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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
本編
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07話

 家の前に着くと、玄関から蒼兄が出てきた。

 私がシートベルトを外すと、秋斗さんも車のエンジンを切って車を降りる。

「蒼樹、悪い。ちょっとしたトラブルがあって翠葉ちゃんを巻き込むことになった」

「何を言って……」

「一族の厄介なお嬢さんに目をつけられた可能性がある。その件に関しては静さんが動いてくれるようだから厳戒態勢は二週間くらいなものなんだけど。一応、この家のセキュリティレベルを上げさせてほしい」

「かまいませんが……」

 蒼兄が先に立ち家の中へと入る。

 蒼兄は三階の書庫から家の設計図関連のファイルを持って下りてきた。

 私がお茶を出すと、

「もう遅いから、翠葉は先にお風呂に入っておいで」

「うん……。じゃぁ、そうするね」

 自室に戻りお風呂の支度をする際、ベッド脇に置いてある時計を見ると十時前だった。

「半身浴はやめよう……」


 お風呂から上がると、リビングの掛け時計は十時四十分を指していた。

 リビングにふたりの姿はないものの、二階から声が聞こえてくるあたり、秋斗さんはまだいるのだろう。

 コーヒーを淹れて持っていこうかな……。

 コーヒーメーカーをセットして一度自室に戻った。

 明日の用意を済ませてからリビングに出てくると、コーヒーのいい香りがしていた。

 キッチンでコーヒーをカップに注いでいると、二階からふたりが下りてきた。

「粗方終わったから、僕はこれで帰るね」

「あ、今コーヒーを淹れたので飲んでいきませんか?」

 すでに、手元のカップふたつには淹れたてのコーヒーが注がれている。

「じゃぁ、いただいてから帰ろうかな」

 キッチンカウンターの向こうには微笑む秋斗さんがいた。

 蒼兄がカウンターからソーサーごと引き受けてくれ、それを秋斗さんが受け取る。と、

「これも朗元の作品?」

 言いながらカップをまじまじと見る。

 それは緑と灰色が混ざったようなくすんだ色の焼き物。手触りはザラザラとした質感なのだけど、手にほどよく馴染むカップ。受け皿となるソーサーは丸ではなく四角。

そんなところもお洒落で好き。

「この人の作品は俺も好きなんです」

 蒼兄も自分が持っているカップを見ながら目尻を下げた。

 蒼兄が持っているのは紫色っぽい焼き物。こちらは表面がつるりとしていて、ソーサーの形はほぼ円形。どことなく歪んだような不器用な円が私のお気に入りだった。

「へぇ……じっくり見ると、意外と奥行き深いものなんだな」

 秋斗さんは言いながらじっくりとカップを口へ運んだ。飲み終わると、

「今度、仕事部屋のカップに加えようかな?」

 思えば、あの部屋にある食器はどれをとっても白かった。

 あれは秋斗さんの好みなのだろうか。

「秋斗さんは白い食器が好きなんですか?」

「そうだね。ボーンチャイナが好きかな。手触りもそうだけど、何よりも白い食器って一番料理が映える気がして」

「私もそう思います。だから、うちにある食器も基本的には白です」

 秋斗さんは首を傾げた。

「それは意外。碧さんが選んだら白っていう色だけに留まらなさそうだけど?」

 携帯の設定の件で一度顔を合わせただけだと思うのだけど、その割にはお母さんのことをよくわかっている。

「秋斗さんの言うとおりです。一緒に買い物に行くと、たいてい意見が割れます」

「母のセンスの良さは認めるけど、食器に関してはちょっと奇抜すぎて……。煮物とかが似合わない食器になっちゃうので、そこは断固反対してます。だから、うちの食器は基本翠葉が選んだものですよ」

 蒼兄がため息をつくと秋斗さんと私が笑う。気づけば三人とも笑っていた。

 こういうのがいいな……。

 肩に力が入ってなくて普通に笑えて、一緒にいる空間が心地いい。自分が素でいられる。素の自分を受け入れてくれる人なら一緒にいたいと思える。

 でも、それは「恋」なのかな……? 単なる「安心感」なのかな……。

「恋」はどこから始まるものなんだろう。始まるものなら、終わりも来るのだろうか……。

 友達ですら失うのが怖いと思う。同じくらい大切な人たちであっても、「好きな人」というのはもっと特別な気がして、それを失うときのことを考えると恐ろしくて仕方がない。

 好きな人ができると、「明日」という未来が楽しみに思えるようになるのだろうか。それとも、その先にある恐怖に怯えることになるのだろうか。

 今までは憧れしか抱かなかったけれど、「意外とドロドロした世界かもよ」と言った秋斗さんの言葉も強ち嘘ではないのかもしれない。

 できれば、キラキラとした日々に待っていてほしいと思う。けれども、光あるところには影があるものだ。それを痛いくらいに知っている私は、どうしても影の存在が気になってしまう。

