶屋にいくといいよ……それにしてもいい出来だ……アカネ。無理を承知で相談したいんだけど。これ、売ってくれないかな?頼むよ!こんないい出来のバッグ見たことないんだ!」
「いいけど……いくらで?」
いいのかと目配せするが茜はミーンを見つめたままだ。
「うーん……材質もわかんない……ワルティール金貨で……10枚!」
「……金貨ってどれくらいの価値があるんだ………?」
「銀貨100枚分じゃないかな?そうですよね?」
「それで合ってる。金貨10枚って言ったら下位のドラゴンの革で作る鎧くらいするよ!」
「………そりゃ大金だな」
多分、大金なんだろうな。
「……分かりました。売ります。あとこのバッグの代わりのバックと小物を入れる袋をいくつかおまけし
てください!」
「それくらいだったら大歓迎だよ!ありがとう!アカネ!」
「どういたしまして!」
それじゃあ早速着替えたいんですけどと茜が言うと試着室へ通された。
せっかくなので俺も着替えることにする。
熱を持ち始めた腕で四苦八苦しながら着替える。
「うん。なんか現地の人っぽくなったね」
「そうだな。ゴワゴワするぜ……」
銅貨10枚ならこれくらいなんだろうか。
「うん。二人共似合ってるよ!」
「ありがとうございます!このあとはダイガンさんのお店に行ってるよ!」
「うん。それがいいよ。武器を持つともっと楽に倒せると思うからね!」
ミーンへの挨拶もほどほどに扉を開けて外に出た。
最後に服も買いたいとミーンが言っていたが茜が丁重に断っていた。
通りの反対側には確かに鎚の看板がかかっていた。
扉を開ければ熱気がゆるりと体を撫でていく。
奥からは何か硬いものを叩く音が聞こえる。
工房か何かとつながっているのか。
正面にはカウンターが部屋を2つに分けるように置かれており、男が奥に立っていた。
奥から音がするということは受付だろうか。
「いらっしゃい。何をお求めで?」
「シーカーギルドに入ったので武器を買おうと思って来ました」
「ふむ、それじゃあちょっとお待ちを。親方ー!新人が来ましたよ!」
少しして何かを叩く音が消え、奥から身長にして1.2mくらいの厳つい男が現れた。
親方と言われるくらいだし、多分こいつがダイガンなのだろう。
「お前らが新人か……?」
「は、はい。僕が茜で、彼が剛毅です」
紹介には答えないで、ちっこいオッサンは俺のことをじっと上から下まで睨めつける。
喧嘩売ってんのかと、啖呵を切ろうとしたら茜に服を引っ張られる。
「……んだよ」
「喧嘩売っちゃダメだよ」
「……売らねぇよ」
売られたら買うけどよ。
「……なるほど、いい体つきをしている。欺術を使わんでも大剣を振り回せるやもしれんほどの膂力……だが戦い方は拳闘士のそれ……か、ガントレットを見繕ってやる、着いてこい。サミは店番続けてろ」
「あ、はい」
なんかブツブツ言ったと思ったら奥へ歩いて行った。
「ほら、剛毅、追わなきゃ。僕も着いてく」
「お、おう」
オッサンの後を追いかけると、そこは工房だった。
熱が頬を舐めて後ろに流れていくのが分かる。
「これを着けてみろ」
そんな中渡されたのは一対の手甲と甲掛だ。
手袋まで一式になっており、手の甲の部分にはいくつかに分けて金属が貼り付けてある。
甲掛の方も同じような作りだ。
「革はオーガを使い、金属部分にはグラヴィテ鉱石とシャルフ鉱石の合金を使った。シャルフ鉱石は少なめにしてある、多少は重い筈だ」
確かに、重量はあるが攻撃なんかに支障が出るレベルではない。
軽く振ってみれば、ずれる気配もないし、使いやすい。
まだ腕にビリビリと痛みが走るが、耐えられないほどじゃなかった。
足の方もいい感じだな
「いい作りだな」
「当然だ。買うならワルティール銀貨で30枚だ。手入れ用の油と布も付けてやる」
「買った」
「(ドワーフよりも口数が少ないよ剛毅……)」
茜を一瞥するとバッグから金貨を一枚取り出した。
ダイガンは金貨を受け取ると奥の金庫から袋を持ってきた。
「ワルティール銀貨で70枚入っている。確認してくれ」
チラッを中を見れば、うん、多分はいってるんじゃねぇの?
「おう、しまっといてくれ」
茜に渡すと袋ごとバッグの中に仕舞った。
「ちょっと重くなってきたんだけど、剛毅、持たない?僕が筋肉痛になってもお得なことは何もないと思うけど。というか昨日、今日のウォーキングで既に結構辛かったり」
右肩、左肩とバッグをかける肩を入れ替えて茜が告げてくる。
非力過ぎんだろ
「しょうがねぇなぁ」
バッグをひょいと掴む。
まぁ、数キロはするか、ずっと歩いて茜にはキツイだろう。
「そっちのは……まるで戦う身体ではないな」
ダイガンが茜の方を見るとそう告げる。
「まぁ、非力だよな。体力はあるけど」
「そりゃ、何キロもするものを担いで何時間も歩くような生活してなかったもん。ダイガンさん。僕でも使える武器はないかな?」
「ないな。採取用のナイフくらいなら置いてあるが」
「そっか……それじゃあしょうがないね。僕の欺術が使い物になることを祈るばかりだよ」