猶予の十ヶ月間
今日も特に何もない、いつも通りの日常の筈だった。
世界でも、いち早く産業革命をもたらしたこの国でも基本的に子供は労働力
であり、自分もその例外ではない。
しかし、この俺ダニエル・クーパーは他の奴よりも早く第二次性徴期を迎え、当時十一歳だったにもかかわらず大人と大差ない体格を有していたが故に、俺は早々に炭鉱での仕事が出来なくなってしまったのだ。更に悪いことは重なるもので、唯一の肉親である母親の死が同時期に起きた事により暫くは仕事がなく収入もないというだいぶヤバイ状態だった。
だが、それから数年の歳月が経ち、今は割と暮らしにも余裕が出来ていた。
それもこれもとある一人の少女のお陰である。
その少女の名前はシャイナ・ライリーといい、年齢は俺と同じか少し上くらいだ。
元々とある商人の娘だったのだが、突然父親が蒸発したことにより、ある日突然浮浪児になってしまったという過去を持つらしい。
そんな彼女との出会いは、彼女が人攫いに遭いかけたのを偶然助けた所から始まった。
それ以降、体だけはデカかった俺が彼女のことを守りつつ、頭が良く読み書きに加え四則演算もできる彼女が独自に物を売ったり、他の浮浪児を利用して金を稼いだりする協力関係が出来ていた。
もっとも、俺の方は喧嘩やら力仕事やらでしか力になれてない気がするが……
そんな生活を続けていると俺たちはいつしかその町の浮浪児や元浮浪児のリーダーみたいな立場になっていた。
というのも、彼女はよく「数というのは力だ」とか言って大勢の浮浪児を集めて金稼ぎを手伝わせていたのが原因だ。
今の世の中、蒸気機関の発達により、職人による巧みな技術よりも簡単な単純作業を長時間こなせる沢山の労働力が求められる時代だ。
そこに彼女は目を付けた。
兎にも角にも明日食う物にすら困ってる浮浪児達は本来なら安い労働力として買い叩かれる。何故ならそうでもしない限り何も食えず死ぬか犯罪を犯す意外に道がなくなるからだ。
そこで、彼女は町中の児童労働者に声を掛け影響力を強めた。
その範囲は児童労働者が中心である炭鉱や下請けの工場が彼女の一声で業務の一切を停止できる程度、つまり意図的なサボタージュができるまでに勢力を広げたのだ。
だが、彼女を通して仕事を紹介しといてもらえば雇い主側は纏まった労働力が一度で手に入り浮浪児たちも不当な搾取に対抗する力を得ることができるため、その町では弥が上にも彼女の浮浪児のリーダーとしての需要は高まっていったのだ。
そんなある日、俺たちは必要な書類整理のために、町のはずれにある倉にきていた。ここは、昔俺たちがアジトにしていた場所で現在では街から離れすぎて流石に不便ということもあり本部を移した為、殆ど利用しておらず、実際ここに来たのも数ヶ月ぶりだった。
「ダニー、明かりをつけといて。」
「あいよ。」
シャイナに指示されランプをつける。すると、倉の中がハッキリ見えるようになり、同時に書類が散らかってしまっているという事実もわかってしまった。
「……これは、時間がかかりそうだね。」
「まぁ、引っ越した際に要らないだろうと置いてきた物だしな。地道にやるしかないだろう。」
そう言って俺たちは作業を開始した。
暫くして日もだいぶ傾いてきた頃、ガンガンガンと慌てた様子のノックが響いた。
「ダニー」
「ああ」
彼女に言われ鍵を開ける。
「入っていいぞ」
すると、扉が開くと一人の少年が入ってきた。
「大変なんですよシャイナさん!」
「アイクか。どうかした?」
アイクと呼ばれた少年はせきを切りながら言う。
「それが、本部の方に警察が来てシャイナさんを紙幣偽造の、罪で逮捕すると。」
「何だと?シャイナがそんなことする訳が……」
「ダニー、ちょっと黙って。」
シャイナは狼狽える俺を制す。
「アイク、詳しく聞かせて。」
シャイナはあくまで冷静に説明を求めた。
「ああ、それが……」
そうしてアイクは説明始めた。彼の話を要約するとこうだ。
先日、王都の方で偽札騒動があったらしい。発覚後すぐに回収と捜査が行われたが中々偽造元が突き止められず、迷宮入りかと思われたその時、この町のシャイナという少女が関わっているという情報を得たんだとか。
「シャイナさん、一応聞きますが……」
「ああ、無論やってない。だが……」
アイクの問いに答えたシャイナは何かを思案するかの様に黙り込む。
「じゃあ、冤罪だって早く警察に言わなくちゃ」
「アイク、もう一度聞くが警察は『私を逮捕する』そう言ってたのか?」
シャイナはアイクの言葉を無視し、逆に問う。
「え、ええ、確かにそう言ってました。」
「なあ、警察はいくら何でもザルすぎやしないか?」
確かに、俺たちが偽札造りなんてやってないことなんて少し調べれば分かる筈だ。
それに、警察のことに関して詳しい訳じゃないが仮に話を聞くだけなら『逮捕する』なんて言うとは考えられない。言うとしたら『話を聴きたい』とか『出頭命令がでている』とかその辺りの言葉を使う筈だ。まあ、言い間違えた可能性もあるだろうが。
