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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
二学期/やっぱりこの二人近くない?
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77.甘さ控えめマーマレード

「ふぁ……」

 朝、まだ登校途中だというのに思わず口から欠伸が出てしまう。

「眠そう、だね」

「……」

「……?」

 にこにこと見上げてきた桃香が、隼人が反応として返した微妙な表情に不思議そうな顔をする。

 一昨日、桃香にあんなことをされて……その驚きがやっと抜けた夜になって、色々と思い出してしまった。

 先日、学校でクラスメイトにやっかみ半分で言われた『でもさ、吉野が頼めば綾瀬さんどんな格好でもしれくれそうな感じじゃん?』とか『吉野の男子としての要望』とか『ぶっちゃけ、綾瀬は可愛い顔して凄そうなんだが』とかが妙な具体性を持って心の中を占めていてそれを御するのに非常な労力を要していた、ところだった。

 実際は二日かけても暴れそうなのを抑え込んでいるだけで御せて無いのでこの有様、なのだが。

「どうしたの?」

 最も、桃香に知られるわけにはいかないし……そも、隼人としては修行と甲斐性が足りていないだけだと自覚しているので何も言えない。

 つまりは、完全に桃香にしてやられたわけ、で。

「何でもない」

 ただ、不快かと言われれば……。

 桃香の格好は可愛かったし、何より桃香が隼人のためにしてくれた……という事実は大きな充足感を与えてくれる。

 ただし。

『ちゃんとご主人さまのお気に召すようにできていますか?』

 何かそのことを考えるたびに破壊力が大き過ぎて眩暈がする。

 俺、あんなにあの格好が好きなのか……? と自問したところで、すぐに答えは出る。

 桃香が自分のためにあんな従順な姿勢と態度をしたこと……と、あっさり考えはループして、それから桃香に対して何を望んでるんだ? と自己嫌悪に陥る。

「わ……」

 空いている手で結構思い切り自分の頬を張る。

「いたく、ない?」

「目が覚めて丁度いい」

「そう、なの?」

 ちょっと赤くなってるよ……と心配そうな桃香に首を横に振って違う話題を振ろうとするが。

「そういえば」

「うん」

「桃香の荷物、普通だな……」

「ほえ?」

 全然、逸れていなかった。

「あ、あの……あれ、はね」

「あ……ああ」

「あの後、すぐに……その、綺麗にして返してきた、から」

「そ、そう……か」

「き、綺麗っていうのは……伸ばして、ファブリーズして、ってそういう意味だからね?」

「わ、わかってるよ」

 それ以上が必要なことは断じてしてない! と思わず口走りそうになるが、思い止まって。

「ごめん、適切じゃない話題だった」

「う、ううん……わたしが勝手にやったことだから」

「それについては……嬉しかったけれど」

「そ、そう? よかった……」

 思わず顔を見合わせて笑顔になる、が……。

「「……」」

 その後、何とも言えない顔にお互いなって。

「こ、この話題から離れようか……」

「……そう、だな」

 あれやこれやで歩くペースも落ちているのを自覚出来ていたので、前に向き直る。

「でも」

「はやくん?」

「……ありがとうな」

「ううん、わたしも……ちょっと迷ったけど、やってよかった」

「そうか」

「……うん」

 また会話がループに陥りそうでこれ以上は口にしない隼人だったけれど。

 『迷いながらもしてくれたこと』と『桃香も悪からず思ってくれた』という二つのスパイスを得て煮詰まる脳内はまた深みへと落ちていくのだった。




「おーい、吉野。暗幕がもう一つ足りないんだけど」

「後ろに固めてある段ボールの中にあるよ」

「お、本当だ……サンキュ」

「そっちこそ宜しく」