「難しい顔してどうした?」

 蒼兄に訊かれて、小さく口を開く。

「どうして光があるところには影もあるのかな」

「それはさ、影があったほうが光が映えるし、光があったほうが影が引き立つからじゃない?」

 秋斗さんがサクリと答えてくれた。

「何を思ってそんなこと考えた?」

 蒼兄に訊かれて、

「なんとなく、かな」

「あまり難しいこと考えてると、また知恵熱出すぞ?」

 それは嫌……。

 眉間にしわが寄ったのか、蒼兄の指が眉間に伸びてくる。

「じゃ、僕はそろそろ帰るよ。翠葉ちゃん、コーヒーご馳走様でした」

「あ、いえ……」

 見送りに行こうとしたら、と蒼兄に遮られた。

「翠葉はまだ髪も乾かしてないからダメ」

「そうだね。翠葉ちゃんが風邪をひくことは誰も望んでないよ」

 ポン、と秋斗さんの手が頭に乗り、

「早く髪の毛を乾かして寝るように」

 リビングからふたりを見送り、私は自室でドライヤーをかけることにした。

 温風を受けながら今日のことを思い出す。

 今日は色んなことがあった。どうも高校に入ってからというものの、非日常的なことが多い気がする。そのうえ、とんでもなく人に恵まれていて少し怖い。

 今日は「仕事」という言葉をたくさん耳にし、様々な人の仕事ぶりを目にすることができた。

 私の写真――それは静さんと契約を交わしたときから「仕事」になっていたのだ。しかし、まだそれを実感できずにいる。

 それでも、私の気持ちは関係なく物事が動き出しているのを感じていた。

 ……私が自分の写真を「仕事」として捉えることができる日はくるのだろうか。

 髪を乾かし終わっても、お布団の中で延々と考えていた。でも、なんの答えも出ないうちに眠りに落ちていた。



 * * *



 翌朝は栞さんに起こされた。

 どうやら、目覚まし時計を掛け忘れたうえに、基礎体温計のアラームでも起きなかったらしい。

「すごく疲れていたのね」

 栞さんに笑われてしまう。

 基礎体温を計り終えると、すぐに学校へ行く支度を始める。

 バングルをはめてから、朝に血圧を測る時間を割かなくてよくなったため、少しの余裕ができた。……とはいえ、すでに七時前。

 急いで洗面を済ませ、制服を着てリビングへ出る。

 髪の毛には少し寝癖がついていたけれど、どうやっても直す時間はなさそう。最悪、車の中で結んでしまおうと思っていた。すると、朝食を食べている私の後ろに栞さんが立ち、髪の毛を梳き始める。

「あまり頭動かさないでね」

 難しいオーダーをされ、極力動かさないようにご飯を食べる。

 数分して「はい、できた!」と声をかけられた。

 ツインテールにされるところまでは動作を追えていたけれど、その先何をされたのかが定かではない。

 栞さんがファンデーションのコンパクトを出して見せてくれた。

 鏡には、頭の両サイドにふたつお団子ができていた。

 巻きつけるのには長すぎたのか、毛先二十センチほどは垂れている状態。

「栞さん、器用……。もしかして美容師さんの資格も持ってたりしますか?」

「残念ながらそれはないわ」

「翠葉、そろそろ時間」

 言われて時計を見ると七時十五分を指していた。

 いつものようにふたり揃って家を出る。

 車に乗ると、蒼兄からピリピリとした感じが伝わってきた。

 普段穏やかな人なだけに珍しい。

「蒼兄、どうかしたの?」

 赤信号で話しかけると、

「翠葉、学校内でも誰かと一緒に行動しろよ?」

「え? たいていは飛鳥ちゃんや桃華さんと一緒だよ?」

「……ならいいけど」

 どこか不安を残した表情だ。学校に着いても昇降口までついてくる有様。

 警護がつくといわれたとき、確かに驚いたけれど、そんなに大ごとではないと思っていた。

 自宅のセキュリティレベルを少し上げるというだけで、日常はそんなに変わらないものだと思っていたのだ。けれども、蒼兄の様子から見ると少し認識を改めなくてはいけない気がする。

