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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
本編
22/35

22話

「そういえば……翠葉、何か食べたのか?」

「……食べてない、というよりは何も飲んでない、かな」

「えっ、そうなのっ!?」

 蒼兄は「やっぱり」という顔をし、秋斗さんは驚いた顔をしていた。

 蒼兄はすぐに立ち上がり部屋から出ていく。きっと、キッチンから何かを持ってくるのだろう。

 でも、何かを食べたいと思うこともなければ、何を食べられる気もしない。

 飲み物だといいな……。

 不安に思いながらリビングの方を見ていると、急に視界の大半が秋斗さんの顔で埋めつくされた。

「わっ――」

「……っていうか、目の前にいるんだからそんなに驚かなくてもいいでしょう?」

「……突然はびっくりするんですっ」

「そっか。ごめんね?」

 謝ってはいるけれど、全然「ごめん」とは思っていなさそうな笑顔。

 そこへ蒼兄がペットボトルふたつとグラスを手に戻ってきた。

 手に持っていたペットボトルはポカリスエットとミネラルウォーター。ポカリスエット一に対し、ミネラルウォーターを三の割合でグラスに注いでくれる。

「なんで割ってるの?」

 秋斗さんの疑問に蒼兄が苦笑した。

「翠葉、スポーツドリンクそのままじゃ飲めないんですよ。普段なら半々くらいで飲めるんですけど、今はたぶんこのくらいに薄めないと飲んでくれない。だろ?」

 言いながら、蒼兄にグラスを渡された。私はコクリと頷きそのグラスを受け取る。

「少しずつでいいから二杯は飲んで」

 少し遠慮気味にお願いされる。

「本当に濃い味が苦手なんだね?」

 秋斗さんは珍しいものを見るような目で私とグラスを見ていた。


 六時を回って栞さんが帰ってくると、

「あ、翠葉ちゃん起きてるわね? それ、ポカリスエット? きっとお水で割って飲んでるんだろうから二杯は飲んでほしいわ」

 蒼兄と同じことを言われてしまう。

「今、二杯目を飲ませてるところです」

 蒼兄が答えると、「ならよろしい!」と部屋を出ていった。

 これから夕飯の支度に取り掛かるのだろう。

 やっぱり夕飯は食べなくちゃだめだよね……。

 学校へ行っているときは何か食べないと身体がもたない、と崖っぷちの心境でなんとかものを口にしていたけれど、家で寝たままともなると、そんな気も起きない。

 でも、全国模試まではがんばらなくちゃいけない、と思えばそんなことも言ってられないわけで……。

 手元のグラスに半分残る液体を見てはため息が出る。

「食べるのって結構苦痛だったりするの?」

 秋斗さんに顔を覗き込まれた。

 心臓の駆け足はまだ始まっていない。けれども、これを何度もされたら間違いなく駆け足を始める。

 秋斗さんを視界に入れるのは得策とは思えず、若干視線を逸らし、フローリングを見つめながら思ったことを口にする。

「秋斗さん……。無駄に心臓が動きそうなので、その手の行動は控えていただけませんか?」

「……翠葉ちゃん、それは一種告白と取ってもよろしいのでしょうか?」

 え……?

