第6話 「優しさの形をした刃」
夜の街は、やけに静かだった。
音がないわけじゃない。
車の走る音、遠くの人の声、生活の気配。
それなのに、自分の中だけがやけに無音だった。
歩いている。
でも、どこに向かっているのかはわからない。
ただ、止まると壊れそうで、足を動かしているだけだった。
――あの言葉が、まだ抜けない。
『話しやすいんだよ、お前は』
優しい声だった。
笑っていた。
悪意なんて、どこにもなかった。
だからこそ、壊れる。
恋として扱われなかった事実が、静かに遅れて効いてくる。
公園のベンチに座る。
無意識に選んだ場所が、いちばん残酷だった。
ここは、まだ“記憶が残っている場所”だった。
隣に座っていたはずの体温はもうない。
でも、空席だけが残っている。
――どうして、こんなところに来たんだろう。
そう思った瞬間、スマホが震えた。
心臓が跳ねる。
嫌な予感と、消えない期待が同時に生まれる。
名前を見る。
彼だった。
開きたくない。
でも、指は勝手に動く。
『今日さ、ちゃんと話しておきたくて』
その一行で、呼吸が浅くなる。
――やめて。
でも、止まらない。
『正直に言うとさ』
ここから先が怖いのに、目が離せない。
『お前といる時間、すごく楽だった』
“楽だった”
その言葉が、胸に落ちる。
優しいはずなのに、冷たい。
恋ではなくてもいいと言われている気がした。
『気を使わなくていいし、話しやすいし』
それは、褒め言葉じゃない。
“恋愛として頑張る必要がない相手”という分類。
でも、続きはもっと残酷だった。
『今でも思い出すことあるよ』
一瞬だけ、救いのように感じてしまう。
――まだ、何か残ってる?
その期待が生まれた瞬間。
次の言葉が落ちる。
『でもさ、それって恋愛じゃなかったんだと思う』
時間が止まる。
救いのように見えた言葉が、すべて裏返る。
思い出す。
楽しかった。
優しかった。
その全部が、“恋ではない関係”として回収されていく。
――じゃあ、私は何だったの?
答えは返ってこない。
ただ続きがある。
『ちゃんと向き合えてたら違ったのかなって思うことはある』
その一文で、胸が強く締めつけられる。
優しい。
確かに優しい。
でも、それは“今の自分にはもう関係ない優しさ”だった。
過去形の後悔。
届かない仮定。
そして最後の一文。
『あの頃は、ありがとう』
その瞬間、涙が落ちる。
止める理由がない涙だった。
でも、救いじゃない。
むしろ、確認だった。
――終わっている。
――もう戻れない。
優しさはあった。
思い出もあった。
でも、それはもう“過去に分類された関係”だった。
スマホを閉じる。
画面は暗くなる。
なのに、言葉は消えない。
『恋愛じゃなかった』
その一文だけが、心の中で何度も繰り返される。
ベンチにうずくまる。
夜の空気が冷たい。
でも、本当に冷たいのは外じゃなかった。
自分の中だった。
――あの時、ちゃんと好きだったのに。
その事実だけが、遅れて届く。
好きだったことが、今いちばん痛い。
そして気づく。
救いの言葉は、救いにならないことがある。
むしろ、“優しさの形をした確定通知”になることがある。
終わった恋ほど、優しくされると壊れる。
涙が止まらない。
でも、何も変わらない。
ただひとつだけ残る。
――それでも、好きだった。




