十一話 亀裂
四月二十日。偃月訓練学校始業前の早朝にて。
恭也は小夜未と共に本校舎内の地下にある第一射撃場へ来ていた。
「恭也、今日もよろしく」
「おうよ。んじゃ、いつも通り軽く撃ってみな」
「分かった」
小夜未はクロノスの銃を構える。
「始めんぞ」
「ん、いつでも」
恭也は近くの端末を弄り、射撃訓練プログラムをスタートさせる。
「三……二……一……始め!」
「……!」
甲高いブザー音が鳴り響くと共に、ホログラムの的が次々に現れる。
「外さない……!」
それを小夜未は二丁の拳銃で次々と撃ち抜いていく。
一枚撃ち抜けば次の的、また撃ち抜けば次へ――彼女の視線と銃口が目まぐるしく行ったり来たりする。
スタートからきっちり一分後、同じようにブザーが鳴り、的が現れなくなった。
「……今日一発目にしては中々だな」
恭也が端末の画面を見ると、今回の射撃訓練プログラムの結果が映し出されていた。
「約五割……良い調子だ」
「全然駄目。もう一回!」
「おうよ」
また端末を弄り、訓練プログラムを開始する。
再度一分後、それは終了する。
「――もう一回!」
そしてまた開始され、それを繰り返す事約一時間。
「――あれ?」
これまでと同じように的を撃ち抜こうとしたが弾が出ない。
「……電力切れ……?」
「そりゃ一時間も絶え間なく撃ってたらそうなるっての。ほら貸せよ」
恭也は起動前に戻ったクロノスを受け取り、専用の充電端末へと差し込む。
クロノスは充電式であり、当然使い続ければ電力切れを起こし再度充電完了するまで使えなくなってしまう。
「予備は持ってきてんのか?」
「ううん」
「んじゃ、特訓は一時中断だな」
「うん……」
小夜未は落ち込んだ顔をする。
「……そんな顔すんなって。焦らずとも、あんたはちょっとずつ成長してっから」
「ちょっとずつ……恭也が愛想尽かしそうだね……」
「しねぇよ、んな事。引き受けたからには最後まで付き合うぜ。あんたが納得するまでな」
こうして恭也が小夜未の特訓に付き合ってる理由は、約二週間前に遡る。ある日突然、小夜未の方から『特訓に付き合って』と申し出て来た。
理由を訊けば『強くなりたい』の一点張り。悩んだ末、恭也は自分なりの思惑を持ちながらも首を縦に振った。
だから、恭也は早朝や放課後の空いた時間を割いて、小夜未の特訓を手伝っている訳だ。
「……それなら良い。自分が弱い事くらい分かってるから……昔から何も出来ないし……」
「そうでもないと思うぜ? 射撃のセンスは多分ある。入学前に受けたクロノス適正試験の時に初めて銃握ったんだろ? そんな経験の少ないあんたが、この射撃訓練で五割前後をキープ出来てんのは凄い事だと思う」
「そうなの? でも、それはクロノスの身体強化のおかげなんじゃ……?」
「それを下地にしてもだよ。間違いなくあんたには射撃のセンスがある。俺の言葉を信じろ。A級の言葉をな」
「……うん。分かった。信じる」
さっきの表情は綺麗さっぱり消え去っており、小夜未は力強く頷いた。
「そろそろ充電終わってんだろ。どうする、まだやるか? 幾らでも付き合うぜ」
そう問われた小夜未は射撃訓練場の時計に目配りしてから答えた。
「ううん。やっぱり今日はこの辺にしとく」
「そーだな。時間もあれだし、そもそも焦る必要もねぇ。んじゃ、そろそろ教室に向かおうぜ」
二人は充電が完了したクロノスを回収して射撃訓練場を離れた。
「そういや、異能力についてはどうなんだよ? やっぱまだ表に出せねぇのか?」
「うん。あの模擬戦っきり使えてない。どうやって使ったかさえも覚えてない」
「ま、どんな能力かも雲を掴むくらいにしか分かってねぇしな。周囲の時間が止まったように感じる能力だったか?」
「そんな感じ」
「あいつ――不知火のように炎を出すみたいに分かりやすい能力だったら発動方法は簡単なんだがなぁ……あんたのは聞く限り精神系の能力だし、何がトリガーになってんのか分かんねぇ。とにかく、話はもう一度発動させてからだな……」
「でも……」
しかし、その発動方法も分からない。小夜未の異能力に関しては今のところ手詰まりだった。
「また不知火にも訊いとく。異能力の発動方法」
「多分前と同じように匙を投げられるだけだと思うぜ?」
「今の私達とみたいに?」
「ああ」
そんな事を話しながら教室に入る。
「――天華ちゃん何で!?」
「何でも何も、今私が言った通りよ」
すると、噂をすれば何とやら。教室に天華と雫の言い争う姿があった。
「あんたと闘偃祭に出るつもりはないわ」
「何でなの!? 理由は!?」
二人の争いは更に加速していく。
「……何かあったの?」
見兼ねた二人はその騒動を取り囲むクラスメイト達に溶け込んでいく。
「綾崎、こりゃ何の騒ぎだ?」
「あ、狩生君……あのね……」
恭也はクラスメイトの女子生徒に話し掛けた。彼女は綾崎心春。恭也達、一年三組のクラス委員長を務めている。
「水篠さんがね、不知火さんに一緒に闘偃祭に出ようって提案したの。そしたら不知火さんが頭ごなしに断って……」
恭也達は心春の説明を聞きながら騒動の行く末を傍観する。
「最近の天華ちゃん変だよ! やっぱり私と距離を置いてるよね!?」
雫は勢いのあまり、近くにあった机を力強く叩く。
「ええ。私はあんたの事を避けてるわ。そんな私達がそれで良い結果を残せると思う? それに私はあんたを裏切ったから、だから私にバディを組む資格はない」
「――もういい! 天華ちゃんなんて知らないっ!」
怒りを逆撫でするようにきっぱりな物言いの天華の言葉を背に、雫は自分の席に戻って行った。
「不知火」
入れ替わりで恭也達は気遣って天華に話し掛ける。
「……大丈夫よ。何れはと思ってたから。それに……ううん、また今度話すわ」
平気な顔で天華も席へと戻って行った。
「本当に大丈夫かな……」
「さぁな。ま、何とかなるだろ」
そう言う恭也は内心不安を募らせていた。