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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
34/35

18~23 Side Akito 04話

 部屋を出てすぐのとこにある籐椅子に腰掛ける。庭に視線を移せば、芝生に西日が当たってオレンジ色に発色しているように見えた。

 庭には彩り豊かな花が咲き誇っている。奥にある木はノウゼンカズラ、その隣は木蓮、そして、あの独特な木の表面は百日紅だろう。

 数分もするとドアがそっと開き、彼女は顔だけをひょっこりと出してこちらをうかがう。

 髪の毛は左サイドでひとつに結わえてあった。髪をまとめると、普段より少し大人っぽく見えなくもない。

「ごめんね。気が利かなくて」

 彼女は頭を横に振った。

「あの、栞さんは?」

 なるほど、栞ちゃんを探すためにきょろきょろしていたのか。

「僕がいるならって、少し買い出しに出てるよ。……起きていられるの?」

「……少しなら」

「ベッドの方が楽?」

 自分の背後にあるベッドを振り返り、何かを考えているようだ。ま、普通は男を寝室に入れるなんてことはそうそうないよな。

「できれば……」

 その返答にびっくりして席を立つ。

 いやいやいや、やましいことは何も考えまい。考えないように精進しよう。

 彼女はベッドへ戻ると枕元にあるリモコンを操作してベッドを起こした。

「そのベッド、電動だったんだ?」

 見かけはパイン素材でできた普通のベッドにしか見えない。これは間違いなく特注だろう。

 零樹さんがつくる家は何かしらカラクリがあることに定評がある。が、この部屋は蒼樹のデザインだから、そこまでの仕掛けはないだろう。どちらかというならば、いかに彼女が過ごしやすい部屋か、という部分に重点が置かれているような気がした。

