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第6話 別離

 死闘を追えたシャノンは、手早く死体たちの手当てをして馬車に詰め込み、次なる旅の支度を整えていた。本格的な補修と勇者の『作り直し』は移動中に行う算段だ。


「……シャノン。行くのですね、魔王のもとへ」


 挨拶もなく出発しようとするシャノンを、背後からマリアンヌが呼び止めた。


「はい。勇者さんとも約束したので」

「わたくしは同行できませんが、持てる限りの聖遺物をお渡ししておきます。魔王討伐のために持ち歩いてきた貴重なもの。あなたの力になるでしょう」

「ありがとうございます。えっと、マリアンヌさんは教会へ?」

「はい。あの方の魂が無事に神の御下へたどり着けるように、そしてあなたが無事に旅を終えられるように、祈りを捧げるつもりです」


 教会の司祭であるマリアンヌにとって、今ここにいる勇者は既に本人ではない。本当の魂は既に肉体を離れており、死体に残るのはただの残響であるという認識だ。その点において、聖職者も死霊術師も見解は一致している。違うのは、前者は魂が神のもとに召されると考え、後者はただ魂が虚無に還ると考えているということだ。


(礼を言っておけ、ご主人。社交辞令でもな)

「あ、うん。ありがとうございます、マリアンヌさん」

「……心しなさい、シャノン。魔王が従える伝承の騎士たちは恐ろしい敵です。軍勢の全容はわかりませんが、竜騎士ヴォー・ゴランはまだ近くにいるはず」

「はい。色々対策を考えておきます」


 ぺこりと頭を下げてから、シャノンはふとかねてからの疑問を思い出す。


「あ。そういえば……なんで、あんな嘘をついたんですか?」

「嘘?」

「聖剣から神の加護が失われるって言ってましたよね。でも、聖剣の力は勇者さんの祖先が神との契約で手に入れたものです。契約は血によって保たれる。それは相手が悪魔でも神でも同じです。だから、勇者さんに同じ血脈が流れる限り、剣の力は失われません。マリアンヌさんならそれくらいご存知ですよね」

「ああ、それは……」


 マリアンヌは少しためらった後、意を決して口を開く。


「亡くなった方の名誉を汚すことはしたくありませんが、あなたには事実を知る権利があるでしょう。あのお話は、賢者様が仰られていたことです」

「え、ワイアット先生が?」

(俺も知らないぞ、そんな話……)


 勇者のつぶやきはマリアンヌには聞こえないはずだが、彼女は勇者にも嘘をついたことを気にしてか、遺体の眠る馬車の方をちらりと見た。


「……はい。過去に祝福を受けた物品から主神の加護が薄れるということは……経験則として、わたくしにも不自然に思われました。しかし、教会の正式な見解では確かに死霊術は主神の意志に反するということになっていますし、大賢者ワイアット様が仰るのであれば、そういうことも起こり得るのかと納得してしまって……」

「うーん、そうですか」

「ごめんなさい、シャノン。あなたにあらぬ疑いを掛けてしまった」

「いえ、別にいいです。結果的に、そのおかげで助かった気もしますし」


 自分の能力の高さに疑問を持ったことのないシャノンも、オーレリアとの戦いが紙一重であったことは理解していた。もしも勇者たちのように、オーレリアとヴォー・ゴランの二人に奇襲されていれば、シャノンの命も危うかっただろう。


(……なるほどな。あのクソジジイ、謀りやがった)

「え、どういうことですか」

(全滅を防ぐための策だ。俺がお前を追い出したのも、爺さんの手の平の上だったのさ。でなきゃ絶対に止めてたはずだ。お前を別行動させて、予備戦力として温存するつもりだったんだよ)

「予備戦力……?」

(たとえ俺が死んでも、お前さえ生きてれば俺の死体を使って魔王と戦える。なんなら俺が死体になった方が、お前の力でもっと強くなれるかもしれない。爺さんは俺の命も、自分の命も駒に使ったわけだ……とんでもねえ賢者様だぜ)


 勇者の説明は、人の心にも策にも疎いシャノンにはやや難しかったが、ワイアットの考えは漠然と理解できた。それだけ彼が自分の力を買っていたのだろうということも。


「……先生にお礼を言っておけばよかったかな」


 シャノンはぽつりと呟いて、馬車の荷台に乗り込んだ。御者台には損傷の少ないユキノブが座っている。


「じゃあ、僕はそろそろ行きます」

「……はい。さようなら、シャノン」


 マリアンヌは教会の作法に従い、胸のロザリオを掲げて別れの合図をした。

 だが、立ち尽くすその姿はまだ名残り惜しげで、何かを待っているように見えた。


(ねえ、勇者くん。聖女サマになんか言ってあげたら?)

(はぁ? うるさい。馴れ馴れしくすんな、死体どもが)


 そう言い返しつつも、勇者は悩ましげに「むぅ……」と唸った。


(……シャノン、あいつに言ってくれ)

「何と?」

(…………カタブツ女。……愛してる)


 気恥ずかしいのか、最後の一言はぼそっと小さい声だった。

 シャノンはしばし怪訝な顔をしてから、マリアンヌを呼び止めた。


「マリアンヌさん」

「はい」

「勇者さんの伝言です。カタブツ女」

(そこで止めんな!)


 怒る勇者の声。本当に聞き取れていなかったシャノンは首を傾げる。

 だが、マリアンヌはその言葉に、くすっと控えめな音を立てて吹き出していた。


「その呼び方。二人の時によくしていました。あの人が……そう、私は手も握れなくて――」


 笑顔のまま、マリアンヌの頬に涙が流れた。


(マリアンヌ。愛してる。愛してた、俺は……)

「勇者様。私はもう二度と誰をも愛しません。あなたと神の他には」

(…………)


 黙り込む勇者に、シャノンはおずおずと声を掛ける。こういう空気にどう対応すればいいのかは、彼の最も苦手な分野だ。


「勇者さん。あと何か、伝えますか」

(……いや、いい。何も言うな)

「わかりました」


 シャノンが合図を出し、ユキノブが馬たちに鞭を振るう。

 聖女に見送られながら、黒い馬車は走り出す。その色よりもより深く、暗い闇へ向かって――

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