58 密約①
年が明けた。
寒風が吹きすさぶ。
一月半ば、
某試験会場。
全国一斉・大学入学共通テストが実施された。
当然、太郎も受験していた。
二日間の本試験を終えた。
太郎は帰宅する。
夕食を取りながら家族と団らんする。
束の間の休息をとった。
翌日の朝、
太郎は担任・岩沼に電話をかけた。
共通テストの自己採点結果、報告した。
ジュエル学園・高等部。
職員室。
学園に衝撃が走っていた。
なんということか!
特待生・太郎……、
共通テスト、派手にしくじったというのだ!
教師陣、耳を疑う。
その点数の低さに頭を抱える。
悲嘆の声を上げる。
……嘘だろう?
共通テストの模擬試験、
いつだって全国上位だった。
余裕の高得点を叩き出していた。
模試は常に完璧だった。
いつだってA判定だった。
それなのに! よりによって!
本番で失敗したのだ。
現況……、もはや危うい。
キャピタル大学、
足切りになるかもしれない。
受験資格、
得られないかも知れない……!
学園長は呆然と立ち尽くす。
思わず天を仰ぐ。
……ああ、なんということだ。
太郎君が本校の進学実績……、
華々しく飾るはずだった。
キャピタル大学合格……、
確実視していた。
しかしそれはもう夢物語だ。
期待の星から輝きが消えた。
本校の桜の花……、
儚く散ってしまった。
どんより、
職員室は絶望に沈み込む。
がっくり、
教師陣は肩を落とした。
担任の岩沼、怒り心頭だ。
わなわな……、震える。
憤りを隠すことができない。
岩沼はひとり、職員室を離れた。
ガラッ、
誰もいないSクラス教室に入る。
ため息混じりに教壇に立つ。
「くそったれっ!」
バアンッ!
両拳で教卓を殴りつけた。
骨まで響いてジンジンする。
フ―ッ、フ―ッ……、
頭に血が上る。
荒く乱れた呼吸を整える。
しかしイラつく感情、抑えることができない。
親指の爪を噛む。
うろうろ、教室を歩きまわる。
太郎の席の前に立つ。
「チッ、
忌々しい……!」
椅子と机、
思いっきり蹴り飛ばした。
ピピピピッ……!
岩沼のスマホが鳴り出した。
苛つきながら発信者の名前を確認する。
途端に目を見張る。
驚きすぎてスマホを落としそうになる。
大慌てで電話に出る。
わかり易いよそ行き声を発した。
「いっ、岩沼でございますっ」
≪平藤だ≫
「はっ、はいっ!
平藤教授!
お電話いただくなんて光栄です!
いかがされましたか?
≪元気かね?≫
「はい……、ああっ!
この度は『パラディ大学』創立開校、
おめでとうございます!
国際的な新教育機関なのだそうですね?
メディアで拝承いたしました。
相変わらずのご活躍、素晴らしいですっ」
≪雑誌も見てくれたかね?≫
「もちろんです!
平藤教授が掲載されているもの……、
すべて! 拝見いたしましたっ」
≪ふむ、そうか。
それではパラディ大学の目指すもの……、
内容把握できているかな?
国際社会に通用する人材育成に力を入れたくてね?
ナレッジ型の帝王教育とでもいうのかな。
飛びぬけたVIP人材の育成……、
要人育成が目標なんだよ≫
「はいっ!
先進的発想、さすがでございますっ!
創立祝いのお花……、
受け取っていただけたでしょうか?」
≪ああ……、あれね……?
数百個届いた胡蝶蘭の中で、
君から贈られたのが一番小さくてかわいかったよ。
どうもありがとう≫
「あっ、はっ、もっ、申し訳ございません!
何しろ薄給なもので……、
お恥ずかしいです」
≪ああ、そうそう、
明日の晩、会えないか?
頼みたいことがあってね?
悪い話でもないよ?≫
「明日……、ですか?
わたしに頼み……、ですか?
はっ、はいっ! 何があっても!
行かせていただきますっ」
≪場所と時間、
後ほど秘書に連絡させるよ。
じゃあ明日、楽しみにしているよ……≫
通話が終了した。
岩沼は今だ緊張が収まらない。
直立不動のまま立ち尽くす。
平藤教授……、
岩沼の大学時代の恩師である。
齢は六十代後半。
フルオーダーの高級スーツを着こなす紳士だ。
上品な風貌に穏やかな話し口調、
一見すると優し気だ。
しかし平藤は只者ではない。
教育界をけん引する重鎮である。
さらには実業家の顔も併せ持つ。
企業や国際機関にも強い人脈を有している。
政界・財界・経済界に顔が利く大物有力者なのだ。
平藤教授、
謂わずと知れた教育界の裏ボスである。
敵に回したならば最後、
教育界では生きていけない。
それどころか、
事業やビジネスにも支障が出る。
下手をすれば、
潰されて社会から抹殺される。
そう陰で囁かれている。
つまり岩沼にとって、
誰よりも怖い存在である。
不文律として、
決して!
平藤教授には逆らってはならない!
岩沼は妻に電話をかける。
「ああ、マコ?
明日の晩、平藤先生と会うことになった。
ああそうだ、あの平藤教授だ。
もしかすると……、
ヘッドハンティングされるかもしれないぞ?
気合を入れて準備を頼む……」