「私も退院してきたときは全然気づかなくて、数日後になんのリモコンかと思って操作したらベッドが上下に動くし、背もたれ部分が起きるしで、びっくりしました」

「誰も教えてくれなかったの?」

「はい。びっくり箱だよって……具合がいいときに色々いじってごらんって言われただけです」

「なんとも零樹さんに碧さん、蒼樹らしいね」

「そういえば、秋斗さんお仕事は?」

 不思議そうな顔で尋ねられた。

「今日の分は終わらせてきたよ。それに、もう五時半。翠葉ちゃんは眠り姫だったね」

 今日はずいぶんと長い間彼女を見つめることができた。そんなことに幸福を感じていると、

「何時にいらしたんですか……?」

 若干恨めしそうな目で尋ねられる。

「四時半かな」

「……起こしてくれれば良かったのに」

「そんなもったいないことはできません」

「もったいない、ですか?」

「だって、普段じゃこんなに思うぞんぶん見つめられないからね。起きてる翠葉ちゃんをじっと見ていたらすぐに顔を逸らされちゃうか、テーブルに突っ伏すでしょう?」

 いつものように顔を下に向けるも、今日は髪の毛を結っている。それが幸いして――いや、彼女にしてみたら災いか。今となっては首筋まで真っ赤なのが見て取れる。

 ほんのりと赤みをさす肌理細やかな肌は、近づいたら甘い香りがしそうだ。舌を這わせたらどんな味がするのか……。

「髪の毛、結んでるのもいいね? 首筋がきれいに見えてそそられる」

 顔を上げられずにいる彼女を見てクスクスと笑っていると、背後から声がした。

「……先輩、調子に乗りすぎ。人の妹になんてこと言うんですか」

 その声に反射的に顔を上げ、「蒼兄っ!」と目を輝かせた彼女。

「あーあ……。せっかくお姫様とふたりきりだったのに。お兄様のご帰還だ」

 なんて茶化してみたけれど、本当は帰ってきたのには気づいていた。

 気づいていつつも、少し本音をもらしてしまったわけで……。

 話を逸らすために盗難チェックの報告をするも、

「それはどうも」

 蒼樹はベッドまでくると、俺と彼女の間に割り込むように腰掛けた。当然、彼女は蒼樹の陰に隠れて見えなくなる。

「蒼樹……邪魔だよ?」

 蒼樹はにこりと笑って、「邪魔してるんです」と答えた。蒼樹の後ろからクスクスと彼女の笑い声が聞こえてくる。

 蒼樹は彼女を振り返る。と、

「少しは調子がいいみたいだな」

「うん。本当についさっきまで寝ていたの。私、今日は面白いくらい何もしてないよ」

 すぐ近くで彼女が笑っているというのに、蒼樹という壁のせいで何も見えない。 そこで、俺は切り札を出すことにした。

「翠葉ちゃん、これ。簾条さんから預かってきたよ」

 蔵元から頼まれたデータを送るために一度学校へ寄った際、図書棟を出たところで簾条さんに声をかけられた。

「秋斗先生、これ今日の授業のノートなんですけど、翠葉に届けていただけますか?」

 遠慮気味に、しかし笑顔を添えることは忘れずにクリアファイルを差し出された。

 普通なら蒼樹に持っていくだろう。けれど、俺に持ってくるあたり策士の匂いがする。

「もし、秋斗先生が無理なようでしたら蒼樹さんに渡していただいてかまいませんので……。お引止めして申し訳ございませんでした」

 簾条さんは丁寧にお辞儀をして去っていった。

 彼女は蒼樹の影から顔だけを出して、俺の手にあるクリアファイルを確認しているよう。

 蒼樹も気が済んだのか、座る位置をずらした。そうしてやっと彼女が視界に入る。

 ベッドに寄りかかるようにして、こちらを向いて座っていた。クリアファイルを手にすると、ルーズリーフを取り出しそれらを眺める。パラパラとめくっていくと、小さなメモ用紙がひらりと落ちた。自分の足元に落ちたそれを拾うと、自然と文面が目に入る。



Dear. 翠葉


お見舞いにちょうどいいかと思って、

秋斗先生に持っていってもらえるか頼んでみたの。

届けてくれるのは蒼樹さんかしら?

それとも秋斗先生かしら?