 実はかなり大ごとなのだろうか? もしそうなら、いったいどれくらい大ごとなのだろう……。


 上履きに履き替え二階へ上がる。

 この時間は校舎内の人影は少ない。うちのクラスにいたっては、まだ誰も来ていないはず。

 そう思ってドアを開けると、桃華さんがいた。

 桃華さんは通常、ホームルームが始まる十分ほど前に登校してくる。

 私より早くにいた、ということは八時前には登校してきていたことになる。

「桃華さん、おはよう。今日は早いのね?」

「全国模試に向けて、翠葉に数学教えてもらおうと思って」

 なるほど……。

 桃華さんの机には数学の問題集が広げてあった。

「じゃ、私も英語の過去問わからないところ教えてね」

 ふたり言葉なく問題集に取り掛かった。

 時間が経過するごとに教室の人口密度も上がる。気づけば、海斗くんと佐野くんも近くで問題を解いていた。

 挨拶を交わすと、

「今日からテストが返ってくるな」

 海斗くんの言葉に、

「そうね。九十点以下がないといいんだけど……」

 桃華さんが憂い顔で口にする。

「俺は御園生の点数が気になって仕方ないけどな」

 そう言ったのは佐野くんだった。

「……どうして?」

 不思議に思って尋ねると、

「だって、御園生はあの試験期間に未履修分野のテストも突破したんだろ? それでこっちのテストもできてるんじゃ、はっきり言って嫌みだろ?」

 あぁ、そういう意味か……。

「実はね、私、試験とは全然関係ないことを悩んだ状態で受けていたから……。実際はテストの返却がちょっと怖いの」

「関係ないことって?」

 桃華さんにひょい、と覗き込まれる。

「将来のこと、かな……」

「「「はっ!?」」」

 三人とも何を言われたのかわからないという顔をしていた。

「将来って……将来だろ? 進学のことを悩んでんの? うちの学校にいればたいていの大学は行けるだろ? それとも何? 将来の夢?」

 そんなふうに訊いてきたのは目の前に座る海斗くんだった。

「夢、というか……職業?」

「それ、将来の夢って言わない?」

 佐野くんに突っ込まれる。

 うーん……難しいな。

「みんなは何かになりたいってある?」

 三人に訊いてみると、

「俺の就職先は藤宮警備って決まってるからなぁ……。とりあえず、進路っていう意味では、経営学には興味があるから大学はそっち方面受けるけど?」

 海斗くんは明確に進路を提示した

「俺は短距離を続けることは続けるけど、ゆくゆくはトレーナーかスポーツジムでインストラクターやりたいなぁ。あとは学校の体育教師っていうのも考えてはいる。大学は教育学部かな」

 こちらも佐野くんらしい答え。

「私は政治経済に興味があるからひとまず大学はその方面かしらね。でも、社会に出て何になりたいというのはとくにないわ。どこかの企業に入って、秘書課を牛耳るのが夢ってところかしら」

 桃華さんはクスクスと笑いながら口にする。

 そこに飛鳥ちゃんが入ってきた。

「何なに? 将来の夢? 私はねー、保母さん!」

「「「リポーターじゃないの?」」」

 私以外の三人が声を揃えた。

「え? リポーター? あれはさぁ、適度に知ってる人たちが出てくる試合を面白おかしく実況中継するのが楽しいんであって、知らない人たちを見ても面白くは話せないよ」

 飛鳥ちゃんは笑って一蹴した。

「翠葉は?」

 飛鳥ちゃんに話を振られて苦笑いを返す。

「私は悩み中。自分に何ができるのかよくわからないし、選択肢に何があるのかも考えちゃう」

「バカね、選択肢なんて無限大でしょう?」

 桃華さんに言われ、

「そうそう。やる前から悩んでたって何も始まらないって」

 海斗くんにパシパシと肩を叩かれる。

 みんな前向きだなぁ……。

 そう思うと、あまりにも後ろ向きな自分を意識せざるを得なくなり、机にぺしゃんと這いつくばってしまう。

 みんな、「とりあえず」と言いつつも自分の行きたい方向がきちんと決まっていた。

 羨ましい……。目的地というか、目標物があることがとても羨ましい。

 私の向かうべきところはどこなのかな。

「五人の中で一番多趣味なのに、そんなことで悩むなんておかしいよ」

 飛鳥ちゃんに言われてみんなが頷く。

 確かに、一番多趣味なのはきっと私だろう。でも、それらが職業になり得るかと問われれば、何か違う気がした。

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