十四話 屋上の果たし状
四月二十一日。
「んだよ、いきなりここに来いって」
恭也は放課後、とある人物に呼び出されていた。
「貴方が狩生恭也ね!」
日本人とは少し違う顔立ちに、長い緑髪をポニーテールにした女子生徒が人気のない屋上で高らかに恭也を指さした。
「そうだけど。あんた誰だよ? 急にディールのメールで呼び出しやがって」
それは午後の授業が始まる頃の出来事だった。彼のディールが差出人なしのメールを受信した。内容は簡潔なもので『今日の放課後、本校舎の屋上にて待つ』と一文だけ添えられていた。
「俺のメールアドレス、どうやって知ったんだ?」
「いつも貴方の近くにいる、妹に見えるような小さい女子生徒。あの子から聞いたの。貴方の知り合いって言ったら簡単に教えてくれたわ」
「あいつの仕業かよ……不用心だな」
その名前を口に出される事はなかったが、人物像が明解だった故に彼の頭の中には小夜未の顔が浮かんだ。
「昼休み教室に行ったら貴方がいなかったからね」
「だから態々メールを、か。そりゃご苦労なこった。んで、そこまでして俺に会いたかったあんたは誰なんだ? 生憎だが今色々と立て込んで手短にして欲しいんだが」
「あらそうなの? まぁ日本支部のCSのA級は引っ張りだこらしいし、二足の草鞋を履いてる貴方も例外じゃないって訳ね!」
さも分かりきっている事のようにそう言う女子生徒に、恭也は顔色を変える。
「おい、あんた。俺の事を知ってんのか?」
「当然。世間的にどうかは知らないけど、CS内では貴方結構有名じゃない? 最年少にしてCSになり、A級になった少年、狩生恭也。小っ恥ずかしい異名まで付いて、おまけにS級の彼女も歩む流派――知る人ぞ知る楪流の使い手。あたしは貴方の事、結構注目しているの!」
「……プライベートもあったもんじゃねぇな」
「ちょっと調べれば分かる事。それを貴方はここで気付かれないよう隠してるつもりみたいだけど、多分気付いてる生徒は少なくないと思うわよ? 意外に隠し事が下手なのね」
恭也は彼女に言われずとも遅かれ早かれ気付かれる日が来ると思っていた。が、その時がこんなに早く来るとは思ってもみなかった。
「もう前置きはいいって。早く用件とあんたの名前を名乗れよ」
彼にはやりたい事がある。一刻も早くそれに取り掛かりたかった。
「あら、まだ名乗ってなかったかしら? あたしは龍昭慧!」
「龍……昭慧……顔立ちはあんま変わらねぇし、日本語も流暢に喋ってるが……その名前……」
「そうよ! あたしはこの偃月に留学して来た中国人よ! 日本語もこの国に来る為に相当勉強したんだから!」
昭慧は自慢気にふふん、と鼻を鳴らして胸を張った。
「ま、日本人の俺から見ても違和感ねぇ日本語だな」
「でしょでしょ!」
「ああ……じゃなくてだな。俺に用ってのは何なんだよ」
「それはっ!」
昭慧は再び恭也へと人差し指を伸ばした。
「狩生恭也! あたしと楪の名前を賭けて仕合いをしなさい!」
「仕合い?」
「そう! あたしはその為に日本に来たの!」
「…………」
恭也は呆れから出るため息を着きながら彼女の横を素通りして、屋上の出口へと向かおうとする。
「あんたの事情は知らねぇが、その執念さには感服だな。だが、悪ぃな。それに付き合ってる暇はない。言ったろ? 色々と立て込んでるって」
「そう言えば……」
「だから、この件が片付いたら話くらいは聞いてやるよ」
ひらひらと手を振る恭也に『分かったわ!』と言い放ち間もなく――。
「じゃあ、貴方がその手を焼いてる件、あたしが手伝ってあげるわ!」
「あ?」
扉に手を掛けたところで、首を傾げながら昭慧に視線を向ける。
「そうすれば貴方の苦労も減るし、あたしの願いも叶う。一石二鳥というやつね!」
「いや、俺は別にあんたに――」
そう言い終わる前に、彼の代わりに屋上の扉を開けたのは、やる気満々の昭慧だ。
「さ、行くわよ!」
「お、おい……!」
そして恭也の手を引っ張り、階段を駆け下りて行った。