プロローグ 狩生恭也、学園都市に降り立つ
「おーい、ご客人。そろそろ着くぞ」
西暦二○四三年、四月一日。太平洋上空。
雲を、風を切り目的地への航路を進む小型飛行機の窮屈な車内の中にて、パイロットが同乗する客人に声を掛ける。
「――ふわぁ。何だ、もう着くのかよ?」
後方席に座る学生服を着た少年があくびを噛み殺しながら、何処までも続く青い海面に浮かぶ小さな島を見る。
「んー、もう少し優秀なパイロットの操縦で、優雅なフライトを楽しみたかったんだけどなぁ」
「ずっと寝てた癖に良く言うぜ。本島から約一千キロ。そんな距離、こいつのスペックじゃあそう長くは掛からねぇよ」
パイロットは操縦桿を軽く叩きながら自慢げに笑う。
「何であんたが得意気に語ってんだよ。そりゃこの世界の技術力のおかげだろ?」
「けっ、口の悪い客人だな。て言うかお前さん、マジにあのA級なのか? 俺の目からはただの不良学生にしか見えないぜ?」
「まぁな」
少年の身なりは珍しい白の髪に刃物のような尖った目付きと着崩した制服。その上、口調についても当たりが強い。パイロットが言った第一印象は、誰もが思う事だろう。
「強いのか?」
「さぁな。そりゃ周りの奴らが決める事さ」
「意外に謙虚ってか。ま、別にどうでも良いけどよ。もう少しで到着だ。それまではゆっくりしとけ」
「ああ、そうさせて貰うぜ」
暫くして飛行機は目的地の空港へと着陸した。
「到着だ」
「おう。ありがとな、世話になったぜ」
少年は荷物を掴み、飛行機を降りようとすると。
「くたばんじゃねぇぞ、A級さん。お互いこういう立場ならまた会う事もあるだろうし、それまで達者にやれ」
「おっさんもなー」
パイロットはひらひらと手を振りながら飛行機を降りる背中を、見えなくなるまで静かに見送った。
一方空港に降り立った少年は構内へと入る。
「――ようこそ! 絶海の人工島、学園都市偃月へ!」
「んあ?」
ロビー入口で歓迎する声が彼を迎え入れる。その声の出処は前に立っているメイド服を着た少女だ。
「何だぁ? この空港はメイドを雇ってんのか?」
「いえ! 私はこの島に存在する全ての人々をサポートする存在、人工知能アイディア。その内の一人、認識番号三十三です!」
「人工知能?」
「はい! 詰まるところAIってやつですね!」
「へぇ。んじゃ、この体は機械って訳か」
そう言ってアイディアの体に触れる。
「ひゃっ!? いきなりびっくりしましたよー! それに触られるのは少し恥ずかしいです……!」
「感覚に感情まであんのか。この島の人工知能は随分発達してんだなぁ」
「当然です! 何たって偃月は全世界のあらゆる技術を結集させた人工島なんですからね!」
「人工島偃月ねぇ……」
「この島は初めてですよね? でしたら、簡単に説明させて頂きますね!」
「は? おい、俺は――」
少年の言葉を遮ったアイディアはホログラム映像を浮き出させる。どうやら彼女の眼球に投影機が組み込まれているようだ。
「人工島である学園都市偃月は、全世界の叡智を結集させて人類の脅威を駆逐する為に作られました。人類の脅威、それは三十年前に現れた魔族と言う存在です。魔族は人々を襲い、侵略の駒を進めました。最初に現れたハワイ、そしてアメリカ大陸へと。しかし人類も黙っていません。侵略してきた魔族を人類が持つ技術を駆使し、多大なる犠牲とアメリカ大陸半分を荒野と化した上で敗北と呼べる勝利を掴み取りました。これが第一次魔族侵略です」
映像が切り替わると共に、アイディアの解説も進む。
「その後も魔族の侵略は第二次、第三次……と続き、それを殲滅する度に世界各地に人の住めない場所を作り、地球の土地は虫に喰われた葉っぱのような状態になりました。これでは世界が滅ぶ、そう考えた人類は新たに戦う技術――エルピーダを作り出しました。その技術で作られた武器によって魔族と渡り合い、初めて人類をそれと対等な存在へと昇華させました」
ホログラムにある一人の人物が映し出された。
「エルピーダを作った天才科学者――もとい偃月市の市長、柊香里奈。彼女の提案により、魔族と戦う物を育成する施設を各地に設立。その一つがこの人工島、学園都市偃月。ここはその技術の発展、そしてより強力な兵士を育成する為に作られた天才科学者のお膝元と言う訳ですね!」
「……やっと終わったかよ?」
あくびをする彼を横目に、アイディアはホログラム映像を消す。
「どうでしたか! 私の解説は!」
「どうって。凄く退屈だった」
「ええ!?」
「だって、全部常識的な内容じゃねぇか。例えるなら博物館で知ってる歴史をぺらぺらと話し始める案内人みたいだった。まるで博物館に居るように錯覚させられる人工知能の技術には恐れいったぜ、アイディアさんよ」
「う、うぅ……そこまで言わなくたって良いじゃないですか……マニュアルでは島の外から来た方に解説をしろって……だから好きで私もやった訳じゃないんですよぉ」
先程まで自信満々に解説していたアイディアは何処へ行ったんだろうか。しまいには嘘臭い言い訳まで初めてしまった。
「それよりもう行っていいか? くだらない博物館ごっこに付き合ってる時間はねぇんだが」
「……言いたい放題ですね、本当……もう良いです。じゃあ私の手にIDカードをかざしてください。デジタルでもアナログでもどちらでもおっけーですよー」
少年はポケットから全面透明なガラス板の端末を彼女の手にかざす。
「んじゃ、ディールで」
それはディールという名が付いた、数年前から一般的に普及した端末だった。
旧式の分厚いそれを元に新たな技術でデザインして、よりコンパクトに高性能へと生まれ変わった。
「IDNo.――日本データベース参照――承認。はい、確認しました。改めてようこそ、絶海の人工島学園都市偃月へ。狩生恭也さん!」
少年――恭也はアイディアと別れ、空港の外へと出る。
そして――。
「――さーて、行こうじゃねぇか。なぁ?」
一人、誰かにそう問い掛けてから再び歩き出した。