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光のもとでⅠ 第四章 恋する気持ち  作者: 葉野りるは
本編
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01話

 テストが終わるとのんびりとした日常が戻ってきた。

 この時期、内進生たちは一息つくことができるのだ。逆に、外部生はピリピリとした空気に包まれる。

 未履修分野の課題提出とテスト期限が半月を切るからだ。

 私はというと、中間考査の間にパスしてしまったこともあり、未履修分野の補講期間も終わってはいるものの、のちに控える全国模試対策で寝ても覚めても過去問とお友達。

 過去五年分の過去問を繰り返し解いていると、出題傾向が見えてくる。それをひたすら反復して覚える作業。

 古典は学内で行われる英語のテストのような勉強法。

 しょせん、高校生に出題される古文や漢文は限られている。それらを訳とセットで覚えるのだ。活用も英単語と同様の暗記法。

 海斗くんや司先輩には、「根本を理解したほうが楽に覚えられる」と何度となく言われたけれど、とりあえず今回の模試はこれで乗り切る予定。今後、気が向いたらその「根本」とやらに取り組もうかと思う。


 テスト最終日の出来事。

 ずいぶんと大掛かりな内緒話をしたうちのクラスだけれど、学年中に噂が広まるでもなければ廊下や教室で指を指されることもなかった。

 なんというか、いたって普通。

 それでも、私が慌てているのを見れば引き止められるし、焦っているのを見れば「とりあえず落ち着け」と諭してくれる。

 本当に優しいクラスメイトたち……。

 あの日は、その日の出来事をメールで報告することができなくて、夜寝る前にお母さんに電話をかけた。

 私から電話をすることはめったにないため、驚いたのかワンコールで出てくれた。

 まだ仕事が残っているようだったけれど、話の腰を折ることなく一時間ほど話を聞いてくれた。途中、お父さんが後ろで何かを言っていたけれど、お母さんがお父さんに換わることはなかった。

