キャバクラ『パック』2
エリコは直ぐにキャバクラ『パック』に戻って社長の山本珍太の席に座った。
「エリコちゃん、エリコちゃん。なんで、さっきさぁ、強烈なビンタをしたのよ?」と社長の山本珍太は真っ赤になっているほっぺたを撫でながら言った。
「だって、社長のほっぺたに蛾が止まっていたんですもん」とエリコは言って手鏡を差し出した。
「あーっ、本当だ! 蛾が平べったくなってる! 平べったくなったのは自分で撫でたのもあるかもしれない」と社長の山本珍太は言って張り詰めた緊張の糸をほぐした。
「はい、社長さん、どうぞ」とエリコは言って再び熱いおしぼりを渡した。
「ありがとう。グワッ。気持ちいいわ」と社長の山本珍太は言って熱いおしぼりで顔を強く拭いた。
「ほら、エリコちゃん、蛾だよ。蛾」と社長の山本珍太は言っておしぼりに付着した平べったくなった蛾を見せた。
「本当だ。蛾だ、蛾」とエリコは言っておしぼりを受け取ると傍にいたボーイに手渡した。
「社長さん、残り時間、10分になってるよう。延長する?」とエリコは心配そうに言った。
「2時間延長するよ。エリコちゃん、語ろうよ。現代について色々と語ろう」
「うん、社長さん、語ろう語ろう」
社長の山本珍太はファミコンの話をした。名作『ポートピア連続殺人事件』についての疑惑について熱弁しだした。
「エリコちゃん、私はね犯人は他にいると思う。ヤスではない。ヤスは誰かを庇っている」
「社長さん、さっきの話だと犯人はヤスだと言っていたような」
「確かにヤスっぽい。ヤスっぽいけどヤスっぽくない。ヤスは誰かに脅されているんじゃないのかな?」
「社長さん、いきなり犯人の話から、し始めた話だけども、ポートピア連続殺人事件って何なんですか? 全くわたすはよくわからない話だけども」
「ひらたとか、としゆきとか知ってるかい? ふみえとか、スナック『パル』とか、コメイチゴとか」
「何のことやらチンプンカンプンです。それよりも社長さん。Swich3が密かに早くも開発中だとか」
「へぇ~。予約しちゃおうかな。エリコちゃん、ところでさ、カズはいつまでサッカーやると思う?」
「死ぬまでじゃないですかね」
「エリコちゃん、カズをワールドカップに連れて行ってほしいよな」
「社長さん、本当ですよね。カズは頑張りやさんだからね」
「エリコちゃん、現代について語るって楽しいよね」
「楽しいです楽しいです」
社長の山本珍太とエリコは1時間近く、あっちこっちに話が飛びながら、再び『ポートピア連続殺人事件』の同じ話を繰り返していた。2人とも泥酔していた。
「ヤスが犯人じゃないなら誰が犯人か社長の見解を伺いたい」とエリコは定まらない焦点を必死に合わせようしながら話した。
「たぶん、ヤスっぽいけど犯人はヤスじゃないから。絶対にヤスじゃないから。私はヤスの潔白を信じて今からエニックスに電話しようと思う」
「社長さん、それがいいわ。エニックスが何だか知らないけれどもエニックスに電話しよ電話しよ」
社長の山本珍太は電話を掛けた。
「もしもしエニックスですか? お世話様、社長の山本ですっ」
「頑張れ社長さん!」とエリコは横から大声で励ました。
「エニックスさん、犯人はヤスじゃないと思います。僕はヤスの弁護士になっても構いません。エニックスさん、お願いです。ヤスを釈放してあげてください。お願いします。お願いします」
エリコは社長の山本珍太の熱意ある言葉に胸を打たれていた。
「社長さん、私に代わって」と言ってスマホを奪い取ると話し出した。
「エニックスさんでしたかね、私、エリコです。お願いします。ヤスを釈放してあげてください! ヤスは悪くないです! 悪いのは、誰だっけ? ひらたとかだと思います」と言ったエリコは耳を澄まして返事を待った。
「どちら様ですかね。こちら警察ですけども。詳しく話を聞かせてくれませんかね? 犯人はヤスじゃないとは一体どういう事なんですか? 事件性のある緊急な電話なんですか? 近くに交番はありませんか?」とモノホンの警察署に間違って掛けた社長の山本珍太だった。
エリコは急いで電話を切った。
「社長さん、エニックスじゃないですよ。警察に掛けてましたよ」
「エリコちゃん、エニックスじゃなかったの? あたたたた。間違い電話しち」
「社長さん、延長しますか?」とエリコは話を遮って言った。
「延長する。あと1時間」
「はーい」とエリコは嬉しそうに言った。
おしまい