74.ゆるいお化けたち
「なあ、隼人」
「ねえ、隼人」
考え事をしていた隼人の腕に蓮が肘を入れ、背中側から友也が両肩に手を置いた。
あと、蓮の反対側に陣取った誠人と他数名の男子クラスメイトを含めて声がハモった。
「「「「「楽しみだよなぁ?」」」」」
一部に本気の怨嗟が混じっている気がするが、大半は面白がっている……というか近付いてきた学園祭へ盛り上がっている空気の色が支配している気がした。
そんな中、今日は持ち込みや制作等で調達したお化け役の衣装合わせ、を行う予定であり男子は教室で準備し女子が更衣室から戻ってくるのを待っている……という状況だった。
そのため友也は囚人服でダミーの鉄球をぶら下げており、誠人は包帯に塗れ……蓮はオオカミのマスクを小脇に抱えていた。
そんな非日常感に加え、男子のみの空間というのが一部の口を軽くさせていた。
「女子のコスp……仮装、楽しみだよな?」
「おお、絶対に見ものだからなぁ」
「三組の喫茶店も捨てがたかったけどバリエーションならこっちだぜ」
やいのやいの盛り上がる声と内容に、まああまりにあからさまなのもどうだと思いつつも、隼人も男子高校生、八割は理解できるしその半分くらいは賛同できなくもなかった。
ただし。
「ほらほら、隼人眉間にしわ」
「別に……そんなことは」
桃香だけは別問題で。
「他に見せたくないならしっかり自分のモノにしてから言えや」
「……」
そして勝利の言葉には反論のしようがない。
いや、今回は単に制服の上にマントと帽子じゃないか……と思うものの、やっぱり若干モヤっとするのも否定できない。
そんな中で。
「ところで吉野」
「うん?」
「夏休みとか、色々綾瀬と出掛けてたみたいけれど」
「……どうだった?」
学園祭準備のあれやこれやで最近話すようになったクラスメイトたちから話を振られる。
「どう……とは?」
「そりゃ健全な男子として」
「制服じゃない彼女と出掛けて」
「……何なら水場とか行って水着姿見て」
「どうだったんだ? って話さ」
「……はい?」
思わず固まる隼人に、追い打ちがかかる。
「ぶっちゃけ、綾瀬は可愛い顔して凄そうなんだが」
「……どう、だったんだ?」
「いや……いやいやいやいや…………海もプールも、行ってない、し?」
この夏新たに得た情報は首筋や肩……後は、浴衣の上から触れた時? か、等と思いつつ。
肌は白かったし鎖骨は綺麗だったし、軽く腕の中に収めたときは柔らかくて……。
「というか、例えそうだったとしても人に言うことじゃないって!」
「あ、気付かれた」
「にしても学年トップファイブに入る美少女の一人を独占してる自覚は持てよ!」
「ちなみにうちのクラスからは綾瀬さんと委員長ね」
あと高上さん尾谷さんも良いトコロには……と友也が背中から教えてくれる中で。
「でもさ、吉野が頼めば綾瀬さんどんな格好でもしれくれそうな感じじゃん?」
「はいっ?」
「ほれ、男として何か要望しなかったのか?」
「い、いや……」
浴衣は合意の上? だし……肩出しのワンピースは桃香の方から、だよな? と自己弁護をしている最中、脳裏に蘇る光景がある。
『この機会に可愛い服を着て、はやくんに驚いてもらいたかったな、ってわたしはどうすればいいかな?』
なんて珈琲とクロワッサンのチョコの香りとともに思い出すのは先日の桃香の台詞。
「しなかったらしなかったで、何かないのか?」
「桃香に?」
「そうそう、吉野の男子としての要望」
「要望」
……強いて言えば中学校の時の格好を生では見てな……と、ポロリと出かけた言葉を慌てて飲み込む。
「……今のは無しでお願いします」
「いや、何にも言ってないが」
「大丈夫か?」
大丈夫じゃないかもしれない、と思いつつも曖昧に頷く。大丈夫と言わなければ大丈夫でなくなる気が、した。
