誘惑VS乙女の夢
「…昨日までの失態は単なる油断…。そう!イレギュラーよ!」
放課後、人影もまばらな図書室で私は息を巻いていた。
私は本棚の陰で自慢のピンクブロンドの髪を指でくるくると巻いて遊びながら計画を練る。
今日の作戦は“不意打ちの密着”。
男なんて女の子に耳元で囁かれながら袖を引かれたら、それだけで思考停止する単純な生き物なんだから。
(例え…それがどんな男でも、私のフェロモンには抗えないはずよ!)
今回、ターゲットのアルバは窓際の席で分厚い魔導書を読んでいた。
逆光に照らされた横顔は悔しいけれど絵画のように美しい。
「あら?アルバ様ぁ?こんなところで何してるんですかぁ?」
私は甘い声を出しながら猫のように足音を消して近づき、彼の隣の席ーーーではなく、あえて背後から椅子に身を乗り出すようにして顔を近づけた。
ふわりと私の甘い香りが彼を包んだはず…。
「…おや、誰かと思えばリリィか。驚いたな、気配を全く感じなかった」
アルバがこちらを振り向く。
その距離わずか数センチ。
私はすかさず潤んだ瞳で彼の制服の袖をギュッと掴んだ。
「あの…実は高いところの本が取れなくて…。アルバ様、手伝ってくれませんか?」
そう言いながらのあざとい秘技の上目遣い。
私は決まった!と内心ガッツポーズ。
(さあ、これで私を意識しない男なんていないはずよ! 私の吐息が耳にかかっているもの。さあ、動揺なさい!顔を赤らめなさい!)
しかし、アルバの反応は私の予想を遥か斜め上に飛び越えた。
「なるほど。それは不便だよね。…よし、わかった」
アルバは何食わぬ顔で椅子から立ち上がると、どこの本を取ってほしいのか尋ねてくる。
私は尋ねられるまま案内した。
(………あれ?)
私があと数センチ背伸びして手を伸ばしても届かない絶妙な場所の本を指差せば、アルバは背後から私を包み込むようにして棚に手を伸ばした。
ーーー所謂、壁ドンならぬ棚ドン状態である。
なんなら、もはや乙女の夢であるバックハグに近い状態。
「…えっ、あ、あの?」
「これ?…それとも、こっち?」
背中から伝わってくるアルバの体温にまた心臓は言うことをきかず高鳴る。
少し細いけれど、鍛えられているのが分かるしっかりとした肩の感触。
そして何より耳元で低く響く彼の声が私の脳を直接蕩けさせる。
「あ、う…あ、あの、その…」
私は真っ赤になって言葉に詰まりながら、これ以上ない程のデジャヴを感じていた。
「リリィ? 急に黙ってどうしたんだい。…おや、耳まで真っ赤だよ。もしや、熱があるんじゃないか?」
アルバは棚から手を離すと今度は私の額に自分の額をぴたりと押し当ててきた。
前髪が混じり合い、彼の真っ直ぐな瞳が至近距離で私を射抜く。
「〜〜〜〜ッッッ!?!?!?」
「…熱いな。やはり無理をしているんだろう?」
彼は顔色一つ尋ねてくる。
また私だけこの顔の熱と心臓の音をもてあましている。
「さあ、寮まで送ろう。歩ける? それとも、また抱いていこうか」
「じ、自分で歩けますっ!!」
私は真っ赤な顔で彼を突き飛ばすと図書室を飛び出した。
おかしい。
なんだか私の寿命まで削られているかのような気分だ。
「…なによ、あいつ!なんであんなに呼吸するようにイケメンなの!? バカっ! 天然たらし!」
夕暮れの廊下で私は火照った頬を押さえてうずくまる。
サキュバスのプライドはもう粉々を通り越して塵にもならない。
一方、その頃の図書室ではーーー。
「…リリィ、あんなに顔を赤くして可愛いな。嫌われてはいないといいんだけどな…」
アルバが一人で困ったように…けれど、愛おしそうに微笑んでいることなんて今の私には知る由もなかった。




