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『“また今度ね”が、最後だった』  作者: れんれん


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3/10

第3話「会いたいって言われる側」

スマホが鳴ったとき、少しだけ驚いた。

 ――あ、来た。

 画面を見る。

『今日、仕事終わり空いてる?』

 短いメッセージ。

 でも、昨日までのそれとは少し違う。

 “会える?”じゃない。

 “空いてる?”でもない。

 ちゃんと、こっちの都合を聞いている。

 少しだけ、考える。

 すぐに返していいのか。

 間を空けた方がいいのか。

 そんなことを考えている自分に気づいて、少し嫌になる。

 ――普通に返せばいいだけなのに。

『空いてるよ』

 送信。

 既読はすぐについた。

『よかった。じゃあご飯行こう』

 その一言に、胸の奥がわずかに揺れる。

 “よかった”。

 そんなふうに言われたの、いつぶりだろう。

 嬉しいはずなのに、少しだけ落ち着かない。

 ――なんで?

 仕事中も、何度かそのやり取りを思い出してしまう。

 集中しないといけないのに、頭のどこかで引っかかっている。

 “会いたいって思われてる”。

 それが、こんなに意識に残るなんて思わなかった。

 仕事が終わって、駅前で待ち合わせ。

 先に着いたのは、彼の方だった。

「早いね」

「ちょっと早く終わったから」

 当たり前みたいに言う。

「待った?」

「全然」

 本当かどうかはわからない。

 でも、それ以上は聞かない。

「行こっか」

「うん」

 隣に並んで歩く。

 距離が近すぎないのが、ちょうどいい。

 店に入って、席に座る。

「何飲む?」

「同じでいいよ」

「じゃあ適当に頼むね」

 自然に進んでいく会話。

 引っかかるところがない。

 なのに。

 心のどこかが、ずっとざわついている。

「どうした?」

 顔に出ていたらしい。

「え?」

「さっきから、ちょっと変」

 ドキッとする。

「そんなことないよ」

 反射的に否定する。

 本当は違う。

 ずっと考えてる。

 どうしてこんなに落ち着かないのか。

「そっか」

 彼は、それ以上追及しなかった。

 その優しさが、逆に引っかかる。

 ――なんで、こんなに踏み込んでこないんだろう。

 前の人は、違った。

 こっちが気を使って、合わせて、

 やっと成り立つ関係だった。

 でも今は。

 無理しなくてもいい空気がある。

 なのに、それが怖い。

「優しいよね」

 ぽつりと口に出す。

「またそれ?」

「だって、本当にそう思うし」

 少し笑われる。

「普通だって」

「普通じゃないよ」

 言い切る。

 本当はもっと言いたい。

 “前は違った”とか、

 “こんな扱いされたことない”とか。

 でも、言えない。

 比べてるみたいで嫌だし、

 何より、自分が惨めに見える気がする。

「……ありがと」

 代わりに出てきたのは、やっぱり無難な言葉。

 本当は違う。

 もっとちゃんと伝えたいのに。

 料理が運ばれてくる。

「これ、美味しそう」

「だね」

 他愛もない会話。

 笑いながら、普通に食事をする。

 普通すぎて、少し戸惑う。

 前の恋は、もっと波があった。

 嬉しいときと、苦しいとき。

 その差が激しくて、振り回されていた。

 でも今は。

 ずっと、穏やかだ。

 ――こんな恋、あったんだ。

 ふと、そんなことを思う。

「さ、帰ろうか」

 店を出て、夜の空気に触れる。

 少しだけ冷たい風。

「今日はありがとう」

「こちらこそ」

 駅までの道。

「また、こうやってご飯行こうよ」

 さらっと言われる。

「うん」

 即答した。

 ――あれ。

 迷わなかった。

 前なら、“いいのかな”って考えてたはずなのに。

「嫌じゃなかった?」

 ふいに聞かれる。

「え?」

「こうやって誘うの」

 一瞬、言葉に詰まる。

「全然」

 口から出たのは、軽い言葉。

 本当は。

 嬉しかった。

 安心した。

 でも同時に、少し怖かった。

 ――また期待してしまうかもしれないから。

「そっか、よかった」

 その笑顔に、少しだけ胸が締めつけられる。

 なんでだろう。

 優しくされるほど、

 自分がちゃんと応えられるのか不安になる。

 駅の改札前。

「じゃあ、また連絡する」

「うん」

 別れる。

 電車に乗って、窓に映る自分を見る。

 少しだけ、柔らかい顔をしていた。

 でも。

 心の中は、まだ整理できていない。

「……怖いな」

 小さく呟く。

 愛されることに慣れていない。

 大事にされることに慣れていない。

 だから。

 “これが続く”って、信じきれない。

 またいつか、同じように終わるんじゃないかって。

 そんなことを考えてしまう。

 スマホが鳴る。

『今日はありがとう。また行こうね』

 短いメッセージ。

 でも。

 “また今度ね”とは、違う。

 ちゃんと、続いていく言葉。

 それを見て、少しだけ息を吐く。

 嬉しいはずなのに。

 なぜか、少しだけ涙が滲んだ。

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