十六話 画竜点睛偃月刀流
ブラックウルフの重厚な前足からの素早い叩きつけが昭慧を狙う。
起こったのは車両全体に伝わる大きな轟音のみ。昭慧はそれを即座に見抜いて回避していた。
「遅い!」
そして魔物が攻撃を空振りした隙に、死角から飛び上がり、首を切り落とさんとする。
「へぇ、やるなぁ」
彼女のこの一連の華麗な動きに、気付けば恭也は感心の言葉を零していた。
偃月刀の刃がそれを討つ為に振りかざされる。
――カキン。
しかし、ブラックウルフの肉質は驚く程に硬く、生物のそれとは思えない刃を跳ね返す音が鳴り響いた。
「っ……何て硬さ……!」
首を落とす事が叶わなかった昭慧は地に足を着いた。
「このブラックウルフとやら、こんなに硬いのね――っと……」
間髪入れないブラックウルフによる噛みつき攻撃を、昭慧は回避に徹する。
「いいや、そいつが特別だな。魔物の強さは主である魔族のそれに依存する。やっぱこのブラックウルフの主はちょっと強いかもな」
「あらそう……!」
長々と恭也の口から語られる考察を聞き流している間にも、彼女はブラックウルフとの戦闘を繰り広げていた。
「これじゃ埒が明かないわね」
昭慧は偃月刀の柄を柄を床に突き立てる。
「異能力を使うわ」
続けてその宣言通りに偃月刀の刃が橙色に変化し、共鳴現象を発生させる。
「……何も変わってねぇな」
恭也は傍から彼女の様子を伺うが、目に見える変化は特にない。
「言ったでしょ。あたしの異能力はシンプルだって。まぁ見てなさい。すぐに分かるから」
彼女の言う通り、恭也はすぐにそれを知る事となる。
昭慧が偃月刀を構え、魔物のへと向かっていく。しかし、今までとは一線を期す程の速さで。
魔物は足元に移動したそれに反応出来ず、偃月刀が猛威を振るう。
先程と打って変わって、刃は黒色の毛並みに覆われた肉質へと入っていき、魔物の右前足を切断した。
胴体から離れたそれは黒煙となって消えた。
「――――――――」
ブラックウルフは右足を落とされた事によって声を上げ、体勢を維持出来なく崩れ伏せる。
「――良かった、この状態ならば刃は通りそうね……恭也、安心して良いわよ。こいつには絶対に負けないから」
不敵な笑みを向けられた恭也は、昭慧が持つ異能力について考えていた。とは言っても、それがどんな力なのか大体は想像がついていた。
「なるほどなぁ、確かにシンプルな異能力だ。んでもってシンプルに強い。さっきの瞬発力と言い、鋼のような肉質を破って足を切り落とした腕力。あんたの異能力は身体強化。そうだろ?」
「流石ね。こんな短時間で見抜くなんて。そう、私のそれは身体強化。自分で言うのもあれだけど、相当強力だと思ってる。クロノスの恩恵である身体強化に上乗せされて、更に底上げして強化出来るの」
どんな技術を身に付けようが、それを支える根源たるものが肉体的力。彼女はそう解釈し、己の異能力は強いと豪語しているのだろう。
「でも、これを使って攻撃が通じなかったらどうしようかと思ったけど、どうやらその心配は杞憂だったようね」
昭慧は再び偃月刀を構え、ブラックウルフの首を見据える。
「今度こそ首を落とすわ。それで幕引きよ!」
まだ体勢を立て直せていない巨体へと地面を蹴って向かっていく。
「――――」
しかしその直後、ブラックウルフは体を起こし、雄叫びを上げる。
「っ……何……?」
警戒して足を止めたのが仇になったか。ブラックウルフは残った三本の足で立ち上がり、次の瞬間その巨体でモノレールの壁を破壊し、車両の上へと向かった。
「逃げるつもり? そうはさせないわ!」
車内に流れ込む強風に逆らいながら、昭慧も車両の上へと出る。
「……よっと」
続いて恭也も上に登ると、ちょうど彼女と魔物が向かいあっていた。
「――――」
モノレールの路線に面する海の潮風が漂う中、ブラックウルフは再び声にならない雄叫びをあげる。
「おい、気を付けろ。そいつ何かしてくるぞ」
「ええ。奥の手ってやつね……!」
そして、その体に変化が現れる。黒く大きな胴体から肉を割くを音が聞こえ、それが生えるように姿を見せた。
その毛並みに溶け込むような漆黒の物体――まるで、コウモリが持つ羽のような大きいそれが、胴体の左右に生えて、宿主を宙へと羽ばたかせる。
「羽を生やしやがったな。どうやらあいつは空中戦をお望みみたいだぜ?」
「生憎、あたしは翔ぶ力は持ってないわね……でも、跳んで仕留める事は可能よ!」
戸惑うどころか意気込んでそう言う昭慧に、恭也は小さく笑う。
「んじゃ、最後まで頼むわ。龍」
「ふふ、昭慧で良いわよ。ええ、ここは任されたわ」
ブラックウルフは大きく口を開け、そこに炎を溜める。
「その首、今度こそ頂く!」
昭慧は勢い良く空中へ跳び上がり、今にも炎を吐き出そうとするブラックウルフへと向かっていく。
偃月刀を前方に突き出し、風を切り、標的であるそれを目掛けてただひたすらに空へ。その姿はまるで、竜のように。
――昭慧が構える偃月刀は、それに迫るだけに留まらず、ブラックウルフの胴体を貫く。
「はぁぁぁぁぁ!」
そして、胴体が刺さった偃月刀を海へと向かって振り下ろす。
「――――――」
ブラックウルフは胴体を貫かれた事によって断末魔を上げながら、大きな水柱を起こしながら海面へと勢い良く着水した。
水面には死体は浮かんでこず、ただだだ黒煙が立ち上っていた。
「……はっ。めちゃくちゃしやがるな、あいつ……」
その光景を恭也が車両の上から眺めていると、背後にトンと、着地する靴音が聞こえた。
「どう? バッチリ決めてやったわよ」
それは勇ましくガッツポーズを取っている昭慧のものだった。
「半端ねぇな、あんた。正直驚いたぜ」
「これくらい当然よ。あ、こっちでは朝飯前、とか言うんだっけ――こほん、画竜点睛偃月刀流中伝、龍昭慧にかかればこんなの朝飯前よ!」
「いや、態々言い直さなくても良いんだが……」
呆れた目で彼女を見る恭也は、その言葉のある部分に疑問を覚えた。
「画竜点睛偃月刀流……それがあんたの流派か?」
「……ええ、そうよ。あたしはその道を歩く者として、貴方に仕合いを挑む為、この国に来たの。楪一刀流、最後の弟子である貴方にね」
「……最後の弟子、か……」
恭也は少し考えてから小さく呟いた。
「……ま、受けてやっても……」
「え? 何か言った?」
「いいや、何も。とりあえず車両の中に戻ろうぜ」
「確かに。ここじゃ風が強くて落ち着いて話も出来ないわね」
二人は車両内に降り、恭也の提案でこれからどうするか考える事になった。