 古文の老教師と厳つい理科教師のふたりがそれぞれの授業を「もう今週は勉強にならんな」と締めた学園祭を末に控えた新しい週。

 慌ただしく放課後、準備を進める喧騒のほぼ中心に役割柄、隼人は居た。

「吉野君、お化け役のシフトだけど……私、ちょっと二時から部活の方に抜けないといけなくなって」

「わかった、調整するね」

「ありがとう」

 真田さんは確か……と必要事項をまとめたファイルを手にすれば。

「中川さんには、私から頼んでおくから大丈夫よ?」

「あ、助かるよ……伊織さん」

「こっちこそ、出し物をほぼ仕切ってもらって助かってるわ」

 花梨に思った以上に手際が良いのね、とのコメントを貰う。

「えへへ」

「何で桃香が嬉しそうなの?」

「えー、だって……」

 そんなタイミングで、教室の出口付近から今度は友也が距離の関係上かなりの大きな声で呼びかけてきた。

「隼人!」

「うん?」

「お呼び出し、だよ」

 友也の隣で隼人の姿を見付けて片手を上げた上級生と思しき女子の姿に、クラスと。

「え?」

 桃香が、固まっていた。




「杉田先輩、何かありましたか?」

「私は大した要件じゃないんだけど、特に変更したこととかはないよね?」

「はい、大丈夫です」

 三年生のホラーゲーム責任者の先輩は、内容被りを避けるなどの件で何度か上級生クラスを訪問して顔見知り、の仲だった。

「ところで……」

「何?」

「友也君とはお知り合いですか?」

「先輩は女子陸上のキャプテン、だよ」

 友也の説明に、元が付くけどね……と彼女は苦笑した。

「そういえば、友也」

「何でしょう?」

「こんな礼儀正しくて足も友也に匹敵するという逸材、どうして部に引っ張ってこなかったのよ」

 あ、それか……と久々の流れに懐かしさすら覚える。

「それは先輩」

「何?」

「僕は悪者にはなりたくない、と言いましたよ」

 友也がちらりと送った視線の先には、何気なさを装いつつも必死に聞き耳を立てている桃香の姿があった。

「どうしたの? あの子……」

「ですから、そういうことです」

「……ああ!」

 友也の遠回しの説明に、桃香と隼人の顔を交互に見て少し考えた後、納得したと手を打たれる。

「聞いてる以上にめっちゃ可愛いじゃない……吉野君、やるわね」

「いえ、あの、ですから……」

「このこの~」

 高校生女子の好きそうな話題が絡んだのもあって若干打ち解け始めてくれているのか、容赦なく背中を張られて隼人は説明のタイミングを掴めない。

 そんな中。

「あの、杉田ちゃん」

「あ、ごめん、忘れる所だった」

 もう一人、友人かクラスメイトと思しき女子の先輩が横から声を掛けてくる。

「今日の本題はね」

「はい」

「この子が、吉野君に折り入って話があるんだって」

「はい?」

「「「「「!!?」」」」」

 最初の訪問者の内容と理由を把握して、解散! となりかけていたクラスの興味が再度集まるのがわかった。

「……う~」

 一方、頑張って平静を装っている桃香といえば表情は何とか耐えているものの指先がそわそわと動いていた。

 隼人には、隼人のシャツの裾か腕を捕まえてくるときの仕草だ、とわかった。

「そ、その……吉野君、さん」

「君だけで大丈夫だと思うよ、黒田ちゃん」

 どうしてもクラスの視線が集中している為か、そのメガネの先輩はガチガチにぎこちなく隼人に話し掛ける。

「その、少しお願いしにくいんですけど……」

「は、はい」

「学園祭の当日なんですが」

「はい」

「吉野君にお願いしたいことがあるんです!」

「……はい?」

「吉野!?」

「どういうこと」

「何でお前だけ!!」

「ヘイ、タイムターイム」

 四〇名近い一年生が騒めく中、二回手を打って一瞬で沈めたのは元陸上部部長の手腕だろうか。

「黒田ちゃん黒田ちゃん」

「あ、はい」

「緊張のあまり彼女持ちを略奪にかかる女になってるよ」

「……あ」

