82.意識したのは最初だけ
「そういえば」
「うん」
「一応念のため確認するけど……三年生のホラーゲームは、行かないで良いよな?」
同業者が気になるということでクラスの皆は割と行ってるみたいけど? と桃香に聞けば。
「はやくん」
いつもの柔らかさが全くない笑顔が返ってくる。
「もし、行ったらだけど」
「あ、ああ……」
「わたし、怖くてはやくんから離れなくなるからね? 学園祭の間中」
「……なるほど?」
「あ、もちろん明日の二日目まで含めるから」
「ちなみに、その間家には帰る訳だけど?」
「そのままだよ? あと、はやくんにひどいことされたって言っちゃう」
「……そ、そうか」
酷いことした割にはそうなるのか? という疑問は残るものの。
「ごめん……一応、念の為聞いただけだから」
「そうなの?」
「桃香に酷いことはしたくない」
「うん」
全面的に非を認め弁解して謝れば桃香は頷いていつもの表情に戻ってくれる。
「じゃ、行こう?」
「ん」
桃香に促される、出発と手の甲を軽く触れる指先に。
「行くか」
「うん」
半ば習性で桃香の手を握ってから、さっき考えたことと違う……と思ったものの。
「えへ」
嬉しそうな笑顔に勝ち目はない。
俺、もしかして桃香に対して弱いのか? という呟きまで含めて今更だった。
「ね?」
「うん?」
「他にもいるでしょ? 手を繋いでいる人」
「……まあ、な」
どちらかというと「居ない訳ではない」程度じゃないか? とは思うけれど、とりあえず隼人たちもそこまで目立つわけではなさそうだと内心で安堵する。
ただ、その中でも桃香の容姿は多少加味した方が良さそうで……居心地を悪くするほどではないものの、どこからともない視線を時折感じてはいた。
「お、吉野君と綾瀬ちゃんじゃん」
そんな時、廊下で後ろから背中を張り飛ばされそうなくらいの勢いのある声に呼びかけられる。
「?」
「ひゃっ」
二人して繋いでいる手を支点にして何気なく振り返って……桃香が小さく悲鳴を飲み込んで一瞬固まる。
「あ、ゴメンゴメン……ちょっと刺激強かった?」
「結構強めだと思います……お疲れ様です、杉田先輩」
本人は呆気からんと笑っているものの、後ろに血糊と包帯でドレスアップされたナース服姿が焼きもろこし片手に小走りに近付いて来るというのは隼人としても表面に出していないだけで、平常心のままでいるのは難しい。
あと、肩から掛けているたすきにクラス番号とホラーゲームやってます、と書いてあるのに遅れて気付けばそこは少し可笑しかった。
「ちらっと見せて頂いた通り……かなり本格的なんですね」
「午前中だけでもノックアウト多数よ♪」
普段ならピースサインが映える笑顔、なのだろうけどこの姿でされるとなかなかにおっかなかった。
あと、ついでに内容も物騒だった。
「そっちのクラスは?」
「まあ、大過なく……と言った感じで」
「あ、アロマの方は結構聞いてくれる人多かったですよ」
「お。黒田ちゃんに提案した甲斐あった」
なるほどなるほど、と頷いた後。
さっきまでの爽やかさを大分減らして、ニヤニヤとした笑い方で問いかけられる。
「で、やっぱり一緒に回ってるんだ」
「……それなりに仲は良い、ので」
「学園祭でも堂々と手を繋いでるくらい?」
堂々としてるつもりはそんなにないです、と隼人は内心で呟きつつ……さっきから片隅で考えていた文言を口にする。
「はぐれたら、困りますから」
「そうなの?」
それに驚いたのはむしろ桃香の方の模様だった。
「おやおや、綾瀬ちゃんは違う認識みたいけど~?」
先輩の前ではそれでいいじゃないか……と横目で訴えるが。
「第一はぐれるほどの人混みじゃないし……じゃあさ、綾瀬ちゃんはどうしてこうしてるか教えてあげなよ」
「それは」
今度は桃香が隼人を横目で伺う。
「せっかくの学園祭だから、一番仲良しの人とこうしたいから……です」
