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第4話 鮮血

 鮮血の騎士(ブラッドナイト)オーレリア。数百年前、名高い吸血鬼狩りだった彼女はその功を妬む者たちによって罠にかけられ、敵であったはずの吸血鬼の身に堕とされた。しかし、吸血鬼の弱点を知り尽くした狩人なればこそ、彼女は史上もっとも恐ろしい吸血鬼となり夜に君臨した。

 ついに彼女が討伐されるまでの百年間は「夜の時代」として知られている。その時代には誰もが今以上に夜を恐れ、家の外で血を流すことは「オーレリアに嗅ぎつけられる」として特に禁忌であったという。


(馬車まで退くぞ! 血は刀で斬れん)

「うん。吸血鬼は死霊術による蘇生者とは似てるようで違う……あれは人間から変異した液状の生命体なんだ。人の姿に擬態するから混同しやすいけど、どちらかと言えばスライムに近くて……」

(蘊蓄はあとにしてくれ、ご主人!)


 主人を小脇に抱えて走り去るユキノブの背を眺め、オーレリアは紅の唇に垂れる自らの血を舐める。


「……いい曇り空だろう」


 オーレリアは空に手を伸ばす。永遠に届かぬもの。何度死を繰り返そうとも、もはや昇ることのできない天の国へと。


「こんな空には……血の雨が降るぞ」


 ざぁっ、と雨の音が聞こえた。ユキノブはその音が近づくにつれ、すでに乗り越えたはずの死を背中に感じた。


(跳ぶぞ! 手を離すな!)

「言われなくても――」


 シャノンが言い切るより早く、体がぐんっと揺れた。

 ユキノブは両脚に仕込まれた骨と金属のばねを使って、素早く横に跳ぶ。彼が一瞬前にいた場所は、天から降り注ぐ無数の血の槍で貫かれ、穴だらけになっていた。


(奴め、この戦場の血を全て自分の力にしていやがる!)


 左右に激しく揺さぶられて、シャノンは声を出す暇もない。言われた通り、手を離さずにいるだけで精一杯だった。


「は……はやく、ヘザーに交代……」

(ヘザーに切り抜けられるのか!? あいつは術者のあんたを狙ってるぞ!)


 息も絶え絶えになりつつ指示を出すシャノンに、懐疑的なユキノブ。


(なにそれ、あたしのこと舐めてんの?)

「だ……大丈夫。僕も手伝うし……」

(……わかった。なら、代わるぞ!)


 長い跳躍から着地して、ユキノブはシャノンの体を馬車の中へと放り込む。次の瞬間、ユキノブの体はくしゃりと地に倒れ、代わりに突風のごとく、ヘザーの体が外へ飛び出す。


(ふーっ、三日ぶりの外!)


 ヘザーの体は、ほとんどが軽く丈夫な魔法石膏に替えられている。人形じみたその内側はがらんどうであり、中には無数の暗器や爆発物、その他の魔法兵器が仕込まれている。死体に内蔵はもはや必要ない。

 そして今、彼女の肋の奥には重火薬の代わりに、術者であるシャノン自身が入っていた。


「よし。これで移動しながら詠唱できる」

(やだなぁ、これ。主くんとはいえ、体の中に誰か入れるのって……)

「僕は気にしないけど」

(あたしが気にするの! ……ま、仕方ない)


 ヘザーはするりと身を低め、トカゲのように走り出した。

 その動きはユキノブよりも密やかでしなやかだ。次々に襲い来る血の矢雨をするりとかわしながら、シャノンを収めた体幹の軸は一切ブレることがない。


(吸血鬼って、どうすりゃ死ぬの?)

「心臓の場所に核がある。それを貫けば吸血鬼は死ぬ」

(了解。心臓ね!)


 走りながら素早く岩陰に隠れ、敵の視界から消えたと思うと、今度は予想外の方向から飛び出して腕に仕込んだ針を投げる。強靭な鋼の針は、はるか離れたオーレリアの鎧をズンと貫き彼方へと飛び去った。

 ――だが、オーレリアはまだ微動だにせず、涼しい顔で立っていた。


(死なないんだけど!?)

