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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
本編
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08話

 授業が終わると久しぶりの部活動。

 桃華さんと三文棟にある部室へ向かう。

「今日はどのお着物を着ようかしらね」

 そんな話が話題となる。

 着物は季節の先取りをするものだから、今が五月だと初夏や夏の風物詩を取り入れるのが一般的だ。着物の生地もひとえから絽生地といった風通しの良い生地へと変わる。

「紫陽花の柄や花菖蒲、桔梗なんてどうかな?」

 桃華さんに提案すると、

「そうね。浴衣にも多い柄ね」

 茶道の場合、通常は着物を着るものだけど、さすがに高校ということもあり、夏の暑い季節には浴衣を着ることもあるそう。ゆえに、半幅帯の品揃えも豊富だという。

 部室に着くと、すでに玲子先輩が来ていた。

「今日はどうしましょうね」

 玲子先輩も着るものを悩んでいるよう。

 それもそのはず。五月末ともなれば、かなり暑いからだ。

「季節先取りも含めて浴衣にしちゃいましょうか」

 玲子先輩の言葉に桃華さんと私は頷いた。

 浴衣の入った引き出しを開けると、中からたとう紙を五枚取り出す。

 広げられた浴衣は紺地に桔梗、紺地に花菖蒲、白地に彼岸花、残りの二枚は薄い桃色とグリーン地の小紋だった。

 私が目を引かれたのは白地に彼岸花の着物。白い生地に、まるで花火が上がったかのような真っ赤な花が咲いている。

 玲子先輩が手を伸ばしたのは桔梗の浴衣。桃華さんが手にしたのは紺地の花菖蒲。

「翠葉はどれが着たい?」

 訊かれて、つい指差してしまう。

「御園生さんに似合うと思うわ。それでは、各自小物の選定をしたら着替えましょう」

 玲子先輩の号令で、四方に置いてある箪笥から小物を取り出す。

 私は帯に彼岸花と同じ色をした兵児帯を用意した。半襟は淡いピンクにして、なんちゃって帯揚げも同じような薄いピンクのものをチョイスした。帯締めも薄いピンク。浴衣の模様と兵児帯の色が赤くてかわいいから、それを引き立てたくて、洋服のような色選びにした。

 この部は格式や作法も習うけれど、遊びの要素を取り入れることも忘れない。

 外部講師である藤宮柊子ふじみやしゅうこ先生が、「楽しむことが大切」と仰る方なので、そのあたりはかなり自由奔放。

 柊子先生は、「日本の伝統文化を楽しんで身につけ、無理なく続け後世に伝えて欲しい」と言う。

 格式や決まりごとに縛り付けるだけではなく、それを知ったうえでならどんな味付けをしてもかまわない、という柔軟な姿勢で取り組んでくださる。

 その自由な中で唯一許されないのは金属を身に着けること。

 最近は帯締めにチェーンが使われていたり、金属が付いたものも数多く出回っている。そういうものは器を傷つける恐れがあるので絶対に身に着けないように、と最初の活動で注意された。

