神だ
とある夜。うとうとしかけていた男は慌てて布団を跳ね除け飛び起きた。
それも当然のこと。瞼の向こう側で淡く光が滞留しており大方、外の車のヘッドライトの光がカーテンの隙間から入ってきているのだろうと思い、苛立ちつつ目を開けた。しかし、その光の正体は……。
「か、神様……?」
そういう他ない、長い白髪に白く長い髭。白いローブのようなものを着ており、全身から淡い光を放っている。イメージした通りの神の姿がそこにあった。しかし……
「そうだが違う」
「あ、あの。神様、その、失礼でなければ俺、いえ私のお願いなどを、へへへっ聞いていただけたらと思い、あ、いや、まずどうしてこちらに、ん? 違う……? そうだが違うってなんですか?」
ゴマすりをするように両手をにぎにぎ、次に寝巻で手汗をゴシゴシ拭き、へへっと笑みを浮かべながらまるで流れ星にお願いするように慌ただしく、そう言った男だったが、先ほどの神の言葉に首を傾げた。
「ああ、まあ神であるが」
「ですよね! イメージしたとおり! 神々しいお姿ですね!」
「それだよ」
「はい?」
「私はお前たちに作られた存在なのだ」
「それは……まあ、そう、いや、聞く人にとっては怒られそうな話ですけども」
「余はお前たちの想像力によって生み出されたものなのだ」
「はぁ、ちょっと意味が……ん、なぜ今、余と。まあ、いいですけども」
「それもまたイメージによるものだ。今、神の一人称が『私』より『余』だと思う人の数が上回ったのだ。まあ、これは変動しやすいがな」
「うーん、どういうことですか?」
「いいか。大噴火が起きて文明が滅亡すればそれは神の怒り。洪水、地震、災害は神の仕業。何か嫌なことが自分の身に起きたら罰が当たった。神が試練をお与えになっただのなんだの、あれもこれも神のせい。または神のお陰。神は常にそばにいる。と、そういった人間たちの想いが蓄積し、そして今、こうして人間たちがイメージする神が形をもって現れたというわけだ」
「ほぉ……廃墟で幽霊を見たと噂を聞いて、行ってみたら実際に見た! とか、そういう集団パニックみたいなものですかね」
「人類はヒステリックだからな」
「はぁ、えっと、でも神様には変わりないわけですよね? あのその、すごい力を持ってたり、それで私の願いとか聞いていただけたり……」
「一応、聞くだけなら聞いてやろう」
「是非、私を不老不死にしてください。あと、大金もください」
「欲が深いな。人々がイメージしたとおりの神なら、そんな願いは叶えてやらないと思わないのか?」
「まあ、怒って罰を当ててきそうですね。それは勘弁願いたいですけども、ははは……でも、なんで私のところに来たんですか?」
「ここだけではないぞ。同時に複数の人間のもとに現れておる」
「おお、さすがは神様。それで」
「うむ。なぜお前のもとにと言うと、たまたまだな。人間などどれも変わらない、取るに足らない存在だろう」
「おお、それっぽいこと言いますね。それで、なぜ人間の前に姿を現わそうと思ったんですか?」
「それは自分が一番よくわかってるんじゃないか?」
「はい?」
「ワシは人間のイメージが作り出した産物だと言っただろう? 神の目的。それを頭で想像してみろ」
「そんなこと言われても……信心深い性質じゃないですし……」
「答えはもう出ている。災害が起きれば誰の仕業だ?」
「それは、神様の……」
「そう、人間はな、常に自分を罰する存在を求めているのだ。『こんなに幸せでいいのかしら。いまによくないことが起きる気がするわ』なんていうのは誰の心にもあるだろう。人間はその罪深さを心の奥底ではしっかりと自覚しているのだ」
「そうかもしれませんけど……あの、なんか、か、神様、か、体が大きくなってませんか? 髪も、髭も黒々と、それにあ、あ、あこ、怖いお顔に、あ、は、は、まるで閻魔大王さまぁ…………」