「まあ、多分ダニーの考えてる通りだろうね。」
シャイナは困った顔で言う。
「考えてるってどういう……?」
「嵌められたってとこだな。一部の経営者とは上手く出来てる自信があるが、全部じゃない。この国の警察が、資本家側に寄ってること考えると……」
「目的は労働者が団結するというリスクの排除。警察はこれに利用されてるって考えるのが自然かねぇ。」
今の所、俺たちは一つの町の浮浪児及び元浮浪児しか纏めてない。けど今後、大人たちも巻き込む様になったら?他の町の連中も巻き込む様になったら?そんなことを考える奴が一人や二人いたって別におかしなことじゃない。
「残念ながらダニー、事はもっと深刻らしい。」
そう言うと同時に彼女は地べたへ座り込む。
「というと?」
「現在、この国では紙幣を積極的に使うよう国が呼びかけてるのは知ってる?」
彼女はポケットから手のひらサイズに折りたたまれた一枚の紙きれを取り出した。
ちなみに、紙幣というのは数字と銀行名の書いてある紙きれのことであり、丁度今、彼女が取り出したものだ。これを銀行に持っていく事で金貨へと変換でき、10年ほど前から発行され始めたものらしい。
「ああ、知ってます。まぁ、俺的にはただの紙がお金になるっていう理屈があんまり理解できなくて使うのも貰うのも怖いですけど。」
「そ、アイクの言う通り怖いって感想を持つ国民がこの国にはある一定数存在してる。何なら、私自身怖いとも思ってるしね。」
彼女が、アイクの気持ちに同意しつつ続ける。
「けど、国としてはさっさとこの紙幣というものを普及させたい訳だ。」
紙幣というのは文字通り紙でできている。つまり、希少な金属を原料とする貨幣よりも安価にかつ大量に作ることができるのだ。
これが何を意味するかと言えば、政府が何か大量にお金が必要になった時、紙幣を大量に作ればそれだけで大金を使えるようになるという訳である。
まあ、そんなことをすればインフレで大変なことになるって話も聞いたが、それでもそのデメリットをかき消す程のメリットがあるのも確か。なるほど、さっさと普及させたいという政府の意向は真っ当だ。
「もし、そんな時に偽札が出回ってたら国民はどう思う。」
「……紙幣なんて受け取りたくなくなる?」
「ザッツライト」
指をパチンと鳴らしながらアイクの回答に肯定する。
「さて話を戻そう。政府の狗である警察としては今回の偽札騒動、何としても迷宮入りさせたくない訳だ。そんな時に都合よくリーク情報。とある町のとある少女が偽札造りをやってるって話がくる。上からは何としても成果を上げるよう言われ、下っ端は資本家連中に買収済み。これなーんだ。」
ああ、これは……詰みだな。
「そう、チェックメイト」
「まぁ、そういう訳だ。アイクは急いで本部に戻って皆を落ち着かせてきて。もし警察がまだ居たら私は現在出張中で数日以内に帰ってくるとでも言って帰らせといて。」
「わ、分かりました。」
そう言ってアイクは元来た道を走って行った。
「行った?」
「多分な。」
俺は扉に手を掛けて鍵を閉める。
「どうするつもりだ?」
「しゃーない。敗戦処理といこう。」
そう言って彼女は立ち上がる。
「ダニー、ルルをここに呼んできてくれる?今日……はもうすぐ日没だから無理か、じゃあ明日あたり。」
「何をするつもりだ?」
俺は怪訝な顔をして尋ねた。
「仕事の引き継ぎはしないとね。」
俺はその言葉に対して呆れながらも笑ってしまう。
「律儀な奴め。そういうのは相場、自分が逃げる準備を整えてからやるもんだろうに。」
まあ、彼女の事だ一日くらいどうにかする算段があるのだろう。
「は?」
「え?」
突然の『は?』に困惑する。
直前の会話で変なことを言った記憶がなかった為だ。
「すまん、俺なんか変なこと言ったか?」
「……あー、もしかしてお前、私が逃げると思ってたのか?まぁ、確かに逃げれない事はないがそりゃ実質不可能だよ。」
不可能?いや、そんな事はない筈だ。この国は決して狭くはない。名前さえ変えてしまえば誰一人として気付かないだろう。
「まさか捕まりに行く気か?」
「不本意だけどね」
彼女は事の重大さを本当に理解しているのだろうか。
現在において通貨の偽造はこの国において最も重い罪であり、殺人や窃盗なんかと違い恩赦すら効かない極刑しかない。
国家転覆罪と同等の処置である事を考えればその重大さがわかるだろう。
「一体、どういう事だ?」
「はっきり言うと今回の件、捕まえるのは私じゃなくてもいいんだ。」
まぁ、確かに。コイツは都合がいいという理由で濡れ衣を着せられようとしている。
「つまり、もし私が逃げたのなら捕まるのはお前だぞ。」
一瞬、時間が止まった気がした。
「俺が?何故?」
「そんなん、お前が副リーダー的立ち位置だからに決まってんじゃん」
確かに、ここ数年ずっと彼女の側に居たし、仲間内でもそんな評価なのは間違い無いだろう。
だが何故?