 一部からは「すいません、そいつ彼女持ちじゃないらしいんですよ」なんて野次も飛ぶ中で。

「ごめんなさい、ごめんなさい」

「い、いえ……語弊ならそれでいいんです」

 衆人環境の中で年上の女性に頭を必死に下げられるという状況で、いたたまれなさでどうしよう、となる隼人をまたもや元陸上部部長が良く通る声で助けてくれた。

「あっはっはっは……凄く脱線してるけど、ちょっと聞いてー」

「大事故ですね、先輩」

「笑ってないで納めなさいよ、友也。えっと、このクラスのお化け役の中にさ……魔女の格好の子、居たよね?」

 その言葉に、今度は全員の視線が桃香に集まる。

「……ほえ?」

 半泣きになりかけの顔で隼人の背中に近付いていた桃香は、一瞬固まってから隼人に伸ばそうとしていた手を引っ込めた。




「えーっと」

 帽子とマントを着用してきた桃香の机の前には、小ぶりのビーカーと試験管が載せられていた。

「これを、掻き混ぜればいいんですか?」

「はい、よろしくお願いします」

 眼鏡の先輩に頷いて試験管の中身を注いだビーカーをガラス棒で桃香が中身を攪拌すると……。

「あっ!」

「お……」

「すげー」

 透明な液体の色合いがピンクに染まったかと思えば何とも言えない良い花の香りが周囲に漂った。

「これを、当日やればいいんですね?」

「ええ、私達理化学同好会はアロマをテーマに展示を行うんですが……」

 先輩が深く深く溜息を吐く。

「何せ小さな同好会ですし、展示場も校舎の端なのでインパクトのある客寄せを行いたくて……でも、そんな人手も無いので」

「で、丁度このクラスに良い格好している子がいるし、雰囲気作りのついでに宣伝して貰えたら、って思って」

「そういうことですね」

「あ、勿論ウチのホラーハウスでも『心臓に自信のない方はコチラ』で宣伝するから」

「こっちは刺激が欲しい方で宣伝すればどうだい? 隼人」

「うん、持ちつ持たれつ……了解しました」

 隼人が快諾すれば、先輩方は話は決まった、とばかりに頷いて……。

 それから。

「いや、しかし、良い感じに雰囲気出してるね、綾瀬ちゃん」

「そ、そうですか?」

「何か、ホントに惚れ薬とか作っちゃいそう」

「えっ!?」

 驚いた桃香の手がビーカーを弾いてしまう、が。

「っと」

「あ、ありがと……はやくん」

「気を付けな」

「うん」

 隼人が手早く抑えて事無きを得る。

 ただ、二人して慌てた余り隼人の手は桃香の手とも触れていて。

「気を……付けな」

「……うん」

 触れること自体はもう珍しいことではなくなったけれど、突然のことでは未だ慣れず……ぎこちなく、離すことになる。

「なーるほど」

「「!」」

「作れたとしても要らないんだ」

「御覧の通りですね」

 先輩の言葉を訳知り顔で肯定している友也に抗議の視線を送るが……勿論、威力も説得力も何もない。

「え、えっと……」

「鍋か何かで作るんだったらジャムにしといてくれ」

「あ、うん」

 何か言うことを探していた桃香に、青果店の娘的にそんな軽口を叩いたものの。

「はやくんの好きな甘さ控えめマーマレード、だね」

「あ、ああ……」

 人差し指を立ててにこりと笑った桃香に、完全に出すパスを間違えたと内心で頭を抱えるも既に遅く。

「友也」

「はい」

「甘さ控えめ、って聞こえた気がしたんだけど……気のせい?」

「気のせいではないけれど掛かっている場所が違いますね」

 わざとらしい大きな声で陸上部の先輩後輩が突っ込んでくる。

「あれで……付き合ってないって、マジなの?」

「マジらしいんですよ、困ったことに」

「……確かに周囲は困りそうね」

「「……」」

「陸上部のどのカップルより始末が悪そう」

「おっしゃる通りです」




 ともあれ。

 そんな感じに慌ただしく、学園祭の準備は進み本番は近付いていた。





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