「あー、言われてみれば……こいつ確かにひたすらイチャイチャはしてるけど、綾瀬になんかガツガツした感じはあんまないんだよな……やっぱり」
「確かに、大事にしている感はずっとすごいけど、ね」
「まあいずれにしろ時と場所を選べって話なんだけどよ」
蓮と誠人にそうコメントを付けられる。
「つまり、綾瀬にあれだけさせといてヘタレ、ってコトだ」
「はい?」
「結城……オブラートには包んであげようよ」
「定期的に言わなきゃダメだろ、こいつには」
窘める誠人の胸辺りを裏拳で軽く小突いて勝利が薄目で隼人を見る。
「どーせまだ付き合ってません、とか逃げ口上言いやがるんだろ?」
「じ……事実ですが」
「「はあっ!?」」
一緒に夏祭りに出掛けた面子以外が驚きの声を上げる……一方、蓮や誠人は訳知り顔で頷いていた。
「ちょっと吉野、そこに直れ」
「夏休み中にくっついたとばっかり思ってたぞ!」
「そうじゃないんだったら毎度毎度やってるアレは一体なんだんだよー!」
勢い余って席に座ったまま揉みくちゃにされる……というタイミングで。
「何、やってるのかしら?」
教室のドアが引かれて、涼やかな声が喧騒の中に通った。
「伊織……なんつーか」
「凄くそれっぽいというか……」
「氷属性、アップしてないか?」
呆気に取られると感心しているが半々な勝利や蓮たちの声に、隼人も内心同意見だと頷く。
白い着物姿に薄青色で氷の結晶模様の刺繍が入ったヴェールを羽織って、同じモチーフのイヤリングを付けて薄化粧もしている花梨は、いつもの涼し気な雰囲気がさらに強くなって比喩抜きで教室の気温が少し下がったような気がする。
「それって、褒められてるのかしら?」
「そりゃあ、まあ」
「どこに出しても恥ずかしくない雪女だ」
蓮と勝利が顔を見合わせて頷いていた。
「あらどうも」
流れで最前列に居た隼人の背中側からも「伊織やべー」「めっちゃ美人じゃん」「……凍らせられたい」等々の声が聞こえたが、それらを纏めていつも通りの態度で花梨は受け取って……いや、受け流していた。
そう言えば高校生活初日でやらかした隼人も花梨には随分冷や汗をかかされた……なんて思い出したりもした。
「でっしょー!」
そんな花梨の隣に、満足そうで得意げな絵里奈が胸を張って立っていた。
「どうよ男子? 私の最高傑作は」
「ブラボー」
「素晴らしいっす、尾谷先生」
「うんうん、もっと褒めても良いのよ」
どう見ても普段よりテンションが上がっている絵里奈も、同様に盛り上がっている男子からのスタンディングオベーションに片手を上げて答えていた。
「先生、次はどうなんですか?」
「是非他のも見せてください」
「うむ、よろしい」
何言ってるのかしら? という呆れ顔の花梨の視線を流して絵里奈がパンパンと手を叩くと続いて前の扉から次の仮装した女子が入って来る。
「お……おお?」
「あー、そう来るのか」
「これは……これで?」
「何だよ男子!」
お団子ヘアとチャイナ風の衣装で顔の前から垂らしたお札を捲って美春がお怒りの表情を見せる。
「そりゃ花梨に比べれば、色々とアレかもしれないけどさ」
「いやいや、そんなことないぞ滝澤」
「そうそう、多少物足りないけど充分イケてるって」
「今の誰だ? 伊東君? それとも加藤君……?」
小脇に抱えていた包帯を巻いたパンダのぬいぐるみを不適切発言の主の方に投げつけつつも。
「いよっ、学園一の美キョンシー」
「可愛いぞ滝澤~!」
「そ、そう?」
「尾谷先生、こっちも良い仕事です!」
「はっはっは、任せて頂戴な」
「どーもどーも」
何だかんだと盛り立てられれば満更でもない顔で美春の方も絵里奈と繋いだ手を掲げてまるでメダルを取った選手とコーチのように教壇の前でポーズを取っていた。
雪女キャラを崩さない花梨等一部生徒を除けばクラス全体のテンションがおかしい気もしたが、盛り上がっているのは悪いことじゃないな……と何となく思ったところで、腕の辺りをちょんちょんと突かれる。
