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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
本編
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04話

「じゃぁ仕事の話をしようか」

 話を始めようとしたところに騒がしく女の人が入ってきた。

 先ほどティーラウンジで会った人だった。たぶん、年の頃は二十四、五だと思う。

「そんな年端もいかない子が静様のお客様ってなんなんですかっ!? 私がいくら取り次いでほしいと申し上げてもなかなかお会いしてはくださらないのにっ。第一、ここはホテルの仕事をする場ではないでしょうっ!?」

 大声でまくし立てる人に、私はすっかり萎縮していた。

「澤村、どういうことだ?」

「申しは訳ございません――」

 静さんは仕方ない、というふうに女の人へ向き直った。

「雅嬢、先日バックヤードで君がひたすら褒めいていた写真は覚えているかい?」

「……えぇ、緑とオレンジがきれいな写真のことかしら……」

「あの写真を撮ったのは彼女だ。うちの専属カメラマンとして契約を結んだ。その彼女に非礼は許せないのだが」

「彼女が……?」

 どこか驚愕の目で見られる。

 緊迫した空気に耐えかねて澤村さんを見ると、「そのままで」というように両手をこちらに向けて目礼された。

「彼女が仕事でここにいるのはわかりました。けれども、私と会う時間をくださってもよろしいではないですかっ。それに、秋斗さんとのことだって一言くらいお口添えくださってもよろしいではないですかっ」

「……それは私に言われても困るよ。決めるのは秋斗であって私ではない」

「それでも静様はゆくゆくは会長職を統べる方だわ。こんな縁談のひとつやふたつ、お言葉さえいただければまとまりますでしょう!?」

「できるかできないか、と言われたならできるだろう。だが、当人同士のベクトルが同じ方向を向かなければうまくはいかない。そんなことは雅嬢もわかっているだろう? 秋斗のことは諦めたらどうだ? 今の秋斗と結婚したところで、君は幸せにはなれないよ」

「……でしたら静様でもよろしくてよ?」

「澤村、ワガママ姫のお帰りだ。二度とこの階には連れてくるな。業務に支障が出るようなら敷地内からつまみ出してもかまわない。手に負えなければさくさんに直接連絡を入れてもかまわない」

 澤村さんは、「かしこまりました」と短く答えた。

 静さんがもう一度雅さんに向き直ると、雅さんの表情が固まった。

「雅嬢……次に目に余る行動を耳にしたら、そのときはわかっているだろうね? 君の訪問はホテル内部をかき乱しすぎだ。そもそも、女の子からの求愛はあくまでもかわいらしくするものだ」

