地獄と天国の世界
死者の魂は天国か地獄に行きます。地獄は苦しみだけの世界…その中の「罪人」の魂が行き、その罪人は地獄で長年の苦痛を受け続け最終的に浄化されます。
天国は善行を積み重ねた魂が行き、そこでは何不自由無く、まさに極楽と言える世界です。
天国と地獄は偶然生まれたのではなく、必然的に生まれた世界。
地獄:地獄は天国と同様無時間性であり、永遠に続く今を実現させます。無時間性は単なる苦痛の延長ではなく全ての苦しみに関する無限の可能性であります。
そして、地獄には実は出口が存在するものです。存在する全てのものを内包(許し、苦痛、罪)し、償いが完了した時、存在は別の世界へと移動をするのです。永遠の苦痛には縛られるのではなく、別の存在へと生まれ変わる魂の変容としても地獄は必要とされているのです。
そして、地獄は天国のように新たな存在として創り上げ、破壊はせずに新たな道へと送り出します。
単に「罪人」として苦痛を与え続けるだけではなく、償わせることにより新たな存在として生まれ変わらせる世界としても見ることができるのです。
最後:この地獄の存在自体が天国の「完全な幸福、平和、愛」とは別の「完全なる力、真理」として存在する必要があるのです。
天国:単に美しいだけではなく、全てにおいて完璧であり完全な愛、完全な平和、完全な幸福が欠けずに天国の世界では存在します。あまりにも完璧であるがゆえ「存在しない」ということは論理的に考えてもありえません。
その完璧さの為、The Larkはこの世界を創りあげなければならなかったのです。その為存在しないこと自体が不可能であり、存在しなければそれは完璧とは言えません。存在しないことよりも存在することの方が偉大なのです。
天国の世界では現実では避けることができない、矛盾や不和も解決してしまいます。現実世界では新しいものが生まれ、古いものは無くなってしまう成長の犠牲があります。しかし、天国は純粋な創造。何も破壊されることも無くなることもないのです。現実では生があれば必ず死を迎えますが、天国には死の概念がありません。生命は永遠です。
現実では物理的な距離や時間の流れが、出来事を隔だてますが、天国は時間や空間の制限は無く、全ての存在、出来事が永遠に同時に存在します。この無時間性などは神の属性にも属します。
天国と地獄はどちらも、樹木の超越性、無限性では満たせない程の世界としてそこに存在しています。神々からは両世界とも互角と言っていいほどの存在として見られており、非常に興味深い世界としてもかなりの良い評判があります。
天国と地獄はこれからも完全性を成り立たせる為に動いていくでしょう。