そう思った瞬間一つの可能性に行きつく。
「もしや連中は生贄を探しているとでも?」
「その可能性は十分にあると思う」
「なら、なら俺も一緒に逃げてしまえばいい」
「なら今度はルルが生贄になるだろうね」
咄嗟に言い返す言葉は悉く打ち返される。
「じゃあ、俺が……」
「俺が?」
震えた声で言う俺を彼女が促す。
「俺が………」
俺は結局最後まで言うことができなかった。
「だから言いているだろう。逃げるだなんて選択権は私にはないのさ。」
本当に?本当に諦めるしかないのだろうか?どうしても、諦めずにはいられない。
「本気で逃げないつもりか?」
お前は何もしていないのに。
「私は言ったことを取り消すつもりはない。」
彼女は俺なんかとは違う、すでに覚悟を決めた目でこちらを見つめながら言った。
「ああ、そうかい。」
俺はそうとだけ言って彼女を押し倒した。
彼女の「キャッ」という小さな悲鳴と「ドスッ」という床の音が倉に響いた。
「これは?」
急に押し倒されびっくりした声で問いかけてくる。
「聞いたことがある。この国では妊婦に対して死刑を執行する事はない。」
「あぁ、そういやそんな法律もあったな。」
この国は宗教の関係上胎児の中絶を禁忌とする風習があり、その影響か妊娠中の女性に対して死刑を執行してはならないという法律が存在する。因みに、この法律は何もこの国だけに限った話ではなくキリスト教を信仰している大半の国が似たような方針なのは有名な話だ。
「だが、これじゃ時間稼ぎにしかならない。出産した後すぐに刑が執行されるのが落ちだ。だから賭けてくれ、俺がお前を嵌めた奴を見つけ出す事に、真犯人を見つけお前を救い出す事に。」
「……うん、いいよ。どうせただ同然の賭け金な訳だし。あ、ただし一つ条件、もしも失敗したら私の産んだ子を育てろ。お前なら任せられる。」
鏡が無いのでわからないが大分嫌な顔をしてたと思う。
「わかった。」
──だが、取り敢えずこれでいい。
俺は彼女の着ている服を脱がしにかかる。
──時間さえ貰えればあとは何とかしてやる。
彼女の服を完全に脱がした後、自らの服に手を掛ける。
──シャイナの事は何としても殺させない。
「ああ、そうだ言い忘れてた。」
「……何だ?」
更に要求を付け加えられるのかと少し身構える。
「私、今回が初めてでね。なるべくでいいから優しくしてくれ。」
彼女はそう言って微笑んだ。
「……ああ、善処する」
こうして、俺たちは身を重ねた。
どちらかの体力が尽きるまでやって、そんな事を三日三晩繰り返し続けた。
途中でルルを呼び出し、決まった一連の流れを説明するとすぐに理解して納得してくれた。
流石は、シャイナが気に掛けているだけはある。優秀な女だ。
■■■
数日後、彼女は妊娠している事を確信し、自ら警察署へと赴き連れて行かれた。
計画通りに。
そして、物語は次なるステージへと移行する。
シャイナの身柄を返してもらう為、シャイナに濡れ衣を着せた連中をブッ潰す為、行動開始だ。
───シャイナの死刑執行まで残り約10カ月
お試し投稿です。
この後の展開は……まあ、なんとかします。
今後、音沙汰がなかくなったらそういうことです。