第1話 追放
「……お前とはここでお別れだ。理由はわかってるだろ?」
勇者の言葉に、若き死霊術師シャノンは首を傾げた。
彼が使う死体は、どれも魔王討伐のために選んだ特別なもの。異国の剣の達人に、無数の暗器を仕込んだ女盗賊、そしてこの大陸で唯一の禁呪の知識を持つ大魔術師――これからの戦いで大きな戦力となることは確実のはずだった。
「きょとんとした顔するな! 最年少で導師級になったとかいうギルドの宣伝文句に釣られて仲間に入れたが……世界を救うための戦いに死霊術師なんてそもそも場違いだったんだ。お前の『お仲間』の棺桶だけで特注の馬車一台使うわ、夜中に一人でぶつぶつ喋るわ、おまけにひどく臭う!」
「僕の使う死体は、ちゃんと防腐処理してます。死臭なんて一切しないはずですが」
「その薬だか香だかの臭いが耐えられねえんだよ! 聖なる任務を果たしにいくってのに、まるで葬式の行列だぜ」
勇者は鼻をつまみ、嫌な目でシャノンの特注馬車を見た。黒塗りの車体はたしかに葬式そのものだ。
「匂いが魔王の討伐に重要とは知りませんでした」
「匂いだけの話をしてんじゃない! お前はとにかく非常識で、なんというか……倫理観ってものがないんだ。戦いの後に平気で敵の死体を漁りだすし、こっちが食事してる最中に『お仲間』の腕だの足だのを縫い始めるし……」
「はぁ、倫理ですか」
さっぱり理解していない様子のシャノンを見て、勇者は深い溜め息をついた。
「聞いた話じゃ、魔王も元は死霊術師だったらしい。いずれにしても、お前をこれ以上連れ歩くわけにはいかない」
「僕が裏切るのを懸念しているということですか」
「さぁな。だが、魔王の死体をお前に回収させたくはないと思ってる」
「……なるほど」
それなりに納得のいく理由であり、心当たりもあったのでシャノンは反論をあきらめた。彼らには黙っていたが、この旅についてきた理由も魔王の持つという死霊術の禁書が目当てなのだ。
「みなさんも同意見なんですか」
シャノンの問いに、残る二人の生きた仲間もうなづいた。
教会から派遣された聖女マリアンヌと、大賢者ワイアット。
「……はい。勇者様の振るう剣は、彼の祖先が主神より授かりしもの。不死を断ち魔を地獄へ送り返すその力は、神の加護を失えば振るうこともできなくなると……その可能性は否めません」
「つまり、お前さんのような不信心者がいると勇者が魔王を倒せなくなる、っちゅうことじゃ」
シャノンはすぐその理由の怪しさに気づいたが、黙っていた。言い争いは得意分野ではない。それに、他人の間違いをあれこれ指摘すると嫌われるということを、彼は子供の頃からさんざん繰り返して学んでいた。
「あなたは確かに才能ある少年です。しかし、その才を生かす道はきっとわたくしたちとは別にあるのでしょう」
「そうじゃな。わしらが戻ったら、土産話の一つもしてやろう。また会おうぞ、童」
手を振って去っていく仲間たちを黙って見送り――
シャノンは残された自分の馬車を見た。彼にはそこに眠る死体たちの声がよく聞こえていた。
(あーあ、やっぱこうなるか。さっきの絶対に聖女サマの入れ知恵でしょ。あの二人、デキてるんだって。次はじいちゃん追い出して二人でしっぽりって寸法だよ、主くん)
そう語るのは女盗賊ヘザーの声だ。
かつては治安の悪い街で義賊を気取っていたが、捕まって無惨に処刑されていたところをシャノンに回収された。死体を使役される代わりに、彼女は最後の望みとして自分を陥れた者たちへの復讐を果たした。より無惨で、救いのない方法によって。
「しっぽり?」
(ヘザーの話を真に受けるな、ご主人。それより、これからどうする?)
東の果てから流れ着いた武人、ユキノブの死体が問いかける。
シャノンは少し考えてから肩をすくめた。
「まぁ、僕の目的は変わらないし。一人でこのまま進むかなぁ。今まで出くわした魔物たちの規模からすると、やれないことはないと思うし」
(魔王を倒すのか? 俺たちだけで?)
「別に倒さなくてもいいよ。でも、勇者さんたちが魔王を倒しちゃったら、燃やされる前に禁書を手に入れないとね」
(あ~、あの聖女サマなら絶対燃やすね……)
ヘザーのあきれた声を聞きながら、シャノンはちょこんと馬車の御者台に乗ってムチを入れた。死人を運ぶ馬車とは言え、馬たちは生き物なので命令だけでは動かない。
(しかし、この先は危険だぞ。おそらく今までの比ではない。俺の乾ききった肌がひりひりしやがるんだ)
「いざという時はモーリーンさんを起こすよ。脳にちょっと手を入れたから、今度は世界を滅ぼそうとしないと思う」
(本当か……? いや、ご主人の腕を疑う気はないが……)
「大丈夫だよ。あの人の禁呪は本当に強力だからね」
禁術師モーリーンは、シャノンが馬車の奥に封印している最も危険な死体である。
禁呪に触れて発狂し世界を虚無へと沈めようとしたが、すんでのところでヘザーが口を封じ、ユキノブが首を切り落とした。
「さぁ、出発しよう! 伝説の死霊術書、ネクロノミコンを求めて!」
(大丈夫かなぁ……)
(ま、なんとかなるさ)