第二章 三幕-感情-
埃にまみれ、年季の入った長い階段を下った先に広がっていたのは、机上の蝋燭に照らされた地下室だった。
縛られた両腕に気を配りながら、薄暗い部屋を遅々と進んでいった。
次第に暗闇に目が慣れてきて、部屋の様相が見えてくる。
石造の古びた壁一面に掛けられていたものに気付く。
そこには、多種多様の寸尺、使い込まれた刃先、血の滲んだ柄...。
数多の命を屠ってきた凶器が大量に置かれていた。
額から汗が、砂のよう零れ落ちる。
身体の震えを抑えるのに精一杯だった。
そんな私を横目に、遊馬が駆け足気味に凶器に近づく。
鍔の欠けた刀を足で倒し、縛られていた両手を刃先に掛け、瞬く間に縄を切ってみせた。
「どんだけ太い縄で縛ってたんだよ...。来い笛吹。解くぞ、縄。」
こんなときにも冷静に対処する遊馬。呆気にとられていた自分が恥ずかしくなる。
「ありがと...。凄いね、遊馬は。いつも慌てずにこうやって対処してて。私は...。」
「顔に出てないだけだ。...後悔は心ン中にビッシリだ。多分、お前と同じで。」
「...そっか。」
少しの沈黙が場を冷ましたとき、再び遊馬が口を開いた。
「本当に悪かった...。兼坂が襲いかかられる前に、アイツの存在に気付いてれば... お前の手を引く前に、もっとやれることはあった筈だ...!」
遊馬の顔が徐々に崩れ始める。歪んだ目元は充血し始め、涙が溢れていた。
「助けることは出来たはずなんだ絶対...!畜生......!畜生.........!」
「遊馬...?」
溢れんばかりの感情が押し寄せ、膝から崩れ落ち嗚咽しながらただ叫ぶ姿を、私は見ていることしか出来なかった。
こんな遊馬は初めて見る。いつもと変わらずクールな雰囲気の裏には、やはり深く刻まれた無念が色濃く残っていたようだった。
「うあぁぁぁぁ......ゔぁぁぁぁあああああ......!」
遊馬の流す涙が私にも伝染しかかったが、拳を握りしめてなんとか堪える。
今私も泣き叫んだら、今まで支えてくれた遊馬に顔向けが出来ない。
今は、私が頑張る時間なんだろう。
私は腰を落とし、ただ嗚咽する遊馬の肩に手を当てた。
触れた瞬間、遊馬の泣き声が少し大きくなった気がした。
5分ほど経った頃、遊馬も心の整理が少し付いたようだった。
呼吸を整え、顔を覆う水を拭う。
拭った顔は、いつもの表情の薄い遊馬に戻っていた。
「...すまん。柄にもなく取り乱した。面目ない。」
「遊馬はその顔が一番似合ってるよ。」
「どういう意味だ...。」
「別に?...ふふ。」
久方ぶりの、少し他愛のない会話が出来た気がする。
やっと、張り詰めた緊張がほぐれた感覚があった。
遊馬と一緒に立ち上がり、部屋の散策に乗り出した。
遊馬が蝋燭を手に持ち、二人固まって四方の壁に光源を当てた。
煤塗れで一瞬分からなかったが、膝下ほどの高さの棚の存在に気付く。
ほとんど空で、数か所割れ欠けてるほど放置されていたが、一冊それなりの厚みのある本が置いてあった。
舞う埃に鼻元を抑えながら表紙に書かれた文字を読んだ。
【褪世島】
褪せた世の島...。なにか意味深なワードが引っかかる。
この島の名前なのか。だとしたら、この島の秘密はこの本に載っている...?
蝋燭を再び机に置き、遊馬と一緒に本を開くことにした。