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それで付き合ってないとか信じない  作者: F
一学期/幼馴染同士の距離がわからない?
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08.ブレイクスルーは400m

 桃香が暴走(?)した翌日の授業のうち、午後は枠を繋げての体力測定に充てられた。

 当然のことながら昨日一昨日の様に桃香が話しかけてくることは無く、女子からは暖かく微笑ましそうな、男子からは「言うほどそうか?」と言いたげな疑問の視線が向けられていた。

 彼らの言いたいこともわかる、というかその事が桃香関連を除けば隼人が割合重く悩んでいることの一つ。

 見る人全員から「お母さんにそっくりね」と言われ続け、幼稚園時代には何度も桃香と姉妹に間違えられたこともあった。

 成長期を迎えて変わりつつはあるので桃香の言い分にも一理はあるけれど、その成長期の訪れも身長に効果はあっても顔回りには効能が薄く。

「男らしさ、か」

 足りてないんだよな、と心の中で呟く隼人だった。




「吉野」

「うん?」

 五十音の出席番号順にペアを組み、互いの記録を記載する方式のため、一緒に体育館を回っている結城が声を掛けてくる。

「お前、わりとやるんだな」

「そ、そう? 結城君も結構高い数字だと思うけど」

「それをほぼ全部超えてるヤツが言ったら嫌味なんだよ」

 壁に貼られた順路に従い次の種目に向かいながら。

「何かスポーツとかやってんのか?」

「いや、全然。ただ、山奥の田舎に居たせいで通学路とかが大変ハードで」

「ほー」

 興味ねえけど、と言いながらも話し掛けてくれる相手は貴重だった。

 ついでに、ちょっと怖い見た目と態度をしているけど何気にいい人なのでは、とも思い始めている。

「萎えるわー」

「ホントホント」

 そんな時、げんなりした顔の美春と琴美とすれ違う。彼女たちは苗字が「た」はじまりのペアだった。

「何かあった?」

「あ、吉野君、それがさぁ」

「時間余りそうだから50mのついでに400mもやって記録取るって」

 走るのもともかくあの暑そうなグラウンドで待機時間増えるのはやだなー、紫外線と花粉滅べ、などと言いながら彼女たちは去っていった。

「そっちは余裕そうだな」

「走るのは嫌いじゃないので」




「そういうのは……な、得意って……言うんだよ」

 50m測定後、肩で息をしながら指摘される。

「確かに、50と反復の記録はかなり高いね」

 グラウンドに出て、トラック計測は四人ずつの組み合わせになったため、加わった長身の生徒が会話に加わって来た。

「ちなみに吉野君、陸上部入るご予定は」

 爽やかに、さらりと勧誘される。

「今のところないです」

「残念」

「ごめん、柳倉やなぐら君」

 隼人が済まなさそうにすると、気にしないでと笑う。

「あ、結城君もよかったらどう? 筋力良さそうだからスタミナ付けたらもっと成績伸びると思うんだけど」

「俺も今のところねーよ」

「うーん、連続でふられちゃった」

「はは……」

 そんな遣り取りに気を緩ませつつ、コース待機の方に進んだところでもう一度誘いを掛けられる。

「ところで吉野君」

「はい?」

「僕は中距離メインなんで400は手を抜かずにやるつもりなんだけど」

 口調は変わらず、けれど中身には真剣さがあった。

「そちらも全力で走って欲しいかな」

「……」

 即答は出来なかった。

 確かに走ることは得意種目ではあったけれど、彼の様にプライドがあるわけではなく、今の様に悪目立ちしている高校生活は本意ではなかったので。

 つい、逆側に視線を背ける。

「……あ」

「……!」

 特に何かを見たくて逸らしたというわけではない視界だったけど、そこに居た桃香に無意識に引き寄せられ、目が合った。

 いけない、と思ったけれど、何故か今は桃香はしっかりと隼人の方を見て。

「柳倉君」

「どう?」

「やるよ」

「よし、よろしくね」

 何故なら。

 桃香が拳を握って隼人の方に突き出していたから。

 桃香に頑張れと言われたときは常に全力だったから。




 数分後。




「……まいり、ました」

 走り終えてからも暫くはまともに言葉が出ず、それでも何とか絞り出した敗北宣言に、やはりスムーズには帰ってこない返事が来る。

「いや……その、これ……はぁ、その」

「友也、やったな、自己ベスト更新」

「部内選抜間違いなし、だな」

 代わりに同じ陸上部と思しき男子生徒が駆け寄って来て。

「それより吉野も、すごいな」

「そう! ギリギリまで互角だった! 一体何者よ」

「何……って、高校……一年生」

「それはわかってる」

