わたしのお姉ちゃん
私は生まれつき目が見えなかった。
でも優しい父と小さなお姉ちゃんが居たからとても幸せに生きていくことができた。
お姉ちゃんは少し小さく足の関節は両足とも変な角度で曲がっているのでいつも四つ足で歩いていた。
父は仕事に家事と大忙し、私が点字を習い始めると父も習い始めた。
最初に父が書いた点字は指でなぞっても内容が解らず音の羅列のようにしか感じられなかった。
2、3回なぞってはっとなって右から読んでみると意味がはっきりと解った。
買い物に出ていくからお留守番お願いね。今夜はお姉ちゃんも大好きなお魚だよと。
点字は読む時は左から右へ、書く時は右から左へと書くのに父は間違ってしまったらしい、内容は仕事が長引くので晩御飯は冷蔵庫の中に入っているよとの事だった。少し抜けた優しい父と姉とで凄く幸せに暮らせていたのもそう長くは続かなかった。
父は交通事故でなくなり質素倹約に努めれば一生食べていくのに困ることはない金額が入ってきた。
私は学校にも行かなくなり、奇妙な学校のお姉ちゃんと二人で生活することを選んだ。
お姉ちゃんは、足の奇形もあっていつも手もついて四足歩行。
言葉も話せずいつも「なー、あー」と私に話しかけてきた。
言葉の長さ、声の大きさ、音程の高さなどでお姉ちゃんの感情はすぐに私に伝わった。
お姉ちゃんは、背中の体毛も濃くて触ると最初はひんやりだけど触り続けているとお姉ちゃんの体温を感じることができた。
それにお口も大きく横裂け、歯並びが悪いのか尖った歯が多かった。
私はいつも近所のスーパーで電話注文で1週間分の食料をお願いしていた。
そこのお店には雑貨や洋服も置いてあり足りなくなったたらそれらもお願いしていた。
毎朝お姉ちゃんは私の事を起こしにやってくるフローリングの床を歩いてきた冷たい手のひらを私の顔に当てる。
何度も何度私に話しかけながら、私はそんな素敵な時間を楽しむためにわざと置いても5分間は寝たふりを続ける。それ以上するとお姉ちゃんは怒って、その乱杭歯で噛みついてくるのだ。
噛みつかれる前に起きてお姉ちゃんにおはようの挨拶をすると、台所で私とお姉ちゃんの食事を作る。
お父さんから言われた、お姉ちゃんは体が弱いからしょっぱいものは駄目だよの忠告を守り、鶏肉とブロッコリーのサラダを作る。もちろん私の分もだ。そして私の食パンを焼きいただきますをするのだが、お姉ちゃんとは同じテーブルには座れない。
なのでランチョンマッマをひいてその上に料理を出す。一言短めに「あっ」とうれしそうな声を上げて食べ始める。私も姉が食べ始めたのを確認してから自分の分のご飯を食べ始めるが、お姉ちゃんの横に裂けたお口であっという間に平らげてしまう。
食べ終わると食器を片付けて、洗濯し、床の拭き掃除をする。目が見えないので雑巾で手探りで拭き掃除、何年も続けているのでもう拭く場所も頭の中に入っている。
お姉ちゃんは食後は窓際でウトウトと眠っている。
お姉ちゃんは歩く、軽く走るは四つ足で軽くこなせるが、手が不自由で何かを持ったりする事は出来なかった。
私は雑巾がけが終わると洗濯機から洗濯物を取り出して室内の洗濯物干し場へと干してゆく。それが終わるとお苗ちゃんの寝ている窓際に行き、そっと隣に座るそうするとお姉ちゃんはやっと来たかと言わんばかりに、私の太もものところへ顎を乗せてまた寝息を立てて寝始める。私はお姉ちゃんのお腹に手を乗せ、呼吸の為にお腹が膨らんだり凹んだりするのを感じるのが好きだった。そして日が沈むまで私とお姉ちゃんの無言の交流は続く。
そして夕方、お姉ちゃんの催促のもと晩御飯の支度に取り掛かる。
今日はお姉ちゃんの大好きなお魚だ。
お姉ちゃん今日はお魚だから楽しみにしててねと言うと、ぅあ〜んと喜びの声が聞こえてきた。
そうして二人の幸せの時間は18年続いた。
ある日いつもの時間になってもお姉ちゃんが朝起こしに来ることがなかった。いつもぴったりの時間に起こしに来るはずなのに、今日は1時間待ってもお姉ちゃんは来てくれなかった。
私は不安になりお姉ちゃんの名前を呼びながら家中を歩いた。もしかして床で寝てるのかなとも思い、フローリングの床を全部雑巾がけの要領で探したけどいなかった。
そして和室に入った時に押入れに手が触れた時に少し空いているのを私は発見した。開けた覚えのない押入れ、中を確認するとお姉ちゃんが眠っていた。いつもと違うのは身体が冷たく、固く強張ってとても小さく感じた。
お腹に手を当てても動くことは一切なかった。
私は涙をぼろぼろ流して泣いた。毛布に姉を包み一晩中抱いたがお姉ちゃんの体温が戻ることはなかった。
私は庭に出てお姉ちゃんを埋める穴を掘ることにした。庭の倉庫にお父さんが使ってたスコップがあった筈なのだが、錆びて固くなった倉庫を開けることが出来ずに手で庭の土を張ることにした。
最初は草の根で手では掘りにくかったので根をちぎり、掘れそうになったら小さな小石が爪の間に入り爪が剥がれ血が出た。
お姉ちゃんの体格が小柄でもしっかり埋めるのには大きく掘らなくてはいけない。掘り終わった私の手はとてもひどい有様だった。爪は剥がれ指先は血と泥と草の汁で汚れていた。
完全に埋葬が終わっ時にいつもスーパーの配達をしてくれているお兄さんのが話しかけてきた。週に1日聞く声だ。何をしてるの?と聞かれたので私は姉とたった今別れたとこらです、涙を流しながらとその人に血や泥で汚れた両手を開いてみせた。