とある社員寮の話
俺は、小野優太郎。
一八四㎝の長身で、顔も整った、自他ともに認める好青年だ。
今年、ついに三十路を迎える。大人の魅力が加われば、さらに完璧になるだろう。俺なら、な。
そんな俺は二年前、中学時代の先輩・白峰さんに誘われて、今の会社に入った。創立十年ほどの、業績だけはいい会社だ。
白峰さんは、その昔、地元の顔役だった。周りには、たくさんの人間がいた。俺も後輩として、可愛がってもらっていた。
そんな彼は、今や一企業の専務取締役という成功者だ。ついて行けば、間違いない。
前の会社は、俺の価値が分からなかった。モテ過ぎたことが、問題とされた。そんな会社に用はない! と、即断即決。俺は、デキる男だからな。
とはいえ。
多少の不安はあった。だが、そこは楽園だった。若く可愛い女子社員が多かったのだ。さすが、俺の判断力だ。
しかし、ひとつ残念なこともあった。
給料が、あまりよくなかったのだ。
……たったの、月給三十万だ。
だが。寮費が安かった。
なんと! 破格の一万円だ。
築十年程度と聞いている、バス・トイレ別の、綺麗なワンルームが……だ。普通ありえない、かなりの厚遇だ。
前に住んでいた社員が、急にいなくなり、空いたらしい。俺は幸運に恵まれているな。
代わりに、少し面倒なこともある。
それは、白峰さんからの業務外命令だ。「これ、預かっといてくれ」と、頻繁に頼まれるのだ。
……正直、面倒くさい。
まぁ、白峰さんは色々と顔の利く人だから、「お前は、裏切るなよ?」という言葉に、素直に従うが吉だ。
預かり物は、ゴルフクラブセットや、野球のバット、工具なんかが多い。
絶対に人に見せるなとか言われたが、こんな赤錆びて汚れた中古品、売れもしないしな。広い収納に、ぶち込んでおくだけだ。
でかい段ボールに入った液体らしきものも、箱は開けるなと言われたから、そのまま放置するだけだ。
重たいから、わざわざ動かしたりもしない。たまに変な……キツイ匂いのものもあるが、鼻は慣れるものだ。
だが。
名前も知らない植物の世話なんかの、労力が発生するものもあるのだ。ベランダも広いから、場所は問題ないが……。
植物なんか育てたことはなかったし、最初は苦労した。
まぁ、コネ入社の宿命……と、受け入れるしかないからな。もう気にしてはいない。
それに、植物栽培は……何故か、すぐに慣れた。
今では、増やすことも出来る。やたら増えるし、売れるかもしれない。だから、いくつか隠してあるのさ。
そうしろ……と、天の声が言っている気がした。
天啓を得るとは、さすが俺。スマートに副業こそ、デキる男の常識だしな。
――唯一、気になっていることがあるとすれば。この部屋の噂話だ。
女子社員たちを呼んで、部屋飲み会をした日。噂好きの炭田が、言っていたのだ。
この四〇二号室は、事故物件だ……と。
そう言われると、不思議と……そんな気がしてくるものだ。
……あの日以来、植物の世話をしている時には特に、視線を感じることがある。まぁ、振り返っても、当然……誰もいないのだが。
あの炭田という四十路女。平成ギャルのような話し方で、少し気に障る。
そして、歩くスピーカーのあだ名を持つ性悪女だが、情報源ではある。
だから、一応仲良くしているが。たまの、「旦那と上手くいってないのよねぇー」とのお誘いは……正直気持ち悪い。
おかげで、部屋で独りの時すら、あいつの声が……耳に残っている気がする。勘弁してくれ。俺は、若い子が好きなんだ。
この前の飲み会も、二十二歳の女子社員が二人来た。
仲良くなるチャンス……だったのだが。
白峰さんが友人を連れてきてしまい、荒れた飲み会になった。まぁ、あの人の友人だからな……。
……起きたら、炭田と抱き合っていたのには、心底肝が冷えた。
二十二歳コンビ、石田と堂家は、その日のうちに帰ったらしいが。あれ以来、両方とも少し距離が縮んできている。
今度は、一人ずつ呼ぼうと思っている。
――ピンポーン
不意に、インターホンが鳴った。
今日は、休日だ。誰かを呼んだ覚えもない。
勧誘か営業か? と、モニターを覗く。
……誰も映っていない。
俺は、首を捻った。
炭田の言っていた、あの噂通り……なのか?
……だとすれば、部屋の中で何かが起こる、はずだよな?
心臓を掴まれたようだった。
だが、俺は男だ! こんなもの悪戯に決まってる!
と、玄関へ。そして、そろりと……ドアに耳を当てた。
――ガサガサッ
ビニールが擦れたような音が聞こえる……! 一体、何なんだ……? 脳が、鼓動で揺れる。息が、小刻みに漏れた。
――ピンポーン
また鳴った!? 全身に鳥肌が浸食していく。俺は、跳び上がっていた。
――コンコンコン
畳みかけるように、ノックの音。
――誰か、いる……のか?! でも、モニターには……何も……!
頭の中は、洪水のようだった。俺は、石像と化した。
「小野さん? いないんですか?」
「……え?」
この声は……?