 こちらからは静さんの表情は見ることができない。けれど、雅さんの表情を見ればどんなに恐ろしいものかは想像ができる。

 聞こえてくる声はあくまでも穏やかだ。抑揚すら感じられる。けれども、その顔には底冷えするような笑みを浮かべているのかもしれない。

「どうして、どうしてそんなひどいことを仰るの? 雅は静様の従妹ですのに……」

 張りのある声が急にしおれた。そして、目には涙が溜まりだす。

「雅お嬢様、エレベーターへお戻りください」

 雅さんは澤村さんの言葉に、キッ、と目を吊り上げた。

「嫌よっ。第一、カメラマンだからってなんでそんな子がこの部屋に入ることを許されるのっ!? 納得がいかないわっ。ここをどこだと思っているのっ!?」

 突然的が自分に絞られ、身をビクリと震わせる。

「あの、私……」

 口を開くと、「君は黙っていて」と静さんににこやかに制された。

 そして、雅さんが部屋から出ていくまで、一言も喋ることを許されはしなかった。

 なかなか自分から退室しようとしない彼女を見かねて、

「澤村、無礼も許そう。連れ出してくれ」

 吐き捨てるような指示をすると、澤村さんが雅さんの腕を掴んで部屋を出た。


「すまないね。身内の恥を晒してしまって」

 静さんの言葉のあと、すぐにノックが聞こえ静さんが「入れ」と言うと、園田さんがカートを押して入ってきた。

「翠葉お嬢様、苺のタルトがお好きだそうですね」

 園田さんはにこりと微笑む。

 その笑顔と柔らかな声にほっとした。

 少し前まで聞いていた大声や、敵意としか取れない視線からやっと解放された気がしたのだ。

 その場の空気が変わるとは、こういうことを言うのだろうか……。

 私の大好きな苺タルトとあたたかなハーブティーが応接セットのローテーブルに並べられる。

「さ、座って」

 静さんに促され、ベージュの本皮と思える大きなソファに腰掛けた。

 座ると深く沈みこむタイプのソファにびっくりする。

 自宅のソファはどれもが硬めの座面で、身を預けるようなものではないため、なんだか慣れない。思わずソファの手前の方へと掛け直してしまう。

 すると、ティーカップからカモミールの香りが漂ってきた。

 静さんが手に持っていたのはひとつのファイル。

 表紙には三段に分けて、「Wisteria Palace Garden」「Category:Photo」「Top Secret」と書かれていた。

 最後の一文のみが赤字。

 中を見ると、一高校生が普段目にすることはない書類の数々がファイリングされていた。

 私に理解できたのは建物の所在地や飾る場所くらい。

 その中には、先日自宅で交わした契約書のコピーもあり、そのほかにも金銭の流れと思えるものや、担当するスタッフの名前、宣伝方法、宣伝をし始める時期などが詳細に綴られていた。

 お母さんが言っていた、多くのものが動く、というのはこういうことなのだろうか……。

 そのファイルの一枚に、リメラルドという記述があった。

「あの、これ……リ、メラルド? ってなんでしょう?」

「翠葉ちゃんの芸名にしようと思う」

「芸、名……?」

「翠葉ちゃんはまだ未成年だし、様々なトラブルを想定すると、君の写真を扱うときの芸名が必要になる。そこで候補に上がったのがリメラルドだ」

 ファイルには、「Re:Merald」と書かれている。少し特徴ある書き方。

「この名前の由来があるのでしょうか?」

 静さんはメモ用紙にボールペンを走らせた。

「『Re:Merald』でリメラルド。『Re』はリピートから取ったもの。後ろはエメラルドをかけてある。正式名称は『Re:Merald eyes』。翠葉の目でもう一度、という意味だ。どうかな?」

「なんだか……すごい、ですね?」

「まるで他人事のようだね」

「……自分の身の上に起こっていることとはにわかに信じがたいのは事実です」

「でも、現実だよ。君はうちのトップシークレットだからね」

「トップシークレット……」

 口にしてみても、やっぱり実感は湧かない。

「ウィステリアパレスガーデンを建設する際に、コンペをしたのは建築部門やインテリア部門だけではない。絵画や写真、ほかの部門も幅広く募集をかけた。だが、写真部門だけは起用できるものがなかった。仕方なく過去に起用したカメラマンにオーダーをかけてもみたんだが納得できず」

 そう言って十数枚の写真を引き出しから出して見せてくれた。

 その中には私の写真も含まれていた。

「結果はこのとおり。碧が持ってきた一枚の写真を見て私は君に決めた。今は誰が起用されたのかリークしようとしている記者がいるし、業界の人間も過敏になっている」

 実感が湧くどころかもっと遠のいた気がする。

 そもそも、そんなすごいコンペをニ部門勝ち取ったうちの両親はやっぱりすごい人たちなのだろうか。

 あれ? ……違う、そこじゃない?

 そんなすごいものに自分が選ばれたことを今知ったわけで……。え――?

「静さん……」

「今さら断るのはなしだからね?」

 先手を打たれて言葉に詰まる。

「何にせよ、翠葉ちゃんはまだ高校生だ。存在が表に出ないよう最善の注意を払うつもりだ」

 それはつまり記事にされないように、ということなのだろうか。

 普段ゴシップ記事などは読まないし、テレビもほとんど見ない。そんな私は静さんの話を聞けば聞くほどに現実から遠のいていく気がした。

「今後の打ち合わせをどうしようか考えているところだ。君は制服を着ている子だからね。本当は私のマンションで行うか御園生家を訪ねる予定でいたんだが、スケジュールの都合がつかなくなってしまった」

「それでしたら、今度から私服に着替えて来ましょうか?」

「それなら、園田に言ってマリアージュに何点か君のドレスを用意させておこう」

「いえ、あの……そこまでしていただかなくても……」

「だって、君はここをなかなか使ってはくれないだろう? こっちがこれくらい強引に呼びつけでもしないと、せっかく発行したフリーパスの意味もない。だから、これからも打ち合わせだなんだと呼び出しては美味しいものを食べていってもらうことにするよ」

 にこりと笑われて、半ば諦める。

 藤宮の人はどうしてか、みんなこういうときに笑顔を使う。

 そもそも、私は高校生です……。普通、高校生ってホテルのラウンジでケーキとか食べないでしょう?

 できればそのあたりの見解を改めてほしいです……。

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