 まだ視界もアウトしそうな中で絞り出した返答にひとしきり笑いが起きた。

「いや、でも……本当に、もったいない」

「……え?」

「陸上部、入ろうよ……隼人」

 まだ背中側のグランドに肘を付けて半身上げた状態で、真剣に言われる。

「……いちおう、考えてはみるよ」

「あ、これは入る気あんまりないね」

「ごめん、柳倉くん」

「……えー」

 とても渋い、「無いわー」といった顔をされ、何か粗相をしてしまったか、と思ったが。

「そこは友也、の流れでしょ」

「あ、ご、ごめん……友也君」

「うーん、さらにもう一度勧誘蹴られた気分」

 もうちょっと砕けてほしかった、と笑う友也に応じることができた後。

 もう一度深く呼吸して立ち上がり、桃香を探す。

「そうそう、勝利も陸上部来ない?」

「……何、しれっと、こっちの呼び方も変えてんだよ! あと、ついでのように言うな!」

「いや、ほら、そういう流れ」

「誘うならせめてもうちょい真剣にやれや」

「え? 真面目に誘ったら勝利は来てくれるの?」

「入らねーよ」

 グラウンドに転がったままの勝利から上がってくる声に苦笑い。

「……はは」

 そして見つけた桃香の姿に今度は純粋な笑みが隼人に浮かぶ。

 自分のことのように喜んでくれる笑顔とVサインが、隼人に向けられていた。




「おまたせ」

 いつもの時間、夜の窓辺。

 そう、いつもの時間。待っていたのは、待たせていたのは、別の時間の問題。

「はやちゃん♪」

 遮るもののないフルスペックの笑顔が、隣の窓で溢れていた。

 溢れすぎていて、最初からこうだったら自分の方が負けていたんじゃないかと思えるくらいだった。

「その、ええと、平気……に」

 なれたのかなったのか、と一応確認しようとした隼人の言葉を桃香が遮る。

「はやちゃん」

「はい」

「聞かなかったことにできなくても、触れないってことはできると思うの」

「……はい」

 仕切り直しを、要求された。

「すごかったね、400m走」

 そして何事もなかったようにして他愛もない今日の出来事に。

「結局、勝てなかったけど」

「ううん、本職の人相手だからそこは仕方ないよ」

「本職……陸上部入れって言われた」

「入っちゃうの?」

「うーん、タイムが縮むっていうのは魅力がないわけじゃないけど、部活というのはちょっと違う気がする」

「そっか」

 上手く言えたか少し自信がない隼人だったけれど、桃香は隼人自身より伝わっているように笑っていた。

「ちょっと違う、っていうのわたしもわかる気がする」

「そっか、よかった」

「あ、でも、ちょっと残念かも」

「残念?」

 何がだろうか、と聞けば。

「だって、はやちゃん、昔から走ってるとこ、すごい格好いいから」

 笑顔の目の細め方から、思い出すように目を閉じて。

「だから、今からはやちゃんの格好いいとこだな、ってわかって見てればまだちょっと心臓にはよくないけど……」

 どうしようもないくらいじゃあないかな、と告げる桃香をどうにかしたかった。

「そうだったら、もっと最初からはやちゃんの近くに行けたし、お姉ちゃんたちが言ってた通り制服もいちばん最初に見てもらうこととかだってできたのに……早く気付けばよかった」

 ね? と笑いかけた桃香が、隼人の表情でやっと自分が口にした内容のことを把握した模様だった。

「……こちらからは触れてません」

「……異議ありません」

 またもや真っ赤に茹で上がりながら沈んでいく桃香が呟く。

「…………早く気付けばよかった」




「わかっていれば平気、か……」

 何を言っても逆効果になりそうだったので、桃香が自力で窓を閉められるようになるまで待った後。

 おやすみ、と手を振って、照明を消した部屋の布団に転がりながら桃香の言っていたことを思い出す。

 あれやこれやと慌ただしくて、それだけが心を占めるタイミングが無かったり……何より桃香が真正面で見つめてくることが少なかったから。

 だからそんなにも気にしないようにしていたけれど、例えばさっきまで窓辺で笑っていた桃香は「心臓に悪い」姿だった。

「わかっていれば……」

 桃香の言っていた処方を試してみようか、ふとそう思い、試みる。

「桃香は……奇麗」

 桃香の笑顔を思い浮かべながら呟いてみたところ。

 その瞬間、自分の心臓が、どうしようもなくなった。

「……ごめん、選び間違えた」

 一体誰に何を謝っているのか、と自分で自分に呆れながら。

「ももちゃんは、かわいい……」

 ほらこれなら大丈夫だろう? 何て子供の言い方で子供っぽい屁理屈をしてみるも……逃げを自覚している時点でどうしようもなかった。

 自分用でない薬を、使ってはいけなかった。



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