From. 桃華



 くっ……何かあるとは思っていたけど、やられたな。

 彼女にそのメモ用紙を渡せば、

「ありがとうございます」

 と、メモを目にして固まる。

「翠葉ちゃんの友達って気が利くよね」

 彼女は新たに顔を赤くして下を向いた。


 話をしている最中、思い出したかのように蒼樹が彼女に問いかける。

「そういえば……翠葉、何か食べたのか?」

「……食べてない、というよりは何も飲んでない、かな」

「えっ、そうなのっ!?」

 まさか、本当に朝からずっと寝っぱなしだったのだろうか? 途中で一度も起きることなく? それ、脱水症状になるんじゃないかな……。

 医療に詳しくない俺ですらわかること。

 すぐに蒼樹が立ち上がり部屋から出ていく。きっと何かを持ってくるのだろう。彼女は蒼樹の後ろ姿をさも不安そうな顔で見つめていた。

 あのさ……目の前に俺がいるんだから少しは俺を視界に入れてくれないかな。

 いたずら心が芽生え、彼女の視界に入るように顔の位置をずらす。と、

「わっ――」

 反応は上々。

「……っていうか、目の前にいるんだからそんなに驚かなくてもいいでしょう?」

「……突然はびっくりするんですっ」

 彼女にしては珍しく声が少し大きかった。

「そっか。ごめんね?」

 謝りつつも満足をしている俺はなんだかな……。自分、こんな単純な人間だっただろうか。

 蒼樹はペットボトルふたつとグラスを手に戻ってきた。

 ペットボトルの内容はポカリスエットとミネラルウォーター。かなり不可解な組み合わせ。しかし、それを見てほっとした表情を見せたのは彼女。

 蒼樹はサイドテーブルでそれらを注ぎ出した。

「それら」とはつまり、ポカリスエットと水のふたつを、だ。

 ポカリスエット一に対してミネラルウォーターが二。

「なんで割ってるの?」

 訊くと、蒼樹が苦笑を漏らす。

「翠葉、スポーツドリンクそのままじゃ飲めないんですよ。普段なら半々くらいで飲めるんですけど、今はたぶんこのくらいに薄めないと飲んでくれない。だろ?」

 彼女は言葉は口にせず、引きつり笑いでコクリと頷いた。

「少しずつでいいから二杯は飲んでくれ」

 どうして蒼樹が遠慮気味にお願いするのかも疑問。

「本当に濃い味が苦手なんだね?」

 訊くと、彼女からは苦い笑みしか返ってこなかった。


 六時を回ると栞ちゃんが帰ってきた。

「あ、翠葉ちゃん起きてるわね? それ、ポカリスエット? きっとお水で割って飲んでるんだろうから二杯は飲んでほしいわ」

 蒼樹と同じことを口にする。

「今、二杯目を飲ませてるところです」

 彼女の代わりに蒼樹が答えると、

「ならよろしい!」

 と、部屋を出ていった。

 栞ちゃんはこれから夕飯の支度に取り掛かるのだろう。

 彼女はというと、手元のグラスに残る液体を見てため息をつく。

 そんなにも苦痛なのだろうか……。

「食べるのって結構苦痛だったりするの?」

 訊いてみると、目が合ったのにすぐに逸らされてしまった。

「秋斗さん……。無駄に心臓が動きそうなので、その手の行動は控えていただけませんか?」

「……翠葉ちゃん、それは一種告白ととってもよろしいのでしょうか?」

 そういうこと、だよね?

「あ、れ……? 今、私なんて言いましたっけ?」

「……だから、無駄に心臓が動くって……」

「それ……告白? なんの告白?」

 人に訊く、というよりは自問自答のような言葉。

「あれ? 僕を見てドキドキするのはそういう意味じゃないの?」

 ストレートに訊いてみる。

「……そっか、そうですよね。……あれ? ……私、今、口にしてはいけないことを言ってしまった気がするんですけど――どうして?」

 彼女は蒼樹を仰ぎ見た。

「いや、別に言っちゃいけないってわけじゃないと思うけど……。翠葉、カロリー足りてなくて頭回ってなさすぎ」

 蒼樹は呆れてものが言えないという顔をしていた。

「翠葉ちゃん、今のはさ、僕のことを好きって言ったも同然だよ?」

「……え、あ……わっ――」

 彼女はひどく慌てていた。そして、話を理解した途端に顔を赤く染める。

「くっ、反応遅っ」

 蒼樹は腹を抱えて笑いだしたけど、俺はさぞ嬉しそうな顔をしていただろう。彼女が顔を赤く染めるだけでも嬉しいのに、今までよりも一際赤いともなれば嬉しくないわけがない。

 彼女は飲酒させても赤くなるのだろうか。そんな想像をしながら彼女を見つめる。

「今の、記憶から削除していただけると嬉しいのですが……」

「どうして?」

「えと……私が困るから」

「……そうなの?」

「そうです。だから、聞かなかったことにしてください」

 これ、普通に話しているように聞こえるかもしれないけれど、全然普通になんて話してない。だって、彼女はずっと蒼樹を見ているのだから。

 そして蒼樹も彼女の視線を真っ向から受け、その話に耳を傾けているんだからおかしい。

 我慢できずに笑い出すと、

「翠葉……。気持ちはわかるけど、俺を見たまま秋斗先輩に話しかけるなよ。俺が翠葉に話しかけられている気がするじゃん」

 蒼樹は顔を引きつらせてそう答える。

 良かった、この状況をおかしいと認識したのが俺だけじゃなくて。

「だって……蒼兄を見てるほうが落ち着くんだもの……」

「いや、そういう問題じゃないだろ……」

 仲のいい兄妹に加えて、面白い兄妹だな。

「本当におかしな子だね。そもそも、なんで困るの? その思考回路がわからない。だって、僕はすでに翠葉ちゃんに好きだって伝えているのにさ。――でも、面白いから聞かなかったことにしてあげる」

「いや……俺には翠葉の考えもわからなければ、そこで納得しちゃう秋斗先輩の心境もわかりかねるのですが……」

 蒼樹がこめかみを押さえながらため息をついた。そこへ、背後から栞ちゃんの声が割り込む。

「私も蒼くんと同意見。なんの話をしているのかと思えば、えらく奇妙な会話を聞いちゃったわ」

「変わった子だよね?」

 俺が同意を求めると、

「そうね。一筋縄じゃいかなそうね。さ、夕飯の準備ができたからご飯にしましょ! 翠葉ちゃんにはアンダンテのケーキ買ってきたわ。いつも同じものじゃ飽きちゃうから、今日はチーズタルト」

 栞ちゃんの一言で、その場は収拾された。


 ……一筋縄じゃいかないからこそ欲しいと思うのかな。

 最近、俺が欲するものはなかなか手に入らない。

 第一にはこの男、蒼樹だった。そしてふたつめが彼女。

 でも諦めずに時間をかけて、外堀を埋めることにしよう。

 ご利用は計画的に……ってね。

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