 一方、華道部を教えている先生は格式を重んじる先生なのだとか……。

 きっと、浴衣を着物のように着付ける今日のような着方は許されないだろう。

 因みに、華道部の外部講師は玲子先輩と桃華さんの伯母様に当たる方がいらしているそう。

 着付けが終わると、桃華さんと玲子先輩の仕上がりは少し似た感じだった。

 お花自体がふたつとも紫だし、もとの浴衣が紺地ということもあるのかもしれない。

 桃華さんの帯がオフホワイトなのに対し、玲子先輩の帯は白から紫へとグラデーションがかったものだった。

 桃華さんの帯揚げは渋いグリーンのグラデーションで帯締めは抹茶色。

 玲子先輩は帯揚げに薄いクリーム色を持ってきていて、帯締めは濃いからし色。

 似ていると思ったのは一瞬で、よくよく見ると手にした色物は異なっていた。

「翠葉の兵児帯、かわいいわね」

「……実は、兵児帯を締めるのは苦手なの。でも、この柔らかい生地や華やかさが好きで……」

 今日使った兵児帯はオーガンジーのような素材で少しキラキラしている。

「支度も済んだし、そろそろ桜香庵へ向かいましょう」

 玲子先輩に促されて部室を出る。

 着物で移動すると必ず校内の視線を集めてしまう。だから、今日はあまり人気のない桜林館裏側のテラスを通って図書棟の脇まで出てきた。

 それでも部室棟へつながる階段を下りる必要があるため、表のテラスへ出てきた時点で人目を避けることはできなかった。

 人の視線にはやっぱり慣れない。どんな目で見られているのか、と考えるだけでも怖くなる。

 それでも、玲子先輩と桃華さんが気遣ってくれ、玲子先輩、私、桃華さんの順に一列に並んで歩いている。

「翠葉、背筋を伸ばしなさい」

 後ろから桃華さんに注意され、意識して背筋を伸ばす。と、

「茶道部三姉妹!」

 聞き覚えのあるその声は加納先輩のものだった。

「あら、久だわ」

 玲子先輩が左手の図書棟に視線を移す。

 その視線をたどると、確かに加納先輩がいた。ほかに、荒川先輩や司先輩、里見先輩や春日先輩も。

 今は校内展示の投票を集計するのに忙しい時期だろう。

「翠葉ー!」

 荒川先輩に手をブンブン振られた。さすがに着物で大きく手を振ることはできないので、小さく会釈をして答えるのみ。

 そのまま歩みを進めて桜香庵に着くとほっとした。

「まぁ、皆さん。季節を意識されていていいですね」

 茶室で待っていた先生に迎え入れられる。

 庵に入れば先生に着付けをチェックされるのがいつものこと。

 桃華さんと玲子先輩は手直しなし。直す場所がないくらい完璧に着付けているのだ。

 やっぱり毎日着物を着ている人は違う。私はというと、

「兵児帯はね、少しきつく締めるくらいがちょうどいいのよ」

 先生に教えてもらい、帯締めと帯をその場で締め直すことになった。

「うん、良くなったわ」

 一通りチェックが済むと茶道の心得から始まる。

 この日は濃茶の飲み方を教わった。

 濃茶は上品なお茶を緩く練ったもので、一碗の茶を三人から五人くらいで飲み回す。亭主の方から、「何人様で召し上がってください」と指定があるのが普通らしく、連客を考えながら三口半ほどずつ飲むのだそう。

 茶道部に入るまでは、薄茶、濃茶があることは知らなかった。知っていたことといえば、飲むときに器を回すことくらい。それは、絵柄を正面に渡されるので、絵柄をずらして飲む、というもの。また、器をお返しする際には絵柄を正面に戻してお返しする。