「?」
確かこっちには誠人が居たはずだけれど、とても身に覚えのある突かれ方だな……と思うと。
「にぎやかで楽しいね」
誠人にごめんね、と手を合わせながら場所を譲ってもらったらしい、三角帽子とマントを装備した桃香が隣でにこりと笑っていた。
「だな」
「うん」
そのまましれっと隅っこの方で喧騒を楽しめればな、と思ってはいたものの……それは残念ながら許されず。
「ちょ、綾瀬さんなんで後ろから入ってきてんの!」
「え? だって、わたしのは絵里奈ちゃんプロデュースじゃないから」
「は? もしかして私物?」
「うちのお店がある商店街のイベント用、なの」
「良い商店街だな、そこ」
「ヘイヘイヘーイ、出所はいいから桃香もこっち」
美春に手招きされて……隼人の方を伺ってきた桃香に、小さく頷けば桃香も前に出て美春と花梨の間に挟まって。
「え、えっと……」
少し困った様に帽子を直してから固まる姿に、男子から歓声が上がる……のに比例して隼人の機嫌も、少々傾く。
「綾瀬さーん、何か魔法っぽいポーズお願い」
「お、それだー!」
「何か凄いのヨロシクー!」
「え、ええ……?」
そしてそんなリクエストに困惑する桃香に。
「あ、どうせなら」
「そこの仏頂面さんに一発かましてあげなさいな」
両脇から美春と花梨がアドバイスして。
「一発……?」
「そうそう」
「うーん……と」
少しの間考えた桃香が、思い付いた顔をして隼人を見て右手を出して。
「ば、ばーん」
指鉄砲を、放っていた。
「ぐはっ」
「やられたっ」
「伊東? おい、加藤?」
「メディーック!」
そんな男子の小芝居と。
「桃香、あなたねぇ」
「あ、あれ……? 違った、かな?」
「ま、ある意味正解だったんじゃないの? 絶対に魔法と違うけど」
花梨と美春に呆れられながら首を傾げている桃香を見ながら。
「……何やってんだ」
額を抑える隼人……に友也と琴美が後ろから囁いた。
「またまた、そういうところも」
「可愛いとか思ったくせに」
「…………」
思い切り沈黙した後、小さく呟く。
「……ほんの僅かに位は思わなくもない」
「思ったのかよ」
「……これは重症かもしれないね」
蓮と誠人に苦笑いをされつつ、呆れられる。
「ところで高上さん、衣装は?」
「私は花梨とスイッチするから」
「ああ、なるほど」
そしてそんな会話をしていた友也と琴美が、再度隼人にお鉢を回す。
「では、実行委員長」
「総評をお願いします」
「はい?」
琴美に丸めた新聞紙をマイク宜しく突き付けられる。
そんな時に限って教室は喧騒が途切れて隼人に視線が集まっていた。
「え、ええと……学生らしく可愛らしくで大変よろしいのではないでしょうか?」
「校長かよ」
勝利が小さな声で突っ込んでくる。
「可愛らしく……とはそこの魔女さんですか?」
「……」
続けさまに聞いて来る琴美に何を言ってくれると目で抗議するが、同じく笑顔の目で押し返される。
「……制服の上からだと魔女ってよりは魔法使いの学校の映画か漫画みたいだけど」
「え? 制服じゃない時のも見たってこと?」
「ん?」
琴美の素に戻った質問に、思わず隼人も素の声が出てしまい……。
「えーっと……」
クラス中の視線を集めた桃香は口にチャックをする仕草の後、帽子を目深に被って沈黙した。
「くぉら、吉野ー!」
「しっかり事前チェックしてるんじゃねぇか!」
「委員長特権か? それとも彼氏特権か?」
「隙あらばいちゃついてんじゃねーぞ!!」
そんな騒動に、丁度廊下を通り掛かった教頭先生に代表としてしっかり絞られて……二重に理不尽だと思う隼人だった。
そして。
「はやくん、ごめんね」
「いや、うん……大丈夫」
「大変だったね」
「ははは……まあな」
「でも」
「?」
「たのしいね」
それでも隙を見て桃香がこっそりそう笑ってくれたなら、それでもいいのか……と思ってしまうのだった。