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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
本編
21/35

21話

「高校に入ってすぐ声をかけてきた人が秋斗先輩だったんだ」

 蒼兄はゆっくりと話し始めた。

「写真はあとで見せるけど、外見はほとんど変わってないよ。ま、俺が入学したときには先輩は三年だから、高校入りたての写真はないんだけど……」

「……なんて、声かけられたの?」

 痛みは強い。でも、今はほかに意識を持っていくしかない。

 気持ちを紛らわせるカードしか手のうちにはないのだ。

 蒼兄も知っているから、極力明るく話してくれる。

「外部生ってたいてい入学式が終わるまで話せる人間いないだろ?」

 コクリと頷く。

「俺の場合、入学式が終わって桜林館を出てきたところで声をかけられた。『入学おめでとう! わが生徒会へようこそ』って。どう思う? この捕獲の仕方」

「どうって……。まだ、生徒会加入権を得る前だよね?」

「そう。声をかけてきておいて、中間考査と全国模試は絶対に落とすなって渡されたのがあのノート」

 言いながらサイドテーブルに置いてあったノートに視線を移す。

「本当に極悪な人でさ、二十位切ったら一生恨むよ、なんて笑顔で言うんだ」

 秋斗さんらしいというか、なんというか……。

「先輩のノート、見やすいだろ?」

 またコクリと頷く。

「俺もそう思った。字はやたらきれいだし、筆記体なんて芸術的。いつだったか、そのノートを手にした女子がラッピングに使えそうって言ったんだ。そしたらなんて答えたと思う?」

 秋斗さんならなんて答えるだろう? 普通に、「いいよ」とは言わなさそう。

「何かと交換条件……?」

 蒼兄が笑みを深めえる。

「ほぼ当たり。でも、なんて言ったかは先輩が覚えてるか今度訊いてごらん」

「ん……」

 蒼兄がほっとしたような顔をしていた。

「薬、効いてきたみたいだな。……少し休めばいい。今日は学校を休むって湊先生に伝えたから」

「……ありがとう」

 もう、半分くらいはどこかふわふわとした感じだった。

 痛みは引き始めており、今は睡魔に呑み込まれそう。

 痛くて体中に力が入っていたのが嘘みたい。今は手に力を入れろと言われてもできそうにはない。

 学校はお休み、か――。



「……ちゃん、翠葉ちゃん。……まだ無理かな?」

 栞さんの声が聞こえる。でも、まだ目を開けたくはない。

 うつらうつらしながら、

「栞さん?」

「もうお昼なんだけど、起きるのはまだ無理そうね」

「ん……眠いの……」

 薄く目を開けて返事をする。と、

「いいわよ、寝ちゃいなさい。次に起きたら何か軽く食べましょう」

 その優しい声を聞いて、また眠りに落ちた。

 薬の効果で寝たきりの生活。そんな生活、まだ始まってもらっちゃ困るのに――。



 ……何時かな。

 眠気はだいぶ取れて、幾分かすっきりとした気がする。

 けれども、身体はだるい。

 すぐには目を開けず、部屋の温度や聞こえてくる音、五感で感じ取れるものを感じ取る。

 熱くも寒くもない。けれども右手だけが異様に熱い。香りは私の好きな香水の香りが少しする程度。昨日も寝る前に吹きかけたからその残り香かな。

 エラミカオのユージンゴールド――トップノートにピンクグレープフルーツ、ライチ、ネクタリン。ミドルノートにホワイトローズ、スイレン、フリージア。ラストノートにサンダルウッド、グレーアンバー、ホワイトムスク。