「……石田ちゃん?」
「はい。この前、土曜日に来てって言ってましたよね?」
大きく息を吐いた。だが、安堵に包まれたのも束の間。
何の話だったか……。頭の中を探る。
……記憶が抜け落ちているようだ。さっぱりわからない。
でも、チャンスでしかない。俺は慌てて扉を開いた。
「もー。いるんなら早く開けてくださいよー。重いんだから」
石田ちゃんが、大きなビニール袋を、二つ提げていた。
……ああ、そうか。
石田ちゃんは、背が低いのだ。角度的に映らなかったんだろう。さすが俺。名推理だな。
「あー。ごめんごめん」
「飲み会の日、夕飯作って欲しいって言ってましたよね? ちゃんと来ましたよ?」
「え? そ、そうなんだ……」
「は? 覚えてないんですか? 帰ろうかな……」
「あー! いやいや! 覚えてる! 覚えてるって! えっと、石田ちゃん料理上手って話だったよね?」
約束した確信がない。あの日は……酔ってたからな。仕方ない。
だが、普段話していた内容なら分かる。咄嗟の機転も、出来る男の嗜みだ。
「もういいですー。ほら、どいてくださいよー。入れないし」
「あ、ごめん! 持つよ!」
俺は、石田ちゃんからビニール袋をひったくった。確かに、ずしりとした手応えだ。
「あ、ちょっと。小野さーん……」
石田ちゃんは、靴を脱ぎながら文句を言いたそうだったが、無視した。
今、これ以上の悪印象を与えるわけにはいかないからな。まずは、優しさと力強さを見せるのさ。それがモテる秘訣だ。
「よっと。じゃあ、ここに置くよ」
「はい。で、この前言ってたメニューでいいんですか?」
「あー……うん! 全然、なんでも! 石田ちゃんが作ってくれたものなら、どんな味でも全部食うって!」
「えー……その言い方、酷くないですか……?」
「アハハ! すまんって! 変な意味じゃないから!」
「もー……。じゃ、待っててくださいね」
そう言って石田ちゃんは、袋から食材を順番に取り出していく。手慣れてるな。
「あ、そうだ。これ……小腹空いてるでしょ? 先にどうぞ」
石田ちゃんは、くすくす笑った。笑顔が可愛いな。
「ありがと」
甘いような匂いが漂う。デザートか? 饅頭のようなソレを、むしゃりと頬張った。美味い。不思議な味だ。
……この気遣い、期待値高いな。
料理を楽しんだ後は、もちろん石田ちゃんを……。
――ん……?
あんな……デカイ包丁、使う……のか――――
――あれ?
びくりと身体を跳ねさせた。宙に浮いている感覚だった。暗い。視界がない。目隠し、されて……る?
……俺、運ばれてる?!
声も出せない。なんとか身をよじった。そして、俺は――理解した。縛られていることを。
意味が……分からない。俺は、全力で手足を動かそうとした。
――感覚が、ない……。
「なんだ、起きたのかよ。めんどくせぇな」
……え? この声、白峰さん……?
「おい。いつも言ってんだろ。ちゃんとやれってよ」
「うっす。さーせん」
――布? 消毒の……ようで……いて、甘い……匂い…………
――以来。
俺の身体は、変わってしまった。飯を食わなくても、死なない。息をする感覚すら、ない。便利な身体、なのか?
……そんなことは、ない。
時折訪ねて来る訪問者の、その誰にも、気付かれないのだから。
白峰さんも来た。石田ちゃんも来た。だが、まるで俺がここにいないかのように、振る舞う。
光すら、透ける。人に触れようとも、透ける。匂いも、分からない。影すら、出来ない。不便な身体……だ。
そして、何故か……。四〇二号室から……出られない。
ほんと……に、じこ、ぶっけん……だから、か……?
頭が……霞み、がかって……いく。
やることも、ない。ただ、壁を、叩く、日々、だ。
ただ、叩く。
音も、しない。
だが、叩く。
それ、しか、できない、から、たた、く。
これは、いつ、終わ、るんだ――
ああ……出せよ……ここから……だせよ……
います……ぐ……だせよ……
ああ……だれ、でも、いい……
だれ……か……
だ……れ……か……
だ……
れ……
か……
あ……
あ……
ああああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙だれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかDAREKADAREKADAREKAダレカダレカダレレレレレレだれれかかかかかかかしらだれかだれかだれかだれかDAREKAダレカダレカダレレレレレレレだれれれれかあああああみねかかかかしねかかいしだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekaダレカダレカダレレレレレだれれれれれれかあかダレカダレカダレレシネレレレレだれれれかあかかかしねだれかだれかだれかみだれかだれかだれかねだれかだれかだれかダレカダレカダレレレレレレレレレレだれれれれすみだだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかああああDAREKADAREKADAREKADAREKADAREKAダレカダレカダレレレレレレだれれれれれれかあかかかかかああああしししししししシシシシニニニニだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカこだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカいだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカよだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカしだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカねだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカよだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカああつぎだれかだれかだれかだれかだれかだれかだれかここdarekadarekadarekadarekaダレカダレカダレカダレカココここココココココ
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