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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
サイドストーリー
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14~17 Side Akito 01話

 彼女が、昨日から具合が悪いことは知っていた。だからこそ、今日学校へ来るとは思っていなかった。そして、飲む薬が増えることは聞いていたが、薬を服用することでここまで血圧に影響が出るとも思っていなかった。

 ホームルームが終わった頃からテラスを見ているものの、彼女の姿はまだ見えない。

 湊ちゃんから連絡が入らないところをみると、まだ教室なのか――。

 窓の外に視線を固定していると、司に支えられて歩いてくるのが見えた。

 彼女の顔色はいつもに増して悪い。それもそのはず――血圧はあと少しで七十を切る。

 テラスを中ほどまできたところで、司たちの後ろから簾条さんがかばんや靴を持って追いついた。

 様子を見ていると、三人で少し会話をしているようにも見える。

 まだそれだけの余裕があるか……。

 あと少しで図書棟というところで彼女が見えなくなった。正確には、テラスの手すりで見えなくなった。

 考えるより先に体が動く。俺はすぐに仕事部屋を出て彼女のもとへ向かった。


 もういいだろう――そこまで歩いたなら気は済んだだろう。

 テラスでは司が、「吸って吐いて」と彼女の呼吸をコントロールしていた。

 過呼吸を起こしたのだろうか。何度か繰り返すと、呼吸はだいぶ落ち着いてきた。

「よくがんばったね。あとは僕に運ばせてくれるかな」

 尋ねはしたが返事を求めているわけではない。すぐに彼女を横抱きにして抱え上げる。

 いつもなら何かしらリアクションがあるけれど、今はそんな余裕もないのか、おとなしく胸に頭を預けてくれた。

 普段からこれだけ甘えてくれるといいんだけど……。

 こんな状況でそんなことを考える自分をどうしようもないな、と思う。

「簾条、上履きも頼む」

「了解。荷物はここまででいいわね」

 簾条さんは持っていたローファーを図書棟のロッカーに入れ、持っていたかばんは司に渡す。

「翠葉、お大事にね」

 心配そうに声をかけるも、その声に彼女は反応しない。

「翠葉ちゃん……?」

 意識がなくなったか……。

「司、湊ちゃん呼んで」

「わかった」

 司が携帯をかける傍らで、

「秋斗先生、あと、お願いしますね」

 簾条さんから凛とした声をかけられた。視線で了承の旨を伝えると、彼女は踵を返して去っていった。


 連絡を終えた司が先に立ち図書室に入る。と、生徒会メンバーの驚いた顔がこちらを向く。けれど、今は説明をしている場合でもない。あとのことは司に任せればいい。

 司が仕事部屋の解除コードを入力するとドアが開いた。

 そのまま仮眠室へと彼女を運ぶが、司は入ってこなかった。きっと生徒会メンバーの収拾をはかることにしたのだろう。

 彼女をベッドに横にしたはいいが、俺ができるのはここまで。

 彼女の手を握ると、恐ろしく冷たかった。恐怖を感じた次の瞬間、湊ちゃんが入ってきた。

「どいて」

 湊ちゃんは診察をするでもなく、すぐに点滴を開始する。

「……無理か?」

 腕に針を刺すも、入らないらしい。

「翠葉、ごめん。ちょっと痛いけど我慢してね」

 意識のない彼女に話しかけながら手首に近い場所に針を刺した。そしてステンレストレイに入っていたアンプルを注射器で吸い出すと、点滴のラインに注入する。

「……とりあえずはこれで大丈夫」

 湊ちゃんはモニターディスプレイを見ながらため息をつく。

「……本当に大丈夫なの?」

 思わず口をついた言葉。だって、彼女の顔色はひどく悪かったから。

「失礼ね……。これでも私は医者なのよ!? 点滴が一発で入らなかったからって侮らないで。これだけ血圧低けりゃラインの確保だって難しいのよっ」

 どうやら俺は相当な失言をしたらしい。

「スミマセン……」

「……昨日から薬の種類を増やしたの。その影響で今この状態。薬に身体が慣れるまで一、二週間かかるわ」

「……まさか、その間ずっとこんな状態なんて言わないよね?」

「意識は戻る。ただ、身体を起こしているのはつらいでしょうね。この数値だもの……」

 見せられたディスプレイには、七十を切った彼女の数値が表示されていた。

「それでも、痛みを抑えるのには有効なのよ」

 湊ちゃんはどこか悔しそうに口にする。

 きっと、血圧を取るか痛みを取るか――そんな選択なのだろう。

「翠葉は痛みのほうがつらいのよ」