 今はほんのりと甘い香りが残っている。

 カーカー、と鳴いているのはカラスだろうか。

 ほかに音という音はない。栞さんが動いている音も何もしない。でも、こんな状態の私をひとりにするはずはないだろうから、ダイニングかリビングで本でも読んでいるのかな。

 そこまで考えて、やっぱり右手の熱さを異常に思った。

 目を開けると、

「おはよう」

「っ……!?」

 ベッドサイドに秋斗さんがいた。

「あ、驚いてる驚いてる……」

 手が熱いのって、もしかして――。

 お布団の中に入っている右手は秋斗さんに握られていた。

 強く握られているわけではなかったからか、全然わからなかった。

「……すごく、びっくりしました……」

 身体を起こそうとして気づく。

「きゃぁっ」

 考えてみたら、夜寝てそのままなのだから、自分はパジャマ姿なわけで……。

 そんな格好を秋斗さんに見られることには抵抗があった。

 わ、どうしようっ。髪の毛もぐちゃぐちゃっ――。

 上体は起こしたものの、お布団から出ることはできなくて、どうしたらいいのか頭が回らない。

「お嬢さん、どうしました?」

「……あの、あの、あの――少し部屋を出てていただけますか……?」

 小さく答えると、

「あ……そっか。配慮が足りなくてごめんね」

 秋斗さんは右手を放して部屋から出ていった。きちんとドアを閉めることも忘れずに。


 洗面を済ませてルームウェアに着替える。

 洋服を着ようかとも思ったけれど、長時間身体を起こしていられるとは思えない。それならいつでも横になれるようにルームウェアのほうがいい。

 髪の毛は左サイドでひとつにまとめただけ。寝癖もごまかせるし、寝るときにも邪魔にならなくてちょうどいい。

 リビングにつながるドアを少し開け、顔だけを出す。と、秋斗さんは窓際のテーブルセットに掛けてお庭を眺めていた。

 当然、すぐに気づいてくれる。

「ごめんね。気が利かなくて」

 ふるふる、と顔を左右に振り、

「あの、栞さんは?」

「僕がいるならって、少し買い出しに出てるよ。……起きていられるの?」

「……少しなら」

「ベッドの方が楽?」

 自分の背にあるベッドを振り返って少し考える。

 私のベッドは電動で背の部分を起こすことができる。長期介護用のベッドと同じ機能が備わっているのだ。

 あれを起こせば寄りかかっていられる分、少しは楽かもしれない。

「できれば……」

 秋斗さんはすぐに立ち上がり、場所を私の部屋へと移してくれた。

 リモコンでベッドの半分を起こすと、

「そのベッド、電動だったんだ?」

「私も退院してきたときは全然気づかなくて、数日後になんのリモコンかと思って操作したらベッドが上下に動くし、背もたれ部分が起きるしでびっくりしました」

「誰も教えてくれなかったの?」

「はい。びっくり箱だよって。具合がいいときに色々いじってごらんって言われただけです」

「なんとも零樹さんに碧さん、蒼樹らしいね」

「あの、秋斗さんお仕事は?」

「今日の分は終わらせてきたよ。それに、もう五時半。翠葉ちゃんは眠り姫だったね」

 にこりと笑みを向けられ恥かしくなる。

「何時にいらしたんですか……?」

 恐る恐る尋ねると、秋斗さんは手元の腕時計に視線を落とす。

「四時半かな」

 手首には丸いフェイスのかっちりとした腕時計。愛用しているんだな、と一目でわかる黒い皮ベルト。新しいものではなく、数年使った頃に見られる滑らかな感じ。

「……起こしてくれれば良かったのに」

 ちょっと抗議すると、

「そんなもったいないことはできません」

「もったいない、ですか?」

「だって、普段じゃこんなに思うぞんぶん見つめられないからね。起きてる翠葉ちゃんをじっと見ていたらすぐに顔を逸らされちゃうか、テーブルに突っ伏すでしょう?」

 確かにそうだけど……それを言われると顔に熱を持ってしまう。

 顔を隠したくても髪の毛は結んでしまっているし、隠す術がない。

「髪の毛、結んでるのもいいね? 首筋がきれいに見えてそそられる」

 秋斗さんの言葉ひとつひとつに反応してしまう自分が恥かしい。

 もう、今はそれ以上何も言わないで――。

 顔を上げられずにいると、

「……先輩、調子に乗りすぎ。人の妹になんてこと言うんですか」

 その声に、反射的に顔を上げる。

「蒼兄っ!」

「あーあ……。せっかくお姫様とふたりきりだったのに。お兄様のご帰還だ」

 秋斗さんは冗談ぽく口にした。

「盗聴チェックは一通り済ませてある」

「それはどうも」

 蒼兄は私と秋斗さんの間に割り入った。

「蒼樹……。邪魔だよ?」

「邪魔してるんです」

 私にはふたりの表情は見えない。けれど、笑顔の応酬であろうことは想像ができた。

 おかしくなってクスリと笑うと蒼兄が振り返り、

「少しは調子がいいみたいだな」

「うん。本当についさっきまで寝ていたの。私、今日は面白いくらい何もしてないよ」

 そんな話をしていると、

「翠葉ちゃん、これ。簾条さんから預かってきたよ」

 蒼兄の背中に掴まり顔だけを出すと、秋斗さんの手にはクリアファイルがあった。

 その中には以前と同じようにルーズリーフが何枚か入っている。

 蒼兄も気が済んだのか、少し位置をずらして私の足元の方へ座りなおした。

 手渡されたクリアファイルを見ると、授業のノートだった。

 パラパラとめくっているうちに一枚のメモがひらりと落ちる。秋斗さんに拾われたメモの文面を見て絶句――。



Dear. 翠葉


お見舞いにちょうどいいかと思って、

秋斗先生に持っていってもらえるか頼んでみたの。

届けてくれるのは蒼樹さんかしら?

それとも秋斗先生かしら?


From. 桃華



 桃華さんっ――。

 私は何も言えず、メモを握りしめたままお布団に突っ伏した。

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