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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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78.忘れ物は何ですか?

「もうすぐ、なんだね」

「だよな……」

 資料室でコピー機を使った帰り、隼人の三分の二の量の紙束を抱えた桃香がにこにこと言ってくる……一人では持ちきれない量を行うのでクラスで適当に応援を頼んだけれど、自薦他薦込みで付いてきてくれたのは桃香だった。

 (面白半分で蓮も手を上げかけたが、周りの空気に途中で引っ込めた)

 そんな桃香が見上げた先には文字まで凝った「体感型トリックアート」の看板があり、それを固定している脚立の上の先輩が「来てくれよな?」とマッシヴな笑顔で親指を立てるのに二人で会釈して通り過ぎた。

「楽しく、なってきちゃった」

「準備も大変だけど、これはこれで楽しいしな」

「うん!」

 そんな風に話しながらゆっくり階段を一階層分下りて、角を曲がった辺りで少し人がまばらになると、桃香が囁いて来る。

「はやくん」

「ん?」

「手をつなぎたくなっちゃった、って言ったら……どうする?」

「……」

 しばし黙考した後、束を片手でしっかり支えた後、もう片方の手をフリーにして桃香に伸ばし……桃香の手の甲に一瞬だけそっと触れた。

「今は、これで我慢してくれ」

「うん」

「……帰りは、少し長めに繋ぐから」

 完全にカウントダウン段階に入った学際準備、今日からは自宅の至近まで複数人で帰ることを条件に女子も下校時刻が延長される期間に入っていた。

「えへ……わかった」




「えへへ……」

「どうした?」

「やっぱり、特別な感じ、するね」

 街灯の灯りの下で笑う桃香をじっと見てから、隼人も頷く。

 何度か帰宅時間が遅くなるお出かけもしたけれど、暗がりの、と言っていい時間帯で制服姿の桃香を見るのは違った良さがあった。

「手、つないでいいんでしょ?」

「ああ……」

 その暗さを理由と味方にして、普段なら繋がない場所でも桃香の手を包んで並んで歩く。

「えへへ……」

「どうした?」

 五歩ほどの間、大人しく包まれているだけだった桃香の手が主張をして、指同士を絡める繋ぎ方に変わる……一応、隼人は周囲を見回したものの、大人しく桃香の望みに任せた。

「はやくん」

「だから、どうした?」

「なんでも、ないよ」

 その言葉の割に上機嫌すぎるだろ……と勿論こちらも悪くない気分で隼人は思う。

 やっぱり可愛いよな、と思う気持ちと頬にこの時間帯には涼風となる夜の風が優しかった。

「本番も、一緒に回ろうね」

「……一応シフトは、合わせたよ」

「うん!」

 決定権がある立場で桃香と勤務時間を一致させるのは若干憚られるところもあったけれど、苦情があるなら受けて立つ気持ちで腹を括ってそのようにしていた。

 多分、来るのは苦情ではなくてからかい……だろうけれど。

「その時はね……」

「ん?」

「手は、どうしよっか?」

 少なくともこの繋ぎ方は拙かろう、とは思いながらも折角のお祭りの中なのだから……という気持ちもある。

「その時の、状況で……」

「……うん」

 さすがにそこは桃香も汲んでくれるのか、頷いてくれる。

「楽しみー」

「ああ」

 にこりとした表情を街灯が素晴らしい角度で照らしてくれたな、そう思った時。

「……!」

「ん?」

 桃香の歩くペースが極端にダウンし、止まる。

「桃香?」

「……うん」

「どうした?」

「えっと……えっと、ね」

 狼狽した様子でポケット付近を中心に自分の身体を確かめていく桃香の姿に、思わず罪悪感が出て少々視線を逸らす。

「何でも……なくはない、かも」

「ん?」

 軽く……本当に軽く涙目になった桃香が小さく小さく口にした。

「忘れ物、しちゃった……」




「一体、忘れたって何を?」

「生徒手帳」

 その、幾つか確認しなきゃいけないメモがあって机に広げたまま、かも……と説明する桃香にじゃあ自分も全くの無関係ではないか、と隼人は思う。

 実行委員的な仕事を特に事務面でちょくちょくと手伝ってくれた桃香がちょっと秘書っぽくていいな、とはこっそりと思っていたので。

