NEWAGE
「あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
顔見知り、久しぶり、初見知り。いろんな顔をしたまさに老若男女が、十八畳以上の座敷に上がり込む。父、母、兄、兄、俺、妹、義姉、義弟、姪っ子、双子の甥っ子、姪っ子、新参者の甥っ子、総勢14人の朝倉家が集まる。多いんだろうか、少ないんだろうか、他の家族を知らないからわからない。妹家族が、11時前に到着し、皆がテーブルの周りに集まる。長男と俺で作ったおせちで、新年の食事が始まる。酷くやかましく、でも生温い風景が、目の前で作られていく。今まで三十何回も体験してるはずなのに、心があの頃の田舎坊主のままの俺は、会話の糸口を掴めず雑煮をちびちびと啜る。昔のように、話しかけてくる叔父さんもいないのでだれよりも早く、皿に盛られた料理を平らげる。「父ちゃん、ぬか漬け見てくるよ」「あぁ」父はこだわりが強く、そして頑固だ。その性格のおかげで、「この街では知らない人がいない」それが事実と言えるほどの割烹を立ち上げた。でもその性格のせいで、俺は、親父の意思を継いで割烹をやる羽目になった。そう。そういう気まずい空気から逃げ出すための言い訳。割烹だって好きで、継いだんだ。皆の集まってる部屋に行くと、食事は終わっていた。代わりに始まっていたお年玉交換会に滑り込む。総額3万円を失う。実家での新年行事はだいたい終わり、長男家族と妹家族はそれぞれもう一つの実家に向かう。だから残った父、母、次男、俺、次男の娘の5人は、弛まなく、そしてなだらかに流れるTV番組を見つめながら。積もる話を消化不良ながらも、飲み下していく。次男の兄は、5年前に離婚して、今はシングルファザー。兄は家族の中で誰よりも心配性で真面目だから、目の下に溜まった影が一番目立つ。話がひと段落して、兄がため息を付くと、ため息が連鎖して、漏れた笑い声も連鎖する。やることも無くなって、おやつとしてお餅を焼き始める。
餅が焼けるのを見つめていると、微かな携帯のバイブ音と共に兄は立ち上がる。そのまま兄は別の部屋に入り、その後戻ってきて出る準備をする。母が「なんかあったの?」というと、兄は、ぎこちなく笑いながら「急な仕事が入っちゃって。多分すぐ終わると思うんだけど。だから、すまないが豊吾、百合音の買い物に付き合ってくれないか?お年玉で何かを買うって約束したんだ。すまない頼む。」「…えっ?ちょっとまっっ…」バタン。扉が勢いよく閉まる。「なんで…俺…」「まぁ、この田舎で車運転できるのはお前だからな。わしらはもう免許返納してる。」「そうね。豊吾、百合根ちゃんと仲良くするのよ。」「はい…」
ーーーーーーーー
姪っ子選曲のテイラーのメロディと共に、軽トラックは畦道を進む。年も血も離れた二人は一定の距離を保ちながら、それぞれの世界に浸る。悠久に引き延ばされた10分は、田舎の景色や、姪っ子の口ずさむ歌声を繊細に拾い集める上で、とても有意義な時間だった。勿論のこと実家のあるこの過疎地というやつは、いく場所が限られている。ショッピングモールがあるだけでありがたいわけだが。権威を主張するかのような駐車場に軽トラックを止めると、誘拐と思われないかなと、心配しながら、ショッピングモールに向かう。「何が欲しいの?」25歳差の会話が始まる。「どうしようかな...ポケモンの別バージョンにしようかな...もうクリアしちゃったし...おもちゃ売り場見に行ってもいい...?」「うん。じゃあこっちだね。」「...百合根ちゃん。テイラースウィフト好きなの?」「うん...お父さんが聞いてて好きになったんだ...」「あぁ...お父さん...音楽好きだもんね...」「...うん。......そうだね...」「......テイラースウィフトの..曲で何が一番好き?」「...なんだろう...Shake it off かな...」「そうか...Shake it offか...いいよね...」「うん...」
