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第一章 -狂騒-

少々グロ描写が含まれます。

苦手な方はお気をつけて御覧ください。

現在時刻 8時15分

冬休みで狂った体内時計には少々堪えるこの時間に、私たち3人は船着場に集まった。


それぞれが大きく欠伸をしながらも、これから始まる冒険に期待を膨らませていた。



澄み渡るほどの蒼い海に射し込む太陽の光が、世界の広さを想起させる。

未知の場所に赴く興奮は、これまでの旅行以上に抑えきれない。




無人島までは一隻の小型ボート、ただ1人手馴れてるであろうおじさんの操舵が、私達の期待と不安にそっと寄りかかってくれる。






8時30分。

ボートはノイズ混じりの汽笛と共に、静かにこの大陸から出航した。



「長年この稼業してるけど、あン島行くのは初めてだわ。あンさんら何しにあン島行くのさ」



「この3人でバカンスを、と思いまして...。こんな理由で向かうところじゃないですよね、あはは。」



恋詩が少しはぐらかして、おじさんにそう答える。

都市伝説の検証ついでにサバイバルなんて、人に堂々と胸を張れるものでも無い。

アンダーグラウンドな趣味だと、この3人は共通認識を持っている。


そんなところに、私は居心地の良さを覚えている節もあるのだが。




私と恋詩は初めての大海原に興奮し、見渡す限りの広大な海、そして遠くに浮かぶ地平線をただじっくりと眺めている。

遊馬は...相変わらず1人で考え事をしてるように、ただ1点を見つめてる。


こんな状況でも表情が普段と変わっていない。




数時間波に揺られ、そろそろこの海の景色に飽きが出始めた時、一面に広がる霧から、遂に無人島が姿を現した。




「ンじゃ、2日後にあンさんら迎えに行くからな。達者にやれよ〜。」





私達は大きな一歩を踏み出し、島に上陸した。





サラサラで黄金色に光る砂浜、視界を埋め尽くす青い森林、波の音と調和するように唄う島の鳥たち。地平線に向かって沈んでいく太陽。



いよいよこの島での生活が幕を開ける。




「もう夕方ね...。もっと寒くなる前にテントだけ張っちゃいましょう。有鐘、手伝ってくれる? 遊馬は火起こしとご飯お願い。」


「うん、任せて。」


「あいよ、とっとと終わらすぞ。」




遊馬が担いだリュックサックから、テントを涼しい顔で引っ張り出し、そのまま焚き火用の木枝を拾い始めた。

普段は素っ気ない表情の彼の目がいつも以上に鋭くなっていくのが見て取れる。


彼の内に秘めてるものは、なかなか計り知れない。


ただ黙々と手を進める遊馬に呆気を取られていたが、そんな私を置いて恋詩もテントを広げ始める。




右も左もわからない私を前に、恋詩は慣れた手付きでペグを刺す。

見様見真似で私も、ペグを砂に打ち付ける。




普段家に居てばかりの私にとって、キャンプの準備が整うこの快感の衝撃。

いつもこの二人は、私の新しい扉を開いてくれる。


そんなところも、私が彼女らを心から信頼する要因の一つだ。





かつてないほどに集中からか、気付けば日は暮れていた。




淡い緑のテントと私達を照らし、静かながらも豪快に揺らめく炎。

木の枝が弾ける音と、遊馬が作るキャンプご飯の煮えた匂い。



そこに私の腹の音を重ねてしまったのは少し恥ずかしかったが、皆で過ごすささやかなひとときに、私は心が澄んでいく感覚を覚えた。



ひとしきりこの空間を楽しんだ後、恋詩が若干の興奮気味に口を開く。



「明日はいよいよこの島の探索ね。一応通信用に無線機は持ってきたけど、基本は3人で行動ね。」


「前人未到だもんなぁ。何があるのかワクワクするよ。」


「先ずは島中央の探索だな。先に無線機くれよ。初めて見るんだよこういうの」



柄にもなく遊馬が浮ついている。


こういうガジェットでテンションがアガるのは、やっぱり男の子なのかな。


まぁ、私も少し無線機には心踊らせてはいるのだけれど。






次第に潮風が身体に障り始める。

