第二章 二幕 -邂逅-
...暗闇の中で誰かがこっちを見ている。
遠くて誰かは分からない。
私はただ誰なのか、前方の人物に話しかける。
「ェ...?」
聞こえた返事と当時に私はゆっくりと歩く。
「エェ...?」
徐々に声が大きくなる。
私は沸々と襲ってくる恐怖と戦いながら、また一歩、地面を踏みしめる。
「ネエェ...?」
「ねえェ...?」
その声色は確かに、いつも私の隣で微笑みながら語りかけてきた、馴染み深い声だった。
だけど、やっとの思いで開けてきた視界から入る情報が、その声を拒む。
「あかねェ...?」
肌は爛れ、眼球は潰れ、失くした片腕から滴る血が、私を幻想から突き放す。
「なんデ」
「ウチヲ 見捨テタ ノ ...?」
人とは形容しがたいなにかを避けるように頭を覆い被さったとき、私は目が覚めた。
「目覚ましたか、笛吹。」
声と目に映る姿が一致したことに安堵を覚える。
少しだけ冷静さが戻り、周りを見渡す。
古く、少しほこりの被った木造の小屋のようであった。
酷く殺風景で、額縁が一枚、壁に掛けられている程度の代物だ。
昏睡してから、私達を襲った人らがここに連れてきたのだろう。
そのまま周辺を見て回ろうとして、ようやく私は手元に残る違和感に気付く。
背中側でキツく縛られた手が徐々に痺れを覚えてきたらしい。
結局冷静さを欠いていた事実に少し気を落とす。
だがそんなことを言っていられないのも確かだ。
遊馬は顔にこそ出ていないものの、額から光る汗が、その焦りようを物語っている。
どうにも為す術は無いか、普段奥底に仕舞っている脳みその奥の方を働かせていたときであった。
「女も目が覚めたようだな...」
建付けの悪い扉の開く音とともに、装束を身に纏った男が口を開いた。
「もう一人の女は...。知っているとは思うが、我々で火葬をさせて貰った。一応、お悔やみを。」
男は神経を逆なでするように、淡々と言葉を紡ぐ。
火葬なんて冗談じゃない。あの惨状はむしろ、まるで焚き火の生木のような扱いだった。
男は更に幕仕立てる。
「さて...。単刀直入に問う。君たちは何をしにこの地まで来た?」
「...旅行。貴方達が殺した子...恋詩の立てたプランがこの島での短期間サバイバル...。それだけ。私達に他意はないの。なのに...」
「この女はそう言っているが?」
「...それ以上でもそれ以下でも無ぇよ。なぁ...。兼坂を殺す必要はあったのかよ?アイツはただ純粋にこの島を...!」
「お前らが真意を語るまでは、こちらは何も言うまい。」
男はあくまで、私達のことを怪しむ姿勢を見せる。
落ち着いた口調とは裏腹に、その目に光はなく、ただ悠然とした視線を送ってくる。
「一先ずこの縄解いてくれよ。話はそこからだろ。」
「目的の分からぬ者らの頼みを聞き入れる言われはないな。」
詰問を経ても考えを依然として変えぬその姿勢に、遊馬は深く背を丸める。
落胆したかに見えた不格好な姿から、視線を男にやり、対抗するかのように男を睨みつけた。
「...人殺しが言えたことかよ。なんだ、兼坂は殺れて俺等は殺れねぇってか、あぁ...?」
普段の遊馬からは想像し得ない啖呵の切りように、私は少し唖然とした。
「見え透いた挑発よな。真意をその口から吐き出させた後、速やかに貴様らは葬る。...これ以上は時間の無駄か。」
男は最後までその圧を抑えず、そのまま背を向けた。
ただ、勢いよく閉めた扉の音からは、心の内から漏れ出た小さな怒りが感じ取れるようだった。
その瞬間であった。
建付けの悪い扉は、その振動を小屋全体に響き渡らせた。
振動を伝い壁、床、全てが小刻みに揺れている。
揺れが壁に掛かる額縁が、勢いをつけて落下した。
落下した先の床に、更なる衝撃が走る。
額縁に叩きつけられた一枚の床は、盛大な物音を立てて崩壊していった。
鼓膜をつんざく崩壊音に、思わず耳を塞ぎ、頭をかばうように瞬時に首が動いた。
音が落ち着き視線を再び、抜けた床に移す。
大きく空いた穴を覗き込む。
古びた木造の小屋とは裏腹に、精巧な石造りの階段が地下に続いていた。
被っていたホコリを吸い込み咳き込む遊馬。
口元を二の腕で覆いながらも、階段を覗き込む。
「ごほっげほっげふっ...。な、なんだ?地下室かこりゃあ...?」
装束を来た男、男が求める真意、そして恋詩が殺された理由...。
全てに疑問と謎が残る中、私は微かな手掛かりを求めて、地下室へと繋がる階段を下り始めた。
その階段を下る私の足は、いつものような恐怖は無かった。