「うん。高位の吸血鬼は核を体内で自在に移動できるから」

(先に言ってよ! ……でも主くんのことだから、策があってあたしを呼んだのよね)


 軽口を叩きながらも、ヘザーの信頼は一切揺らがない。死霊術によって蘇った死体は、必ず術者に服従するものだ。しかし、その声にはそれだけではないものがあるようだった。


「僕が詠唱をする間、攻撃を避けながら少しずつ近づいて」

(近づいちゃっていいのね? りょーかい)


 ヘザーは生きていた頃の癖か、深呼吸するように薄い胸を上下させた。それから今まで以上の速さで再び駆け出す。


(……惜しいな。お前の俊足を生かして剣技を磨けば、相当の剣士になれたであろうに。暗器などという搦め手に頼るとは)

(うるさいなぁ、あたしはサムライなんかになる気はないっ!)


 ユキノブの茶々をいなしつつ、オーレリアが次々に繰り出す血の槍をかわして走るヘザー。

 オーレリアは近づいてくるその姿を眺め、ふっと目を細める。その瞬間、ヘザーの足下に紅い茨が鋭く生え出る。血は流れないが、棘は両脚に食い込み動きを止めさせた。


(邪魔ッ!!)


 ヘザーの脚がふくらはぎから二つに開き、内側から現れた刃が周囲を薙ぐ。血の茨は瞬時に切り払われ、再び影がオーレリアへと迫る。伝説の紅い騎士はシャノンたちの接近にも動じることなく、余裕をたたえてじっと立っていた。


(正面来たよ、主くんっ!)

「……あてなく彷徨う魂よ、汝らに肉を与え、骨を与えん。我がために戦い、その汚れし罪を贖え……よし。立て、死の軍勢よレイズ・アンデッド・リージョン


 シャノンの詠唱が終わり、周囲に魔力が放たれる。

 向き合うヘザーとオーレリアの周囲で、地面が揺れた。いや、地面に敷き詰められた無数の魔物たちの死体が一斉に蠢いたのだ。オークやゴブリン、ボロボロになって種族も知れない死体、全てがゆっくりと手を地面に突き、ずるずると血を垂らして起き上がろうとしている。


「吸血鬼が支配できるのは『死者の血』だけ。死体にかりそめの命を与えれば、その分だけ彼女の力も削げるんだ」

(主くん、最高! かっこいい~! 好き!)

「行け、死者たちよ。我が命に応え敵を屠れ」


 シャノンの命に従い、死せる魔物の軍勢がオーレリアへと殺到する。

 だがオーレリアは一切動じることはなかった。


「死霊術師か。あの方とは比べるべくもないが……稚児にしては悪くない」


 そう言うとオーレリアは突然、自らの心臓に右手を突き入れた。

 甲冑をすり抜けて、ずるりと抜き出た手に握られたのは、真紅の刃。三千人の乙女の血を吸って凝縮したという魔剣ナハトブルトである。


「獣ども。地獄へ帰れ」


 一閃。たったの一振り。

 中空を薙ぐ血の刃は自在に伸縮、湾曲し、魔物たちの首を撥ねていた。


「うわ」

(主くん!? 本当に大丈夫!?)

「……うーん。足止めが減って、ちょっと予定は狂ったかな。ヘザー、しばらく一人で頑張って」

(え……? ちょっとぉ!!)


 それきりシャノンは返事をせず、ヘザーの腹の中で一人ぶつぶつと呪文を唱え続けた。何やら儀式の準備をしているらしいが、ヘザーには彼の考えなどわかりようもない。


 正面に堂々と立つオーレリアは、真紅の剣を構えてヘザーを――その中にいるシャノンを見据えた。


「稚児の血はもとより格別。賢い子供はなおさらいい。私の一部にしてやろう、少年」

(くそっ……しゃーない。いっちょやったるか)

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