「あ、れ……? 今、私なんて言いましたっけ?」

「……だから、無駄に心臓が動くって……」

「それ……告白? なんの告白?」

 訊く、というよりは自問自答の域。

「あれ? 僕を見てドキドキするのはそういう意味じゃないの?」

 耳に届いたその言葉を一生懸命理解しようとする。

「……そっか、そうですよね。……あれ? ……私、今、口にしてはいけないことを言ってしまった気がするんですけど――どうして?」

 思わず、左側に座る蒼兄の顔を仰ぎ見る。

「いや、別に言っちゃいけないってわけじゃないと思うけど……。翠葉、カロリー足りてなくて頭回ってなさすぎ」

 呆れてものが言えないという顔をされる。

「翠葉ちゃん、今のはさ、僕のことを好きって言ったも同然だよ?」

 秋斗さんが満面の笑みで説明をしてくれた。

「……え、あ……わっ――」

 しまった、と思ったときにはすでに時遅しだった。

 一気に顔が熱くなる。

「くっ、反応遅っ」

 蒼兄がお腹を抱えて笑いだす。秋斗さんはずっとにこにこしていて、私は頭から湯気が出そうなくらいに顔……というよりは首から上が熱い。

「今の、記憶から削除していただけると嬉しいのですが……」

 だめもとでお願いしてみると、「どうして?」と尋ねられた。

「えと……私が困るから」

「……そうなの?」

「そうです。だから、聞かなかったことにしてください」

 もう秋斗さんの顔なんて見られない。ずっと蒼兄の顔を見ながら秋斗さんに向かって言葉を発している。

 隣で、秋斗さんがおかしくてたまらないといった感じで笑いだした。

「翠葉……。気持ちはわかるけど、俺を見たまま秋斗先輩に話しかけるなよ。俺が翠葉に話しかけられている気がするじゃん」

 ばっちりと視線を合わせている蒼兄は顔を引きつらせている。

「だって……蒼兄を見てるほうが落ち着くんだもの……」

「いや、そういう問題じゃないだろ……」

 そうは言いつつも、蒼兄は私の視線を避けずに答えてくれる。

「本当におかしな子だね。そもそも、なんで困るの? その思考回路がわからない。だって、僕はすでに翠葉ちゃんに好きだって伝えているのにさ。――でも、面白いから聞かなかったことにしてあげる」

「いや……俺には翠葉の考えもわからなければ、そこで納得しちゃう秋斗先輩の心境もわかりかねるのですが……」

 蒼兄がこめかみを押さえながらため息をついた。そこへ、

「私も蒼くんと同意見」

 栞さんの声が追加される。

 ドアの方を見ると、エプロン姿の栞さんが立っていた。

「なんの話をしているのかと思えば、えらく奇妙な会話を聞いちゃったわ」

「変わった子だよね?」

 秋斗さんが同意を求めると、

「そうね。一筋縄じゃいかなそうね。さ、夕飯の準備ができたからご飯にしましょ! 翠葉ちゃんにはアンダンテのケーキを買ってきたわ。いつも同じものじゃ飽きちゃうから、今日はチーズタルト」

 栞さんの言葉でその場が収拾された。


 理美ちゃん――。

 理美ちゃんは好きな気持ちは知られてなんぼって言っていたよね?

 私もね、少しはそう思ったの。でも、実際は意外と恥かしくてうまく対応できないみたい。

 なんて言うのかな……打てば鳴る――かな。

 打つだけならまだ良かったのかもしれないのだけど、それに「鳴る」がつくのはちょっとつらい。

 どちらかというならば、私は片思いのほうがいいみたい。「両思い」という言葉の響きはすてきだし、きっと幸せなことだと思う。でも、その先が怖い……。怖くて、一歩も進めなくなっちゃいそうなの。だから、その先を進む必要がなくて隣にいられるのがいいな。