かろうじて沈黙が会話を押し潰すまでに、ヨドバシカメラのおもちゃ売り場に辿り着くことが出来た。この道のりが永遠に続くならきっと足腰より先に精神が壊れるだろう。うん、間違いなく。特撮コーナーを抜けた先にあるゲームコーナーを探すと、そこには色の統一された三本のポケモンのゲームソフトがあった。「どっちを持ってるの…?バイオレット?」「いや…ここにあるスカーレット…」「あぁ……」「特におもちゃは欲しいのないから…他の店見てみたいかも…」「わかった…じゃあ…文房具とかは?」「うん…足りてるかな…」「なら本とか…勉強になるよ…」「今欲しい本がないんだ…」「うーん…じゃじゃあ…楽器はどう?」「見に行ってみようかな…」「じゃあ…行ってみようか…」「うん…」楽器屋は、ヨドバシカメラを出て、左を曲がってすぐの所にあったので、精神が壊れずに済んだ。最初で最後に楽器屋に入った時のことを覚えている。次男の兄が持っていたギターを中3の時から弾き始めた。Fまで弾けるようになってやめてしまったけれど。ある日、弦が切れて、弦を買いに行った。弦を買うために往復四十分もかかる道を走ろうと思うくらいその時は、情熱があったんだ。その時の楽器屋の店員の人が金髪でピアスをつけたいわゆるロック的な人で、かっこいいと思いながらも怖くてどの弦が良いのかを聞けないまま、弦が置いてる周りをぐるぐる回っていた。そうしてると、その店員さんは思っていたより優しく話しかけてくれて、帰りはロックスターになるって河川敷で叫んで帰った覚えがある。見た目は大分変わったけど、店の名前が変わってなくて、なんだか心が温まった。姪っ子は姪っ子で、大量の楽器に興奮してるらしく、目を爛々とさせながら。「ギター買ってもいい?」声が裏返りながらそう言う。「どんなのでもいいよ。」「やった」小さな声で呟く。「好きなの選んでね。此処に座っとくから。」「うん!」早々に走り出す。椅子に座りながら、ボーッとする。貴重な暇を手に入れてもいつも睡眠に全ベットするから、いつも暇がないんだろう。眠気と戦うのをやめ、目を閉じ眠ろうとすると、肩が叩かれる。思わず、ビクッとして、右に顔を傾ける。「お子さんですか?」「あ...いや姪っ子です。」「あっそうですか。ギターですか?」「はい。好きなのをあげたいかなと思っていまして…」「そうですか…ならこれとかどうですか、大きさもピッタリですし、値段もお手柄ですし…」「これにしようかな」「これがいい…」少し遠くで聞こえる。「えっ」「これ買っていい…」姪っ子がこっちを見つめる。「ちょっと見せて…」15万円「どうしますか」「買います。」まぁそんな使うこともないし、いいか。財布は痛むけど。ギターを買い、車に向かう。行きよりは、なんだか分からないけど、距離は縮んだはず、多分。もう4時でも、冬になれば夕焼けが照ってくる。くたびれた田舎の道を抜け、実家に帰っていく。冷静になって帰り道を眺めると、古い日々の思い出を振り返る。巡る思い出と、自覚する老い。また今年も生きていくことを噛み締めていく。ふと横を見ると、外を見ていた姪っ子と目が合う。窓の奥の奥には、河川敷が見える。「夕日見ていく?」「うん…」河川敷に車を止める。田舎だから車をどこに停めても文句を言われない。いや言う人がいない。まず姪っ子を車から下ろし、折角なのでギターも下ろす。「ギター教えようか?」「いいの?ありがとう」夕日を眺めながら、自分が簡単なコードを弾き、姪っ子に渡し、姪っ子が真似をする。姪っ子からギターを貰い、また教える。繰り返す。30分の沈黙の後、会話を切り出す。「どう?最近は…」「楽しいよ…学校も楽しいし、勉強も難しいけど楽しいし…」「お父さんはどう上手くやれてる?」「いつも帰ってくるのは遅いけど。いつも優しいよ…上手くやれてるよ…」「なんでギター買いたいと思ったの?」「お父さんが音楽好きなの…家にいる時も車に乗る時もずっと聴いてるの…いつもしんどそうだけど、音楽聴いてる時には、いつも幸せそうなんだ。だから、音楽を聴かせてあげたら…喜んでくれるかなと思って。
」「そうなんだ…」ふと昔の親父の顔が浮かび上がる。これは、確か初めて料理を作った時の記憶だ。これが、料理人になりたいと思った時だった気がする。そんな思い出を閉じ込め、会話を続けようと姪っ子の方を向く。「あれなんで泣いてるの?」「えっ…あれっ?」「ごめん」目頭を押さえる。「もう時間だし帰ろうか。」「うん…」姪っ子の声は鼻声だった。車に乗り、お互い顔を合わせずに、実家までの時間を過ごす。実家に帰ると、兄が待っていた。そのまま姪っ子を兄に預け、そのまま実家の年末行事は終わった。
ーーーーーーーー
部屋に戻り、ベッドに入る。父と母と俺の住む実家は、いつものように静かに重たく今もここに存在する。天井を見つめ、自分の今を考える。そしてこれからのことを考える。眠気とのせめぎあいの中こぼれた「人生考えよう」という言葉が、部屋を満たした。