むしろ桃香の方が堂々と口にした言葉たちの最後の二文字だけが質問した人に向けられているのが、隼人にもわかる。
それに対する答えは小さな口笛だった。
「ね、吉野君に綾瀬ちゃん」
「はい?」
「それって、世間的に何って言うか知ってる?」
「「……」」
それは勿論、知ってはいるが。
「ま、いっか……人それぞれだとは思うし、あんまりお邪魔したら悪いしね」
「「……」」
「あー……二人に中てられちゃったから、少し早いけど行くね?」
どちらへ? と思わず顔に出た二人に年上の貫禄で堂々と口にする。
「私も今から彼とデートなんだ♪」
じゃーね、手を振って歩いて行く後姿のもう片方の手に持っている焼きもろこしは確かによく見れば二本だった。
「先輩も、デートだって」
「……ん」
「すごいね」
も、と自然に口にする桃香の言葉がやけに大きく聞こえた気がした。
桃香とは何度かしているけれど、やはり校内では少し意味合いが変わるように思える。
「……先輩は」
「ん」
「あのまま行く気なのかな?」
「……あ」
そんな風に考えていたところに、桃香の素朴な疑問が耳に入って小さくなる後姿を思わず凝視する。
「流石に、着替えるんじゃ……?」
「だ……よね?」
桃香の三角帽子とマントとはレベルが違う気がする。
「あのまま行くんだったら……豪胆すぎる、先輩も相手の方も」
「ね」
流石に桃香もその認識で良かった……と思ったところで。
「ね、はやくん」
「ん?」
桃香の潜めた声が呼びかけてくる。
「もしかして……メイドさんより、看護婦さんの方が好みだった?」
「…………あのな」
一瞬しっかりとその姿の桃香を想像してしまったものの、繕って桃香に軽くデコピンをする。
「あうっ」
「別に、そういう趣味じゃない」
嫌いなのか? と聞かれると困るが。
後、先日は思い切り効いたところは見られているが。
「そうなんだ?」
「そうだ」
またぞろ脳裏に『でもさ、吉野が頼めば綾瀬さんどんな格好でもしれくれそうな感じじゃん?』とかが蘇る。
頼めば、どころではなかった気がする。
「んー……」
「桃香?」
また、何か危険なことを考えてないだろうな……と呼びかけるも。
「はやくんが軽くでも怪我は嫌だし、風邪気味くらいのとき、とか?」
「……あのな」
もう一発人差し指を桃香の額に見舞ってから。
「ほら、行くんだろ?」
「あ、うん」
もう離しようがない手を行こうと引いて促した。
「あ」
一先ず気になっていたのでトリックアート写真の展示を体験すれば、退出の誘導をしていた先日の先輩が力強い笑顔で親指を立ててくれた。
そのまま今回も軽く会釈して廊下に出て、人の流れの邪魔にならないところまで移動して桃香が撮った写真をチェックする。
「こうなるんだね」
「ん」
部屋の壁に立っているように映るものと、遠近法を利用して二人のうち片方が小さく見えるものの二つ、だった。
「はやくん、ネコのままでいてもらったらよかったかも」
「……」
魔女の手のひらに乗っているように映る写真の中ならそれも良いのかもしれないな、とは思う。
自分がまたアレを付けることを除けばだけれど。
「はやくん、ポケットの中に入れられちゃいそう」
「……落とされるか潰される未来しか見えないんだが」
「えー、そんなことないよ」
そんな冗談を言い合って、もう少し延長する。
「あとは、そんなんだといざというとき桃香を……その、守ったりできなくて嫌かもしれない」
「えー、それってどんなとき?」
「いや、まあ、無いんだけど……気持ちの問題として」
くすっと笑った桃香が、帽子を外してから半歩隼人に身を寄せてから囁く。
「でも、ありがと」
「ん」
「やっぱり、はやくんの傍は安心できるね」
軽く、肩と体重を預けられて。
「じゃあ、なるだけ近くに居るようにしてくれ」
「うん、そのつもりだよ」
にこりと見上げてくる桃香がもう一度口にする。
「もちろん、そのつもりだよ」