60 交渉
ジュエル学園・高等部。
進路指導室。
岩沼は鼻歌まじりにパソコンを操作する。
平藤教授にデーターベースを送信した。
それは生徒の個人情報……、
太郎の成績票と家庭調査票だった。
岩沼に躊躇いはない。
罪悪感、皆無だ。
どうやら善行のつもりらしい……。
平藤が創立開校したパラディ大学、
フランス語で楽園……、だ。
キャンパスは奢侈を極めてゴージャスだ。
それはまるで西洋の古城のようだ。
当然ながら、
学費や諸経費、バカ高い。
大金持ちの子息子女専用……、
そう言っても過言ではないだろう。
大学の特色……、華やかだ。
暗黙知と形式知を高め人格と人脈形成を図る。
最先端の知識知見、情報分野の習得、
帝王学を伝授する。
大学長、教授陣……、
錚々たる面々だ。
さらには長期海外留学等々、
国際的付加価値のある体験が組み込まれている。
岩沼は黙考する。
……それにしても太郎は運がいい。
共通テストを派手にしくじった。
しかしすぐに幸運が舞い込んだ。
パラディ大学・奨学生となれば!
勝ち組人生、確定したも同然だ。
富・地位・名誉、
そのすべてを手中にするだろう。
しかしこの幸運、
この俺が担任だったからこそだ。
俺の心は海よりも広い。
不憫で惨めな教え子・太郎……、
お前に救いの手、差し伸べてやる。
社会的成功者の道、プレゼントしてやる。
ただし!
それには条件がある。
それは平藤教授との奴隷契約だ!
ジュエル学園・高等部。
進路指導室。
高校三年生は自宅研修期間中である。
岩沼は太郎を呼びつけていた。
首を長くして待ちわびる。
ガラリ……、
引き戸が開く。
太郎が入室した。
「失礼します」
岩沼は早速、悪態をつく。
太郎を侮辱する。
「太郎……、
共通テストの自己採点結果、驚いたよ。
なんだよ? あの点数は?
お前には心底ガッカリした!
失望したよ」
「はい」
「なんだ?
そのポーカーフェイスは?
反省していないのか?
それとも……、
ひとりでメソメソ泣いたのか?
笑えるな」
「…………。
座っていいですか?」
太郎はわずかに肩をすくめる。
向かい合って腰掛けた。
岩沼は踏ん反り返る。
高圧的に言葉を続ける。
「今まで模試の結果が良かったからな?
期待して特別扱いしていたんだ。
だけど本番に弱いとはダメすぎだろう?
第一志望は絶望だ、潔く諦めろ。
確か滑り止めは……、
私立・プリンス大学、ひとつだったか?」
「はい」
「あーっ、あーっ!
可哀そうに!
金のない親に遠慮して受験校を減らしたんだったな?
憐れなまでに健気だねえ」
「…………」
「どうやらお前は本番に弱いからな?
滑り止めも落ちるかもな?
惨めったらしい負け組だなあ。
親ガチャにハズれた不運を恨めっ」
「…………」
岩沼は前のめりになる。
ニタリ、
厭らしく笑う。
「そこで、だ。
担任の俺がお前に助け舟を出してやる。
最高の大学を紹介してやるよ」
「最高の大学?
それは……、どこですか?」
「聞いて驚くな?
メディアで話題のパラディ大学!
俺の大学時代の恩師が開校したんだよ。
金持ちの優秀学生だけに門戸が開かれるというアレだ。
最先端の情報分野が学べるぞ?
世界屈指のナレッジ機関だぞ?」
太郎は小さく息を漏らす。
「パラディ大学……、
そもそも願書を出していません。
それに高額学費なので難しいです」
「安心しろ!
俺の推薦状があれば受験できる。
それに……、
太郎は合格する手はずになっている。
それだけじゃない。
入学金、学費、留学資金……、
すべて奨学金給付してくれるそうだ」
「手はずって……?
それって裏口入学ですか?」
「ばっ、馬鹿を言うな!
優秀学生の推薦枠だよ!
面接のみで学科試験も免除されるぞ?」
「そんな制度……、
なかった気がします」
「馬鹿めっ!
極秘のスペシャル枠だよ!
俺はな?
お前の不幸な人生を案じたんだ。
同情心と親切心だっ」
「…………」
「そもそも、だ!
俺の指導に従わないから共通テストに失敗したんだよ。
せめて一度くらい俺の指導に従え!
志望大学を変更しろ!
パラディ大学に行け!
わかったか?」
ジッ……、
太郎は岩沼の瞳を見つめる。
そうして断言する。
「パラディ大学には行きません。
失礼します」
岩沼は焦る。
立ち去ろうとする太郎を引き止める。
「まっ、待てっ!
キャピタル大学……、
受験するつもりなのか?
諦めていないのか?」
「はい。
志望大学は変更しません。
キャピタル大学を受験します」
「ハアアアッ?
座れっ!
まだ話は終わってないぞ!」
「…………」
「共通テストの自己採点結果!
信じられないほどの低得点だったろう?
足切りの可能性が高い。
それでも最難関・キャピタル大学に願書を出すのか?
たとえギリギリ受験資格を得られたとしても、
本番の二次試験、
どれだけ加点しなければならないか……、
計算できているのか?」
「はい」
「ハアアッ? 無謀だよ!
阿呆だ!
俺が断言してやるよ。
お前は不合格だ!
よく聞け!
お前は絶対に落ちる! 失敗する!」
「…………。
そうですか」
「そうだっ!
だから俺の言うことを聞け!
今すぐに志望大学を変更しろ!
パラディ大学に行ってくれないと困るんだよ……」
「困る……、とは?
どういうことですか?」
「ゔッ……、太郎ッ!
お前は学費免除の特待生なんだからな?
せめて合格実績に貢献しろ!
そういうことだよっ」
「では両親と相談します」
岩沼は悪態をつく。
「高卒の親に相談……?
何を相談するっていうんだ?
無駄無駄無駄!
俺の指導に従えっ」
ぺこり、
太郎は頭を下げて退出する。
岩沼、
ドアが閉まる直前まで嘲る。
「カラッポ頭の親に相談?
バカラッポに相談?
ぎゃはははっ……!」




