策士VS天然
放課後の教室。
西日が差し込む窓際の席に座っている彼女を見つけると私は最終確認をする。
手鏡を見ながら完璧な角度で微笑みの予行演習。
(…ふふん。今日はこれで行くわよ!)
ターゲットはお馴染みの向かいで優雅に魔導書をめくっている男装の麗人のアルバ。
…相手が同性だからってこの私が誘惑できないわけがないわ!
たぶん!
私はおもむろにポーチから淡いピンク色のリップバームを取り出しながら、彼女に近寄る。
そして、わざとらしく小さく声を上げた。
「あら?アルバったら、唇が少しカサついてるみたいよ?」
アルバが顔を上げると、私は計算し尽くされた“慈愛の聖女”のような表情を浮かべる。
「 …そう?自分ではあまり気付かなかったな…」
「せっかくの綺麗な唇なんだから…あ!そうだわ!私のを使ってみない?保湿力がとっても高いって有名なやつなのよ?」
私はこれみよがしに“それ”を見せると、蓋を開けて自分の指先に甘いバニラの香りがするクリームを薄く取る。
これぞ“女の子同士の親密さ”という最強のバリアを盾に一気に距離を詰める作戦。
題して“女子だもん!リップ塗っても許されるし匂いと私の魅力でドキドキもされちゃうぞ!作戦”!
(さあ、これで動揺しなさい!甘い香り!唇に直接触れる指先の感触!そして、至近距離でさえ可愛すぎる私の顔!意識しないなんて無理なはずよ!)
私はアルバの顎を軽く持ち上げ、その柔らかな唇に指先で優しくクリームを広げていった。
顔もさりげなく近付け、至近距離へ。
彼女の瞳に私が映っている。
塗っていくうちにだんだんと彼女の唇の感触を意識して…。
…あれ?なんか、おかしい。
私までドキドキしちゃう?
「…リリィ」
「は、はい?なにかしらっ?」
食いついた!?と私は期待の眼差しを向ける。
しかし、彼女は私の思惑とは違い、いつもの“王子様”スマイルを浮かべた。
「君の指先、すごく温かいんだね。…それに、とてもいい香りがする」
どきんと高鳴る鼓動。
あ、あれ…?
塗り終わった私の手首をそのままアルバの指が優しく包み込んだ。
何故か嫌な予感がした。
「あ、あの、アルバ…?もう塗り終わりましたけどっ?その手を離して頂いて…」
「リリィが私を想って塗ってくれたこの魔法を消してしまうのが惜しいな」
アルバはそのまま私の指先を自分の唇のすぐ近くまで引き寄せた。
今までの経験が警報を鳴らす。
しかし、アルバの手は意外と力強くーーー私は逃げられない。
あ、これはだめだ。
アルバは自分の唇を潤してくれた私の指先に敬虔な騎士が誓いを立てるかのように深くて長いキスを落とした。
「…このリップ、味まで甘いんだね?それとも、リリィが甘いのかな?」
アルバは一際爽やかに“王子様”スマイルを浮かべて、ふふっと笑った。
一方、私はというとーーー。
「~~~ッッッ!?!?!?あのっ…その?…っ!」
頭の中は真っ白。
サキュバスとしてのプライド、培ってきたあざといテクニック、完璧だと思った作戦さえバニラの香りと一緒にどこかへ蒸発してしまった。
(……わ、私の指にキスしたその唇で何を!?!?!?)
結局、その後の私は毎回の如く顔を真っ赤にしたまま一言も発せられない借りてきた猫状態に。
「どうしたの?急に静かになって…具合でも悪いのかな?」
「…アルバの、アルバの…!」
私は教室から一目散に飛び出す。
それから、超絶大声で叫んだ。
「天然たらし~~~っっっ!!!」
今日も今日とて一網打尽だった。