冷え切った身体を暖めるかのように、私達はテントに敷かれた寝袋に身を包んだ。



明日の探索が、いよいよメインイベント。

この二人がいるのだから、危険があってもなんとかなる。


そんな根拠のない自信が、今の私を奮い立たせる。



私はまだ覚めせているその目を、無理矢理閉じて眠りについた。



『無人島ではなく、今現在も人が住んでる可能性あり』



そんな謳い文句を、なぜ私は今、思い出してしまったんだろう。
















翌朝。

支度を整えた私達は、無限に並ぶ森林の前に足を運んだ。


到底人が入り込む場所ではないその光景に、私は息を飲む。



「いよいよ本格始動ね...。一度来てみたかった...こんな人けのない島に...。」



恋詩がいつになく真剣な眼差しを森に向ける。

彼女の廃れた無人の島への愛が、ひしひしと伝わってくる。


今までの旅行からは考えられないこのスケールに、彼女の期待のスケールも相応なものになっているんだろう。



「さぁ、いざ出発よ。ウチを止められるものはなにもない!!」




昨日の取り決め通り、遊馬が先頭で最後尾に恋詩、真ん中には私が並んで、森の中へと歩を進め始めた。




「笛吹の為にもゆっくり行くからな。興奮して先行こうとするなよ、兼坂。」



「分かってるわよ。全員で楽しまなきゃ意味ないでしょ?」




改めてチームワークの良さに感動しつつ、私達は木々や草を掻き分ける。


今はこの仲間と、かすかに聞こえる鳥の鳴き声だけが、私の活力となっている。




圧倒的に体力のない私に合わせて、適宜休憩を挟みつつ、何かしらあるのを期待しながら着実に道なき道を歩き続ける。






この森の中に入ってどのくらい歩いたか不明瞭になったその時、次第に木々が少なくなり、少し開けた場所に出た。


流石に全員歩き疲れたのか、何も言わずにそれぞれがその場で腰を降ろし、座位をとって休憩を始める。




少し開けてきたとはいえ、未だ変わらぬこの景色に少し落胆していたとき、遊馬が一点を見つめながら顔を歪め、呟きはじめた。




「...なぁ。この島って前人未到のハズだよな。」


「そうじゃなかったらわざわざこの島選ばないでしょ、どうしたのよ急に。」


「...これってさ、いわゆる”けもの道”だよな?」


「そうだね。でもこの島にも動物くらいいるよ。」


「...なんで俺達が通ってないこのけもの道にさ。」







「足跡がしっかり残ってんだよ?」









『無人島ではなく、今現在も人が住んでる可能性あり』








遊馬の発したこの一言が、胸の奥に仕舞っていたこの謳い文句を一瞬にして想起させた。


鳥の羽音をよそに、私達はお互い顔を見合わせ、この状況を理解しようとした。




ただ、出来ない。


無人だと思っていたこの島に、原住民がいる。




理解は出来ないが、どうにかこの事態を飲み込んだとき、恋詩の表情はみるみる内に明るくなる。




「ってことは、ウチら凄い発見しちゃったんじゃない!?無人だと思われていたこの島に、人がいた!こんなの日本中に広めたら大変なことになるんじゃないの!!?」




もはや興奮を抑えきれなくなった恋詩は、勢いよく立ち上がり、けもの道の足跡を辿り始めた。



遊馬の静止をももはやきかず、私と遊馬は急いで恋詩の後を追った。






けもの道で足元は楽になったものの、草木はまた私達を覆うように広がっていく。

そんな草木をものともしない恋詩は、疲れも忘れ次々枝をかき分け、徐々に差を付け始める。




私の体力じゃあの恋詩には到底追いつけない。

遊馬も私を気遣って足を止めてしまい、遂に恋詩は遠くの方へ消えていった。




この状況下に、私は全身の汗を地面に垂らしながら、膝をついて呆然とした。




「おい、大丈夫かよ、笛吹!」




あんな恋詩見たこと無い。




「どうした、返事しろよ!!」




私達を置いていったこと現実に苛まれた私は、そのまま顔を突伏し、倒れ込んでしまった。




「おい冗談じゃねぇって、笛吹!」




無理したからかな、なんだか疲れが、一気に...




