第3話 邂逅
たどり着いたのは戦場だった。
おびただしい数の、魔物の死骸。それが道をなしていた。
「ここがたぶん、最後の戦場だね」
(……先程の比ではないな。これが勇者殿の本気か)
「ワイアット先生の魔法で殺したのもある。でも、二人とも思った以上の力……だ」
しばし黙り込むシャノン。
その様子を見て、ユキノブは彼の心中を察する。
(今、やっぱり賢者殿の死体が欲しかったと考えてたな? ご主人?)
「……違うよ」
しれっと嘘をついて、シャノンは周囲を見回す。
大賢者ワイアットの話通りならば、この先で彼らは鮮血の騎士オーレリアに襲撃を受けた。勇者と聖女が近くにいるはずだ。
「二人はどこだろう? 僕には見えないや」
(……俺の目には見えている。こっちだ、ご主人)
ユキノブは先を指差し、静かに歩き出した。残っているかも知れない魔物への警戒と、足の遅い主人への気遣いで歩みは遅かった。だが、やがてシャノンの目にもそれが見えてきた。
(見えたか?)
「うん。マリアンヌさんの結界だね」
死体の山の中心に、黄金に輝く半球があった。シャノンも過去に見たことがある、聖女マリアンヌの信仰がなせる最高位の聖秘術。魔物や不死者、あらゆる穢れを拒否する強烈な結界だ。死体であるユキノブやヘザーが触れれば、一瞬で消し去られるだろう。
(……なんてことだ)
「どうしたの?」
(最悪の事態だ。賢者殿の状況で予想はしていたが……)
ユキノブの口調と目の前の状況で、人の心に疎いシャノンも徐々に察した。
結界の中に見える人影は一人。そこに勇者の姿はない。そして座り込んだ聖女の膝元には、黒ずんだものが横たわっていた。
「……そっか」
シャノンはそう呟くと、足を早めて結界へと近づいた。ユキノブは無言でその背後に控え、結界から距離を起きつつ周囲を見張る。
「マリアンヌさん」
呼びかけるが、結界の中にいるマリアンヌの背中には届かぬようだった。
シャノンは仕方なく結界に顔だけ突っ込んで、彼にしては大きな声でもう一度呼んだ。生者であるシャノン自身は結界に踏み込めるはずだが、身につけたローブが幾多の死血で穢れているため、着たままでは頭しか入れないのだ。
「無事ですか。マリアンヌさん」
「……!」
はっとして振り向いたマリアンヌの顔には、いくつもの感情が混ざり合っていた。驚きと恐怖。悲しみと絶望。そして奇妙な安堵。
そのどれもシャノンにはわからない。彼はただ、自分が伝えたいことを端的に伝えた。
「あの。勇者さんの死体、使ってもいいですか」
マリアンヌの顔が急に険しくなる。それは怒りのように見えた。
「この場を去りなさい、シャノン。今すぐに」
反射的に、下を向いて謝るシャノン。人を怒らせた時はこうするものだ。
「ごめんなさい」
「違う。これは罠です。あなたはここにいてはいけない!」
どうやら怒られているわけではないとシャノンが気づいた瞬間。結界の外に見える地面が、急速に赤みを増した。地の底から染み出す赤。
「……血?」
(ご主人ッ!!)
次の瞬間、地中からそそり立つ鮮血の槍が、シャノンの立っていた場所を貫いていた。槍の柄を握りしめた青白く細い手は土に染み出す血と半ば同化し、やがてその手から生え出た血の塊が、黒衣の女の姿をとった。
「鮮血の騎士、オーレリア……!」
すんでのところでユキノブに結界から引っ張り出され、抱え上げられたシャノンはその美しき屍騎士の名を口にした。