59 密約②
麻布十番駅。
岩沼は電車を降りた。
時計を見る。
約束の十五分前だ。
しばし徒歩で移動する。
指定場所に到着した。
麻布・会員制レストラン。
ここは一般庶民は無縁の場所だ。
VIP感に溢れている。
名を告げると個室に案内された。
平藤はすでに着席していた。
岩沼は慌てて駆け寄る。
平身低頭する。
「平藤教授!
お待たせしてしまって申し訳ございませんっ」
ちらり、
平藤は座ったまま視線を向ける。
「やあ、岩沼くん。
久しぶりだね。
遠くからご苦労さん」
「センセイ……、
お元気そうで何よりです。
華々しいご活躍……、
日々、敬服いたしております!」
「まあ座って?
まずは乾杯しよう。
美味い日本酒と懐石料理、
御馳走するよ」
「光栄でございます!
ああっ、これは妻からです。
甘いものがお好きでしたよね?
人気の高級和菓子です」
「……ふうん?
それはどうもありがとう」
前振りが始まる。
ふたりは暫し歓談する。
そうして本題に入る。
「それでね?
岩沼くんに折り入って頼みがある。
聞いてくれるかな?」
「はいっ!
センセイの頼みとあれば何なりと!」
平藤は改まる。
ジッ、
岩沼の顔を凝視する。
「確か君が受け持つクラス……、
Sクラスだったよね?
とびぬけて優秀な学生……、
居るのかな?」
「中堅の進学校ですが……、
まあそれなりに……」
「うん、そこで本題だ。
地頭がいい学生、
パラディ大学に斡旋してもらいたい。
それも今すぐに、だ」
「はあ……?
えっと……?」
「わたしが開校したパラディ大学、
世界から精良なる大学だと周知されたい。
そのためには実績が必要だ。
手っ取り早い方法、
それは優秀人材の囲い込みだ。
キャピタル大学に入れるレベルの学生、
今すぐに欲しいんだよ」
「なるほど。
ああっ、それなら!
先日の共通テスト、
派手にしくじった男子生徒が居ます」
「優秀なの?」
「キャピタル大学合格……、
確実視されていました。
模試では常にA判定でした。
ですが本番で失敗して……、
キャピタル大学は足切りになるかもしれません。
第一志望合格は厳しいでしょう」
「へえ? それは良いね。
じゃあその彼……、
パラディ大学に入学するよう説得してくれる?」
岩沼は目を丸くする。
「いやいやいやっ!
あいつの家は貧乏で……、
高額学費など払えませんよ?
何しろ親が低学歴・低収入ですから!
必須である海外留学の金……、
捻出することも困難でしょう。
セレブとは無縁の学生です。
上流階級仕様のパラディ大学、
太郎には高嶺の花ですね」
「ふうん?
太郎くん……、というんだね?
第一期生は広告塔だ。
給付型奨学金で対応する。
要するに……、
太郎くんは入学金・学費・留学費用、
すべて無料だ!
これでどうかね?」
「しかしそれでは……、
太郎ばかりが得をして……、
何だか面白くないですね」
「君は相変わらず馬鹿だなあ?
太郎くんが成功者になった暁に、
色を付けて回収させてもらうつもりだよ?
つまり先行投資だ。
盛大に恩を売っておくことが重要なんだよ。
ご両親が無知なのも良い。
下手に利口だと扱いにくくて騙しにくい。
実に丁度いい」
「なっ、なるほど……」
「もちろん!
岩沼くんにも謝礼を弾むつもりだよ?
ほらほら、先に渡しておこう。
一部だけど受け取って」
「わわっ! こんなに?」
「奥様やお子さんたちに何か買ってあげなさい。
岩沼君は新車でも買えばいい。
これは領収証のいらない金だ。
好きに使いなさい」
「あっ、ありがとうございます!
助かりますっ」
「太郎くんの成績表と模試の結果、
それから家庭調査票、
データ資料として送ってくれるかな?
明日の昼までに、ね?」
「はい!
承知いたしましたっ」
「よしっ、契約成立だ。
成功報酬は弾ませてもらうよ。
さあさあ、もう一度乾杯しよう」
「はいっ」
ふたりは謀略談合に花を咲かせる。
同胞として酒を酌み交わした。
藍方星。
露見の泉。
ヒミコン、
感応透視を開始する。
岩沼の心中、読みとる。
……チッ、
ヘッドハンティングではなかったか……。
だがしかし大きな臨時収入を得たぞ!
太郎……、お前は運がいい。
早くも救いの神が現れた。
大学費用……、無料だぞ?
すべて俺のお陰だ。
俺に感謝しろ! 俺の役に立て!
太郎、俺にひれ伏せっ……!