 たとえば、世間話をしたり他愛もない話をして楽しかったり嬉しかったり。

 私はそれで十分。その先は要らない。その先は、見たくない――。


 私の食事代わりとなったアンダンテのタルトは半分食べたところでギブアップ。

 申し訳なく思いながらフォークを置く。

「何も食べないよりはいいわ」

 栞さんは笑ってくれるけど、そんな優しさがつらくなることもある。

 この人もだめ――。

 心の奥深くでコトリ、と音を立てて駒を動かす。

 出逢う人すべてをふるいにかけ選別するものの、だめじゃない人はひとりもいない。どうして私の周りにいる人はみんな優しいのだろう……。

 栞さん、蒼兄、秋斗さん――とひとりずつに目を向ける。三人は美味しそうにすき焼きを食べていた。

 私はその匂いにすらあてられてしまいそうで、早々に自室へ下がらせてもらった。

 朝の薬が完全に切れ痛みが出始めていた。

 ピルケースから軽いほうの痛み止めを出して飲む。

 今度は効くだろう……。

 そう思いながら、部屋にある観葉植物の土の状態を確認し霧吹きでお水をあげ、葉っぱは丁寧に拭いてあげる。

 ほんの少し手を加えるだけで植物たちは元気になる。

 ローテーブルに置いてあったアイビーは水に浸かっている部分が腐ってきてしまったので、その少し上の部分で水切りをしてあげる。

 それらが終わるとベッドをフラットな状態に直して横になる。

 ベッドサイドにはマットよりも少し低めに設定した譜面台。そこに秋斗さんから借りているノートを載せて眺める。

「翠葉ちゃん、入ってもいい?」

 開いているドア口から秋斗さんに声をかけられた。

「どうぞ」

 秋斗さんはベッドサイドまで来ると、ベッドを背もたれにしてドアの方を向いて座った。そして譜面台を覗き込み、「古典?」と訊かれる。

「はい」

「なんとかなりそう?」

「不思議なんですけど、このノートを覚えるのは全く苦じゃないんです。もう、半分くらいは覚えたと思いますよ」

「お役に立てたようで何より」

 ……こういうふうに普通に話せるのは好き。

「ね、訊いてもいい?」

「……何をですか? ……あ、あのっ、質問によりますっ。答えられるものは答えますけど、答えられないものに関しては黙秘権を行使してもいいですかっ?」

 さっきの今で何かを訊かれるなんて、想像するだけでも恐ろしい。

「チーズタルトの効果ってすごいね? 頭の回転、もとに戻っちゃったかな?」

 尋ねられて少し不安になる。「蒼兄は……?」と訊くと、レポートを書きに二階へ上がったと教えてくれた。

「話、もとに戻すよ」

 前置きをされて、ゴクリ、と唾を飲み込む。

「そんなにかまえないで? ……あのさ、面倒なことや余計なことは一切考えずに、翠葉ちゃんが恋愛に求めるものを訊いてもいい?」

「……恋愛に、求めるもの……?」

「そう。たとえば、ドキドキワクワクジェットコースターみたいなものや駆け引き。色々とあると思うんだよね」

 面倒なことも余計なことを一切考えなくていいというのは、秋斗さんのことも何も考えずに……ということ?

「ほら、カーペンターズの曲が好きって話したときみたいに、そんな感じで話してもらえたら嬉しいんだけど……」

 パレスに連れていってもらった日の会話を思い出しながら、

「……あの、笑わないで聞いてもらえますか?」

 秋斗さんをうかがい見ると、ベッドを背もたれにしていた秋斗さんがくるり、とこちらを向いてマットに顎を乗せた。私は身体を起こし、背の部分に枕を挟む。

「あの……ドキドキするのは嫌じゃないんですけど、でもやっぱり困ってしまうので……。たとえば、一緒にいたいのにドキドキしすぎて一緒にいるのすらよくわからない状態になっちゃったり、お話して笑った顔を見たいだけなのに、それすらできなくなってしまったり……。そいうのは困るので――ただ、普通に一緒にいられるのが希望です」

 これ、答えになってるのかな……。

「恋愛に求めるものは何?」という質問は、漠然としていて答えるのが難しい。

 キラキラした毎日が待っていると思っていたかったし、明日が楽しみになるものだと思っていたかった。

 確かに世界は変わって見えた。秋斗さんがその場にいるだけで何もかもがキラキラと光って見えたし、特別なものに思えた。

 でも、自分が自分に戸惑うほどドキドキするのは――不安になって少し怖かった。

「翠葉ちゃんは安心感がほしいのかもね」

 安心感……。そうかもしれない。

「因みに僕は……。癒し、かなぁ……?」

「いや、し?」

「そう。すごい疲れてるおじさんみたいなこと言ってる気がするけど」

 秋斗さんは少し苦笑して、「また困らせちゃうかもしれないんだけど」と前置きをする。

 ほんの少し手に力を入れて身構える。と、

「そんなにかまえなくてもいいよ」

 それは無理……。困らせるかもしれない、と言われて身構えない人はいないだろう。

「そんな緊張させるつもりはなかったんだけどな」

 秋斗さんは視線を逸らし私の手に視点を定める。

「俺は、翠葉ちゃんの笑顔が見たいんだよね。で、声が聞きたい。だから側にいてほしい。本当にそれだけなんだ。何も難しいことはなくて、いたってシンプル。ただ、ほかの男には近づいてほしくないから『付き合ってる』って関係を欲する。もし、翠葉ちゃんが俺を好きだと思ってくれるなら、付き合うとかそういうの抜きでもいい」

 そこまで言うと秋斗さんは顔を上げ、私の目を真正面から見つめてきた。

「だから、側にいてくれないかな」

 言われたことは理解できているつもり。でも、何をどう答えたらいいのかはわからない。

「翠葉ちゃん、今『恋愛』って言葉に振り回されてるでしょ?」

 その答えは「Yes」だ。

「だから、そんな難しい言葉は使わない。今までのことを一切忘れてくれてかまわない。今から俺が言う言葉だけを聞いて」

 秋斗さんは私の手を握り、

「翠葉ちゃん、ただ側にいてほしい」

 ゆっくりとそう口にした。

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