 その程度のことしか知らなかったため、本当に奥が深いものだな、とこの時間を過ごすことになる。

 一時間ほど茶室で過ごし、あとはお道具を片付けて桜香庵をあとにする。


 桜香苑の小路を歩き校舎に向かう途中、人に呼び止められた。

「御園生翠葉さん」

 フルネームで呼ばれて少々面食らいつつ声の主を振り返る。

「はい……。どちら様ですか?」

 全く見覚えのない人だ。たぶん、話したこともないと思う。

「少し時間もらえる?」

 ジャージのラインがえんじ――つまり私と同学年。

「このあと友達と予定があるので……」

 このあとは、桃華さんと食堂に写真を見に行くことになっていた。

「少しでいいから」

 と短髪の男子に言われ、桃華さんと玲子先輩に視線を向けると、

「少し先で待ってるわ」

 と、その場にひとりにされた。

「俺、一年C組、バスケ部の漣千里さざなみせんり。さんずいに連なるって書いてさざなみ。千の里でせんり」

 いかにも体育会系といった感じの人。

 それにしても、今まで出会ったことのない名前だ。明日まで覚えていたら奇跡だと思う。

「あの、自分と付き合ってもらえませんか?」

「どこに……? あの、友達と先輩にお待ちいただいているので、本当にあまり時間は取れないんです」

「……いや、そうじゃなくて……。自分と付き合ってほしいんだけど」

 珍しい名前とか考えている場合ではなかったようだ。

 これはどこかへ行くことに付き合う、という意味ではなく、昨日秋斗さんが教えてくれた用途なのだろうか……。

 聞き間違いでなければ、「自分と付き合ってくれ」と言われた気がする。

「それは、どこかへ……とかそういうことではなくて、ですか?」

 くどいようだけれども、確認だけはしたほうがいい気がして尋ねてみると、

「違うけど……。えぇと、それは素?」

「す……ですか?」

 目の前の男子は頭をわしわしと二回ほど掻いた。

「御園生さんって、かなり天然だったりする?」

 天然……?

「……えぇと、人から生まれているので人工、でしょうか……」

「くっ、なんだそれ! 御園生さんって見かけとちょっと違うのな?」

 見かけと違うと言われても、それは本人にはわからない話ではないだろうか……。

 対応に困って首を傾げてしまう。

「俺、入学式で一目惚れしたんだ。だから、付き合ってほしい」

 今度はきちんと用件が伝わった。わかったうえで、「ごめんなさい」と謝る。

「それは好きな人がいるから?」

 すぐに質問されて、なんて答えようか考えてしまう。

「好きな人がいるからではなくて、今自分が抱えていることで手一杯だから……。これ以上抱えられそうにないんです」

 真面目に答えたつもりだった。けれど、「え?」と訊き返されてしまう。

 もっとわかりやすく話せないものか、とは思ったものの、ちょっと無理そうだった。

「ごめんなさい。許容量オーバーでこれ以上の説明ができそうになくて……」

「……なんかよくわからないけど、ま、いいや。ね、今度校内で見かけたら声かけてもいい?」

 ずいぶんと切り替えの早い人だった。

「それは大丈夫です」

「じゃ、これからがんばって御園生さんの視界に入れるようにがんばるからっ! 時間取って悪かった」

 その人は大きなスライドで走っていった。

「……最近よく置き去りにされる気がする」

 ひとり言を言いながら大きな背を見送った。


 桃華さんたちのもとへ戻ると桃華さんに笑われた。

「ずいぶんあけっぴろげな告白だったわね。まぁ、千里らしいわ」

「あら、私は御園生さんの受け答えのほうが興味深かったわ」

「はぁ……昨日も今みたいなことが三回あって、私、どれも間違った対応してたみたいで……。少し反省中なんです」

 詳しく話したわけではないのに、

「翠葉のことだから、さっきみたいに『どこに?』って訊いたんじゃないの?」

 桃華さんがクスクスと笑う。

「それ、ぜひとも聞きたいわ」

 玲子先輩が完全にこちらを振り返って足を止めた。

「そんな大した話ではないんですけど……。体育教官室から出てきたときに声をかけられて、案の定『付き合ってください』っていわれたんですけど、私、そのときとても急いでいて、近くにいた春日先輩に丸投げしちゃったんです」

 思い出すと苦い笑みしか出てこない。

 次に春日先輩と会ったら何を言われるだろう……。少し覚悟しておかなくてはいけない気がする。

「御園生さんって本当に面白いわっ! 久が気に入るのもわかる気がする」

 玲子先輩がお腹を抱えて笑い出す。

 あ、れ……? なんだか普段の印象と異なる。

 首を傾げていると、

「こっちが素よ」

 と、桃華さんが教えてくれた。

「加納も簾条も、いたるところに人の目があるから、小さい頃から楚々として行動することを躾けられているの。けれど、やっぱり持って生まれた性格というものはあるのよ。久なんてひとつも繕わないのに何も言われないのだから、ずるいと思わない?」

 玲子先輩が少し拗ねて見せた。

 私には想像もできない世界だけれど、私と親しくしてくれる友達や先輩の中には、「お家柄」というしがらみの中に生きている人もいるのだろう。

 なんだか大変そう……。

 私にはそんなふうに思うことくらいしかできなくて、その「大変なこと」のひとつひとつを想像することはできなかった。

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