「笛吹!!!」


















〘聞こえる!??有鐘!遊馬!〙


...耳元にノイズの混じった声が聞こえたとき、ようやく私は我に帰った。




重たいまぶたをなんとかこじ開け、辺りを見回す。




暗い。


上空に目をやると、一面に星空が浮かんでいる。




あぁ。夜なんだ。


私、眠っちゃってたのかな。




まだ意識がはっきりとしていない中、遊馬が無線機を取り出すのが見えた。




「兼坂か!?おい今どこ居るんだよ、笛吹が...」




〘今来た道走ってる。助けて...!〙




焦燥に駆られたその声に、私はようやく目が完全に覚めた。




「おい、どうしたんだよ、おい!」






無線機からはっきりと聞こえた、助けを求める声。



次第に私も心の内が騒ぎ出し、気がつくとけもの道を駆けていた。



遊馬も慌てて走り出し、互いに合流を急いだ。








恋詩の元へ向かって3分ほど経った頃、前方から地面を蹴る音が鳴り響いた。




「恋詩!!!」




自然とその名を口にしていた。



恋詩になにがあったか分からないが、まず恋詩と合流出来たことに安堵する。



心配した旨を伝える暇もなく、恋詩は早々と言葉を紡ぐ。






「はぁ...はぁ...。 確かに人は居たわ。それもかなりの人数。この先に集落があるくらいにはこの島は発展していたの。 でも問題はそこじゃない。奴ら、ウチを見た瞬間、叫びながら追ってきたのよ。アレは普通じゃない。目が完全に逝ってた。」




「逃げてる最中もいろんな島民に出くわしたわ。でもその全員が、物凄い形相でウチのこと追いかけだして...しまいには”刃物”まで...。」






彼女が話す事柄に、私は理解がまたしても追いつかなかった。


全てにおいて突拍子がなくて、でも恋詩の焦る声色から、冗談ではないのは分かる。




「こんなところ来るんじゃなかった...早くテントに戻りましょう。早くしないと」




その時の私は、恋詩に気を取られすぎていた。


浅はかだった。


恋詩の背後に忍び寄る影に、一切気が付いていなかった。




「兼坂!!後ろの...!」




遊馬が気が付いたときにはもう遅かった。






恋詩が背後を振り向くその前に、そいつは両手に抱えた得物を振りかざした。




「...!!!」




得物が風を切る音と同時に、鈍い音が辺りに響き渡る。




私の視界は一瞬にして、赤く染まった。






右腕”だったもの”が地面に音を立てて落ちていく。




足元には鮮血がただゆっくりと、広がっていく光景が写る。




瞬時に恋詩の顔が歪んでいく。




目から涙が溢れ出し、絶望を体現したその表情をよそに、得物はまた天を仰ぎ、轟音と共に振り下ろされる。




右足、腹、左手首...。


矢継ぎ早に身体が、凄惨な量の鮮血とともに分断される。




「嫌...嫌ぁ.....いやだぁ........!」






恐らく遊馬であろうその手に私は引っ張られながらも、今目の前に起きてる光景を、ただ唖然として見ていた。


というより、身体を動かすことを忘れていたんだろう。






内蔵までも露出した恋詩に向けて、”奴”はなんども得物を振り下ろした。


そのたびに響く恋詩の声が、頭に焼き付く。


もうまもなく息絶えるであろう彼女に向かって、”奴”は、とどめと言わんばかりに




恋詩の首を分断した。




恋詩の身体から延々と流れ出ていた血液が、次第に止まっていく。




分断された恋詩の顔は、この世のものとは思えない、深く絶望に満ちた表情で、固まった。






狂気に満ちた”奴”の顔は、未だ恋詩の方を睨みつけ、一撃、また一撃と、恋詩の身体を破壊する。





肉は裂け、内蔵は爛れ、骨をも砕け散り、その全てを鮮血が纏うその姿はもう、兼坂恋詩と呼ぶには、あまりにもかけ離れすぎていた。








目の前で起こる現実に、私はただ叫ぶことしか出来なかった。

恋詩→こいし→koisi→koisy→sikyo→死去。

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