 それは昨日本人の口から聞いた。

「だから、この状態になることをわかったうえで薬を服用しているはず。それしか方法がないの」

 ……これは意外ときついかもしれない。

 本人から聞いて知ってはいたけど、それでもどこかオブラートに包んで話してくれた節がある。それに対し、湊ちゃんの言葉は剥き出しの刃物そのもの。

「こんなことでショック受けてるようじゃこの子の側にはいられないわよ?」

 その言葉と視線が真っ直ぐ胸に突き刺さる。

「蒼樹がどれほどの思いで翠葉にずっとついていたのか。これからの二ヶ月で嫌っていうほどに知ることになる。本気なら、そのくらい覚悟なさい」

 それだけ言い残して湊ちゃんは仮眠室を出ていった。

 別に蒼樹を軽く見ていたわけじゃないし、単なるシスコンと思っていたのは少し前までの話だ。けど――本当に腹を据えないといけないかもしれない。

 こんな状態の彼女を見ても気持ちが引く気配が全くない。それどころか、手に入れたいという気持ちだけが深まり、高まる。

 仕事部屋からスツールを持ってきてベッドサイドに置いた。

 それに腰掛け彼女の手を取る。手はまだ冷たいまま。

 この手くらいはあたためてあげられるといいんだけど……。

 そう思いながら彼女の手を両手で包み込んだ。


 三十分ほど経った頃、彼女の瞼がわずかに動いた。

「気がついた?」

 彼女と視線が合う。そのあと、彼女は部屋に視線をめぐらせた。

 そういえば、病院に運んだときも同じ行動をしていたな。

 きっと、自分がどこにいるのかが不安になるのだろう。

 大丈夫、病院じゃないよ……。

「点滴……?」

 彼女は不思議そうに点滴パックを見ては、そのラインをたどって右手首にたどりつく。そして、俺の手をしばらく見ていた。

「湊ちゃんがごめんって」

「……え?」

「点滴の針、腕に入れようとしたけど入らなかったみたい」

 彼女はぼーっとしているのか、表情も喋り方も、何もかもが緩慢だった。

「大丈夫?」

「はい……」

「これが終わる頃にはまた湊ちゃんが来るから。……手、冷たいね」

 さっきから少しもあたたかくなった気がしない。けれど、顔色は少しだけ良くなっただろうか……。

「秋斗さん、迷惑かけてすみません……」

「何度も言うけど、迷惑だとは思っていないよ」

 あぁ、蒼樹……これはつらいな。こっちは迷惑だなんて思っていないし、むしろ側についていたいと思うのに、こんなにも申し訳ない顔をされてしまうんだ。

 これは、つらい……。

「……司に目が覚めたことだけ伝えてくる」

 彼女の手を放し、代わりに羽毛布団を胸のあたりまでかけてあげた。

 点滴が終わるまでには時間がかかるし、もう少し休ませたほうがいいだろう。

 仮眠室を出ると、ほんの少し開けた状態にまでドアを閉めた。

 テーブルに置いてある冷め切ったインスタントコーヒー。

 まずいだろうなと思いつつ、何かを飲み下したい衝動に駆られてそれを流し込む。

 とりあえず、司には知らせよう。


 仕事部屋を出ると、カウンター内のモニター前に司が座っていた。

 俺に気づくと春日に声をかける。

「優太悪い、少し代わって」

 監視を交代すると、「どうする?」という視線を投げられた。

「外に出よう」

 仮眠室のドアは締め切ってはいないし、まだ彼女が起きているかもしれない。ならば、図書室を出て廊下で話すのがいいだろう。

「ついさっき意識が戻った。血圧も七十台には回復した」

「……なんであんななの? いつもみたいな血圧の下がり方には見えないけど。どっちかっていうなら薬の副作用とか――」

 司の観察力に感心する。きっと将来はいい医者になるだろう。

 なんか俺が情報提供するのが少しバカらしい。それでも司にだって見えない部分があるわけで、そこを隠すつもりはなかった。

「昨日から体調悪くてね。この季節特有のものらしいんだけど……。それで飲む薬が増えたそうだよ。で、この状態。司の言うとおり、薬の副作用。薬の飲み始め一、二週間はこんな調子らしい」

 司は、「やっぱり」といった顔をした。

「それを覚悟のうえで彼女も飲んでいるらしい」

「……それしか方法がないってこと?」

「らしいね。あの湊ちゃんが悔しそうにしてるくらいだから、ほかには方法がないんだろうな」

「……わかった。生徒会メンバーにはとくに話してないから」

「え?」

「茜先輩が話さなくていいって仕切ってくれた」

「そう……それは助かるな。とりあえず、今俺にわかっていることはそれだけだ」

 司と図書室に戻ると、俺は早々に仕事部屋へと引っ込んだ。

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