 電話の最後に、

「目に見えるものでもなく、手に取れるものでもない。けれどそれを宝物と言える翠葉は幸せ者よ」

 と言われた。

 本当にそう思う。私はとても幸せだと思うの。

「それからね、そんなふうに思える娘を自慢に思うわ」

 お母さんのふんわりとした声を聞いて通話を終えた。


 最近は昼休みに佐野くんの数学と化学を見ることが多い。

「今日は文系のテストを受けるんだっけ?」

「そう。現国、英語、古典の三教科。社会科はほとんど終わらせてて、あとは理系と日本史のみ」

「じゃ、もう一息だね」

「他人事だと思ってこのやろぉ……」

 髪の毛をくしゃくしゃとされる。

「だって、私も通ってきた道だもの」

「ま、そりゃそうか」

 佐野くんは無駄口をやめてすぐ問題集を解くことに集中する。

 佐野くんは時間はかかるけどケアレスミスが少なく、一度理解したものはほとんど間違えることがない。だから、きっと問題なくパスできるだろう。

「そういえばさ、秋斗先生の返事ってまだしてないの?」

 飛鳥ちゃんに訊かれ、

「うん……。全国模試が終わるまで待ってもらっているの」

「そうなんだ?」

 と、前の席の海斗くんが振り返る。

「うん」

 私は壁を背にして教室の方を向く形で座っていた。

 そうすると、右手に桃華さん、左手に海斗くん、真正面に飛鳥ちゃんという状態になり、とても話がしやすいのだ。

 因みに、佐野くんは飛鳥ちゃんの前の席、高崎くんの椅子を借りて飛鳥ちゃんの机で問題を解いている。

 結局、うちのクラスは席替えをしていない。入学式から変わらず出席番号順のままである。

 そのほうが先生たちも喜ぶ。

 プリントを集める際には出席番号順のほうが都合が良いのだとか。

 うちのクラスはみんながみんな仲がいいので、あまり席順は関係なく、結果そのままなのだ。

「答えの方向性は決まったの?」

 桃華さんに訊かれ、

「ううん、まだ。やっぱりよくわからなくて……。本で読む恋愛と実際は違うよね?」

 誰に問うでもなく口にすれば、

「本当、現実はうまくいかないよな」

 と、佐野くんがため息をついた。

 この台詞にはどうリアクションをしたらいいものか……。佐野くんが言うと冗談には取れない類だ。

「痛っっっ」

 どうやら飛鳥ちゃんが佐野くんの足を蹴っ飛ばしたらしい。

 というよりは、今もガツガツと蹴り続けている。

「いや、飛鳥……。そいつ一応スプリンターだからさ。足は勘弁してやってよ」

 海斗くんがフォローを入れると、「知らないっ」と顔を真っ赤にして教室を出ていってしまった。

「マジ痛いっつーの……。ところで海斗、俺は一応スプリンターじゃなくて立派なスプリンダーだと自負してるんだけど」

 佐野くんが海斗くんを冗談めかして睨む。と、

「蹴っ飛ばされてても嬉しそうよ?」

 桃華さんの突っ込みに佐野くんは、

「まぁね。こんなふうにじゃれてるのも悪くないよ」

 私は話しには混じらず、そういう恋もあるんだな、と思っていた。



 * * *



 日曜日は久しぶりにゆっくりとした時間を過ごしていた。

 夜には静さんから連絡があり、月曜日の夕方に打ち合わせができないか、とのことだった。

『月曜日は秋斗が六時から会議でうちのホテルを使うんだ。その車に同乗してくればいいよ。帰りは私が送るから』

「え……秋斗さんの車で、ですか?」

『あぁそうか……。何かあったんだったね。嫌かな? それなら私がそちらへ行こうか」

 忙しい人に来てもらうのは申し訳ない気がして、

「いえ、私がそちらへ伺います」

『フロントで迎えの者を待たせておく。名前を出せばわかるようにしておくから』

「はい、わかりました。では明日……」

 そう言って切った五分後、秋斗さんからメールが届いた。



件名:明日

本文:今静さんから連絡が来た。

   明日は図書棟で待ってるからね?



 疑問文で終わっているところが痛い。

 別に会いにくい、ということはないはずなのだけど……。

 何気なく見た卓上カレンダーにはっとする。

 今週末は蒼兄の誕生日だからお買い物に行きたかったのだ。

 月曜日は七時間授業の日だから授業が終わるのは四時過ぎ。バスで市街に出てもちょこっとデパートに寄る時間はある。

 そうだ、そうしよう……。



件名:明日のお話

本文:明日はホテルへ伺う前に

   デパートでお買い物をしたいので、

   授業が終わりしだいバスで行こうと

   思っています。

   秋斗さんは夕方まで学校でお仕事

   ですよね?



 メールを読み返してみても、普通の文章に見える。

 そのまま送信すると、またすぐに返信メールが届いた。



件名:それってさ……

本文:僕がいたらダメなお買い物?



 短い質問だった。

 それに、秋斗さんがいたらだめというわけではない。



件名:誕生日プレゼント

本文:今週末が蒼兄の誕生日なので、

   そのプレゼントを探しに行く予定です。



 さらに質問が返される。



件名:Re:誕生日プレゼントです。

本文:僕が一緒じゃだめ?



 そんなことはない。もちろん全く問題ない。



件名:いいえ

本文:一緒でも大丈夫です。



 メールを返してその場にしゃがみこむ。

 メールでなら隠し事くらいできそうなものを……。

 この際、嘘、とは言わずに隠しごとと言いたい。けど、それすらできない自分が恨めしい……。



件名:じゃぁ……

本文:お供させてね。

   ホームルームが終わったら図書棟の下で。


   翠葉ちゃん、知ってる?

   多少の嘘なら許されるって。



 読んだら秋斗さんがクスクスと笑う様が脳裏に浮かんだ。

「何もかもお見通しなのかな……」

 カックリと肩を落として夕飯作りに戻る。

 今日はお好み焼き。あとはホットプレートに生地を落として焼くだけ。

 熱したホットプレートに生地を落とすと、じゅっ、と美味しそうな音がした。

 数分すると、匂いにつられたのか蒼兄が二階から下りてきた。

「お好み焼きなんて久しぶりだな」

「そうでしょう? なんだかむしょうに食べたなっちゃって」

 私たち兄妹はお好み焼きが大好きだ。

 具材はシンプル。キャベツ、長ネギ、大和芋、桜海老、イカ、豚肉、揚げ玉。

「あのね、明日、夕方にウィステリアホテルに行って静さんと打ち合わせすることになったの。行きは秋斗さんが、帰りは静さんが送ってくれるみたい……」

「それはなんだか手を回された感じだな」

 テーブルに着いた蒼兄にくつくつと笑われる。

「やっぱりそう思う?」

「なんとなくね。まぁ、がんばっておいで」

「うん……」


 ご飯を食べ終わると、久しぶりに勉強道具を持ち込まずのバスタイム。

 やっぱりおうちのお風呂が一番くつろげる気がする。

 お風呂には防水対策を施したMP3プレイヤーを持ち込み、ずっとオルゴールの曲を聞いていた。

 アロマキャンドルに火を灯して電気を消すと、ゆらゆらとした炎だけが浮かび上がる。その炎を見て、秋斗さんと行ったウィステリアパレスの夕方を思い出す。

「キャンドル、すごくきれいだったな……」

 加納先輩ならあの光景をどうやってカメラで表現しただろう。

 目の前にある炎を見ながら、やっぱり私には無理だな、と思う。

 ゆらゆら揺れていて、いつかのスズランのように掴みどころがない。

 シャッタースピードを優先させても、なんだか違うものになってしまいそう。

 いつか、自分が見たものを自分が感じたままに写真を撮れるようになりたい――。

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