第3話「会いたいって言われる側」
スマホが鳴ったとき、少しだけ驚いた。
――あ、来た。
画面を見る。
『今日、仕事終わり空いてる?』
短いメッセージ。
でも、昨日までのそれとは少し違う。
“会える?”じゃない。
“空いてる?”でもない。
ちゃんと、こっちの都合を聞いている。
少しだけ、考える。
すぐに返していいのか。
間を空けた方がいいのか。
そんなことを考えている自分に気づいて、少し嫌になる。
――普通に返せばいいだけなのに。
『空いてるよ』
送信。
既読はすぐについた。
『よかった。じゃあご飯行こう』
その一言に、胸の奥がわずかに揺れる。
“よかった”。
そんなふうに言われたの、いつぶりだろう。
嬉しいはずなのに、少しだけ落ち着かない。
――なんで?
仕事中も、何度かそのやり取りを思い出してしまう。
集中しないといけないのに、頭のどこかで引っかかっている。
“会いたいって思われてる”。
それが、こんなに意識に残るなんて思わなかった。
仕事が終わって、駅前で待ち合わせ。
先に着いたのは、彼の方だった。
「早いね」
「ちょっと早く終わったから」
当たり前みたいに言う。
「待った?」
「全然」
本当かどうかはわからない。
でも、それ以上は聞かない。
「行こっか」
「うん」
隣に並んで歩く。
距離が近すぎないのが、ちょうどいい。
店に入って、席に座る。
「何飲む?」
「同じでいいよ」
「じゃあ適当に頼むね」
自然に進んでいく会話。
引っかかるところがない。
なのに。
心のどこかが、ずっとざわついている。
「どうした?」
顔に出ていたらしい。
「え?」
「さっきから、ちょっと変」
ドキッとする。
「そんなことないよ」
反射的に否定する。
本当は違う。
ずっと考えてる。
どうしてこんなに落ち着かないのか。
「そっか」
彼は、それ以上追及しなかった。
その優しさが、逆に引っかかる。
――なんで、こんなに踏み込んでこないんだろう。
前の人は、違った。
こっちが気を使って、合わせて、
やっと成り立つ関係だった。
でも今は。
無理しなくてもいい空気がある。
なのに、それが怖い。
「優しいよね」
ぽつりと口に出す。
「またそれ?」
「だって、本当にそう思うし」
少し笑われる。
「普通だって」
「普通じゃないよ」
言い切る。
本当はもっと言いたい。
“前は違った”とか、
“こんな扱いされたことない”とか。
でも、言えない。
比べてるみたいで嫌だし、
何より、自分が惨めに見える気がする。
「……ありがと」
代わりに出てきたのは、やっぱり無難な言葉。
本当は違う。
もっとちゃんと伝えたいのに。
料理が運ばれてくる。
「これ、美味しそう」
「だね」
他愛もない会話。
笑いながら、普通に食事をする。
普通すぎて、少し戸惑う。
前の恋は、もっと波があった。
嬉しいときと、苦しいとき。
その差が激しくて、振り回されていた。
でも今は。
ずっと、穏やかだ。
――こんな恋、あったんだ。
ふと、そんなことを思う。
「さ、帰ろうか」
店を出て、夜の空気に触れる。
少しだけ冷たい風。
「今日はありがとう」
「こちらこそ」
駅までの道。
「また、こうやってご飯行こうよ」
さらっと言われる。
「うん」
即答した。
――あれ。
迷わなかった。
前なら、“いいのかな”って考えてたはずなのに。
「嫌じゃなかった?」
ふいに聞かれる。
「え?」
「こうやって誘うの」
一瞬、言葉に詰まる。
「全然」
口から出たのは、軽い言葉。
本当は。
嬉しかった。
安心した。
でも同時に、少し怖かった。
――また期待してしまうかもしれないから。
「そっか、よかった」
その笑顔に、少しだけ胸が締めつけられる。
なんでだろう。
優しくされるほど、
自分がちゃんと応えられるのか不安になる。
駅の改札前。
「じゃあ、また連絡する」
「うん」
別れる。
電車に乗って、窓に映る自分を見る。
少しだけ、柔らかい顔をしていた。
でも。
心の中は、まだ整理できていない。
「……怖いな」
小さく呟く。
愛されることに慣れていない。
大事にされることに慣れていない。
だから。
“これが続く”って、信じきれない。
またいつか、同じように終わるんじゃないかって。
そんなことを考えてしまう。
スマホが鳴る。
『今日はありがとう。また行こうね』
短いメッセージ。
でも。
“また今度ね”とは、違う。
ちゃんと、続いていく言葉。
それを見て、少しだけ息を吐く。
嬉しいはずなのに。
なぜか、少しだけ涙が滲んだ。




