十五話 モノレールにて
茜色と黒色が入り交じった空の下を、走行するモノレールの窓から眺める恭也。
「……どうしてこうなった……」
彼は頭を抱えていた。その種となっているのが、隣に立って彼の対になるようにご機嫌で窓の外の眺める昭慧だった。
「中々ね、偃月の夕陽! 流石かの猛将、関羽の愛刀のそれから名を冠しただけあるわね!」
「青龍偃月刀だっけか。多分意味合いは違うと思うがな」
「まぁ確かにそうね。武器の名前を都市名にするってのは少し違うかも。恭也、貴方はどんな意味で付けられたと思う?」
「そうだな――」
恭也は考え込む仕草をするが、それは一瞬の事だった。
「じゃなくてだな……」
ハッと我に返り、現状がどうしてこうなったのかという思考に引き戻される。
「どうしてあんたが付いて来るんだ?」
「どうしてって……言ったでしょ? 貴方の用事をさっさと片付けて、あたしと仕合いをして貰う為よ。貴方も人手が増えて嬉しいんじゃない?」
「そりゃそうだけど……」
恭也が彼女の同行を煙たがるのには理由がある。
「あんた、俺の用って何か分かってんのか?」
「もちろん! それは……あれ……」
「俺は話してねぇぞ?」
「……そう言えば、まだ聞いてなかったわね……」
昭慧は何も知らないのに他人の事情へ首を突っ込んだ。つまりその辺りの事は何も考えずに行動している訳だ。
恭也はそれが気に入らなく、同時に厄介事を引っ張ってくるんじゃないかと警戒していた。
彼女が言ったように人手が増えるのは大歓迎だが、現状猫の手でも借りたい程の状況でもない。
リターンよりリスクを見据えて、恭也は昭慧の同行を良く思っていないのだ。
「はっきり言って、そういうところ含めて俺はあんたの事を信用出来てねぇ。この件に首を突っ込ませて良いのか決めかねてんだ」
「なるほどね。だから貴方は浮かない顔をしてたのね! 分かったわ、じゃあまずそれについて教えてくれないかしら?」
事情を話すくらいなら、と思った恭也だったが、そう簡単に事件概要を話してしまって良いだろうかと思い、一旦踏みとどまってポケットからディールを取り出す。
「ちょっと待て」
そして一本電話を掛けようとする。相手はもちろん今回の事件の指揮を執る刑事の東郷だ。
「……ん?」
しかし一向に電話は繋がらない。
「どうしたの? 電話を掛けるんじゃないの?」
ディールを耳元から離した恭也に、昭慧は不思議に思ってそう訊ねる。
「いや、繋がらねぇんだ。何で――」
と、その時、ディールの画面に潜む違和感を見つけた。
「圏外だ……」
「何が?」
「ディールがだ。圏外で繋がらねぇんだよ」
「本当?」
昭慧も自分のディールを確認すると、彼の物と同様の状態だった。
「何で?」
「知らねぇよ」
彼らが今いる場所は偃月市内を走行するモノレールの車内。大前提として、そんな場所でディールが圏外になる可能性は微塵もない。
「……けど、この状態おかしくねぇか?」
「状態? 圏外の事?」
「いや、違ぇ。俺達が今いるモノレールの中の状態だ」
「…………」
昭慧は何か気付いた様子で車両の中を見回す。
「……そういう事」
現在地の車両の中は、二人以外誰もいなかった。
「あたし達以外いないわね。この車両」
「どうやらこの車両だけじゃねぇみてぇだぜ」
一両一両を区切る扉の窓から、前に続く車両、後ろに続く車両の様子を伺うが、驚く事に乗客が誰一人乗っていなかった。
一両だけならまだしも、全車両が同じ状況。偃月市を代表する交通機関が、普段はこんな事は絶対に有り得ない。
「このモノレール全体が人払いされている……」
「みてぇだな。そんでもって、俺達が乗り込む時は悔しながら、微塵も異変を感じなかった」
「誘導されたって訳ね」
「そんでもってディールの不調。これが決め手だな」
「つまり、この状態は誰かの意思が介入して、意図的に作り出された……恭也、一つ問題と行きましょ。それを成したのは誰か……貴方は分かるかしら?」
「んなもん、問題になんねぇだろ」
恭也は続けてきっぱりと言い切った。
「魔族だな」
「正解。あたしも同じ考えよ」
「ああ。こんな芸当を出来るのは主に魔族くらいだからな。ま、あんたが異能力者でこの黒幕だって可能性も捨てきれねぇけどな」
恭也の冗談交じりの発言を、彼女は鼻で笑って一蹴する。
「あくまであたしを信用してないのね。でも残念、私は確かに異能力者だけど、こんな巧妙なものじゃないわ。もっとシンプルな異能力よ」
「んじゃその力、こいつを仕込んだ相手さんを叩きのめすのに使って貰うぜ」
「望むところ!」
昭慧が意気揚々にそう言い放った直後、二人の周囲に黒煙が立ち上る。
「どうやらお出ましのようだぜ」
黒煙は一点に集まって行き、しっかりとその様子を見る間もなく、それは漆黒の巨体を持つ獣へと変化する。
凶悪な爪を携えた四本足。モノレールの天井すれすれまでに高い背。そして唸り声と生臭い獣の匂いが混じる息が漏れ出す口の中には鋭く尖った無数の歯。それを一言で表すのなら漆黒の巨大な狼。
「はっ、相手は魔物かよ」
「魔物……魔族が使役する使い魔のような存在……魔族だったかしら?」
「ああ。それも多くの魔族が使役するありふれた狼型の魔物。こいつは黒い狼、通称ブラックウルフだ」
「それってCSのお偉いさんが名付けたの?」
「噂じゃ、あの柊名付けてるらしいぜ……ま、そんな事より、このブラックウルフちょっとでかいな。こりゃこいつの飼い主の魔族、ちょっと侮れねぇぜ」
「問題ないわ。あたしがどっちも倒すから」
昭慧はクロノスを取り出す。
「ねぇ恭也。貴方、さっき話に出てきた偃月刀の使い手って実際に会った事ある?」
「いやねぇな」
「そう……だったら、光栄に思いなさい! このあたしが特別に会わせてあげる!」
そう言って持っていたクロノスを起動させる。
細長い柄が一直線に伸びた先には、大きな刃。槍や薙刀ともまた違った姿の長物、偃月刀。それが彼女、昭慧の得物だった。
「恭也。貴方は後で見ていて良いわよ」
「じゃあお言葉に甘えて」
恭也は近くの座席に深く腰掛ける。
とは言っても、本気で傍観に回るつもりはそもそものところこれっぽっちも考えていない。恭也はやらせるだけやらせて、危険な状態に陥れば助けるつもりであった。
「ま、すぐ負けるだろうな……」
彼女に聞こえないくらいの声で恭也はそう呟く。
最初から期待されていないとも知らず、昭慧は偃月刀を構える。
「行くわよ、ワンコロ! すぐに片付けてご主人様を引きずり出してあげるから!」