「あ、でも、生徒手帳なら……先生に見つけられたら多少注意されるかもしれないけど、最悪明日でも」

 怖がりな桃香が危険を冒さなくても、と指摘するが。

「ええ、っと……ね」

「忘れたのは生徒手帳だけじゃない? 貴重品も入ってる?」

「貴重品は貴重品というか……」

「ん?」

 人差し指同士を突き合わせながら目を泳がせた桃香が、呟くように自白する。

「ケースに、その、はやくんの……写真を、ちょっとね」

「……取りに戻るか」

 でもそれって今更と違うか? と一瞬思わなくもなかった、が。

 踵を返して学校へと向かう隼人だった。

「と言うか……」

「うん」

「スマホだけじゃ……なかったのかよ」

「だって……」

 そういう好きな男の人にやること、やってみたかった……から、と呟くように言う桃香に、何も言えなくなる。

「はやくん」

「ん?」

「ごめんね、ありがとう」

「大丈夫だよ」

 普段の二割増しの早足で来た道を戻っていく。

 勿論、桃香の手を包むのは忘れずに。




「一応、確認」

「うん」

 職員室で先生に申告した後、その前のまだまだ明るい廊下で桃香に言う。

「ここで待ってれば、そんなに怖くないと思うけど」

「ううん」

 思った以上に強めの、首をぶんぶんと横に振る拒絶を示されて少し驚く。

「わかった……無理だったら、言うんだぞ?」

「……うん」

 桃香が首を縦に振ったのを確認して、職員室とは結構離れた隼人たちが設営している空き教室の多い校舎方面に向かう。

「あ、そうだ」

「?」

 背負っていた鞄の中から、キーホルダーサイズのLEDライトを取り出して点灯させた上で桃香に渡す。

「これで、多少はマシだろ」

「うん、ありがとう」

 制限時間を過ぎている為か完全に人気の失せた廊下を、いつも以上に身を寄せてくる桃香と進む。




「大丈夫か……?」

「えっと……」

 階段を上りいよいよ本当に自分たち以外の物音すら聞こえなくなるほどの所に来て。

 繋いでいる手が僅かに震えているのを感じた。

「はやくんが、いてくれる……から、へいき」

「それでも、駄目なものは駄目でいいけど」

「うん……」

 少し考えた桃香が、口を開く。

「はやくんがいてくれるから何とか……だけどやっぱり怖い」

「ん」

 やっぱりそれはそうだよな、と思いながら。

「もう少し早く歩くけど、大丈夫か?」

「……うん」

「昔から怖いって言ってた……もんな、お化けと暗いところ」

「……」

 思わず口から出てしまった後、慌てる。

「ごめん、わざわざ言うことじゃないよな」

「ほんとのこと……だから」

 桃香が強めに隼人の手を握って、呟くように言った。

「真っ暗なところが二番目……お化けは五番目くらい、かな」

「うん……」

 一番は? と聞いた方が良いのだろうか……と迷って、口を開こうとした瞬間。

 それを待っていたかのように桃香が言った。

「はやくんと離れちゃうことが……いちばん怖いよ」

「……さっきは置いて行きそうになってごめん」

「それは、はやくんが優しいからだから大丈夫」

 忘れ物をしちゃったわたしが悪いもんね、と桃香が言いながら小さく笑ってくれて……安堵する。

 そんな今感じたことが、そのまま言葉になった。

「俺は……桃香の笑顔が見れなくなるのが一番怖い、かな」

「そう、なの?」

「ああ」

「ほんと?」

「本当だよ」

 桃香の表情から怯えがもう少し減って、代わりに明るさが増した。

「じゃあ、はやくんが怖くならないように、しないとね」

「……俺も、気をつけるよ」

「うん」

 調子が戻って来たかな? と桃香の表情を盗み見ながら内心で一息ついたところでここ数日毎日放課後に通っている部屋の前に到着する。

「早めに回収して戻ろうか」

「うん、そうだね」

 引いた扉の音が想像以上に大きく廊下に響いたな、と思った瞬間。

「ん?」

「あれ……?」

 奥の方からそれとは全く別の音がして。

「今のって」

 そちらの方に桃香が何気なく向けたライトの灯りの中に。

「……!!!?」

 浮かび上がった血塗れの生首に桃香の声にならない悲鳴が響いた。






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